186 罠
「何だよこれは……!?」
最初に戦う相手をランダムで決めるチーム戦の余興。
それがすべて僕たちの現役勇者チームに不利な組み合わせになっているじゃないか!
ミラクの火を消し去る、先代水の勇者サラサ。
シルティスの水を吸い尽くしてしまう、先代地の勇者ヨネコ。
ヒュエの風を掻き乱す、先代火の勇者キョウカ。
そしてササエちゃんの地を乾かし崩してしまう風の……、誰?
とにかく、これと言って苦手をもたない光の勇者同士がかち合う以外は、すべて現役勇者たちにとって弱点属性が配されている。
「何十分の一の確率ですが、そういうことになる可能性もあります」
「何悠長なこと言ってるんだ! これ明らかに誰かが何かしたろ!」
一番可能性があるのは、教団和解に反対し、今いる教主や勇者を追い落とそうとしている勢力。
自分たちが新たな権力の座に就くため、あらゆる手段を講じてきているのだ。卑怯卑劣な手段でもかまわず。
だが僕がそんなこと許すか!
今すぐ見つけ出してとっちめ……!
「ッ!?」
席から立ち上がろうとする僕の手を、ヨリシロの手が抑えつけた。
「お平らに」
有無を言わさぬその口調。
「今戦っているのはアナタではありません。あの子たちです。御覧なさい、あの子たちの表情を。ズルをされたからと言って、早々に諦めてしまった人の顔ですか?」
ヨリシロに促されて闘技場へ目を凝らす。
カレンさんもミラクもシルティスもササエちゃんもヒュエも、不利な状況に表情は硬くなっても、諦めた人間の浮かべる色はない。
「くっ……」
僕は思わず呻いた。
戦場で、弱音すら吐けない彼女たちに代わって。
* * *
「皆! 合流よ!」
状況を受けて、いの一番に叫んだのはシルティスだった。
「今のまま一対一で戦っちゃ絶対ダメ! 一度集まってから乱戦に持ち込むの! チームワークならこっちに分があるわ!」
「うん!」「おう!」「承知!」「だす!」
緊急における状況判断こそ、五勇者の中でもっとも剛柔の均衡がとれたシルティスの役目だ。
今回の指揮も的確なものだったが、的確だからこそ敵はそれを阻む。
「行かせんよぉ」
闘技場中央へ駆け抜けようとするシルティスを阻んだのは、先代地の勇者イエモン=ヨネコ。
大地の母を思わせるふくよかな肉体が、壁となってシルティスの前に立ちはだかる。
「初めて会うけど、あんれまぁ、めんこい娘だよぉ。一応名乗っとくかね、地の勇者だったヨネコと言いますよぉ。現役の頃は『葦刈り』なんて呼ばれとったねえ」
そう言いながらヨネコさんは、専用の神具と思しき鎌を抜く。
ササエちゃんのもつ地鎌シーターに比べれば随分と小さく、まるで普通の鎌だ。しかし普通の鎌にしてはやたら肉厚で刃渡り大きく、凶悪さだけが際立つ。
「地鎌マグダラ。……でも残念だよぉ。こんなめんこい娘の……、『足』を」
「へ?」
「『刈ら』ねばならないなんてよぉ!」
ヨネコさんは地を這うように身をかがめ、まるでネコのような姿勢でシルティスへと襲い掛かる。
「ひゃわわわわ!? 何よ!?」
襲われたのがシルティスでなかったら、その一撃で終わっていたろう。
超低空軌道で地を舐めるように走った鎌の刃は、それこそシルティスの足を刈り取るように斬りかかるが、ギリギリでジャンプし、シルティスかわす。
「こんのお! 『水の怒り』!」
かわすと同時に放たれるカウンター水弾。しかしヨネコさんは振り向きざまに鎌で迎撃し、容易く水弾を粉々にした。
「うわあ……!?」
「うふふ、これが神気の相性だよぉ」
そう、この戦いのほとんどは、こちら側の圧倒的不利になるように組み合わされているのだ。
他の戦場でも……。
「右の炎拳フェルナンド! 左の炎拳ペラリウス! 左右揃いし双炎拳!!」
先代火の勇者アビ=キョウカ。
その両手には神具たる炎の手甲がはめられている。
本来であれば鋼鉄の固さで拳を包み、殴る相手を粉砕する武器であろう手甲が、火の勇者の得物としては炎を操る神具となる。
しかも現役であるミラクが左手片方にしか装備していない炎拳を、先代キョウカは両手に!?
「二つの炎拳から放たれる二重の炎流! ミラクごときのヘナチョコと一緒にしてはすぐさま焼け死ぬぞ! 必死に抵抗するのだな風の者!!」
キョウカと相対しているのは、風の勇者ヒュエ。
風長銃エンノオズノから絶え間なく空気弾を放つものの、すべてキョウカを中心にして渦巻く炎の竜巻にぶち当たって掻き消される。
元々風の、火への相性は最悪。
それでもヒュエほどの狙撃力をもってすれば、炎流の途切れる僅かな隙間を通してキョウカを狙撃することも可能だろう。
しかし僅かな隙間を通る間も、充満する火の神気が空気弾を見る見る削ぎ落として無力化してしまう。
それが神気の相性だ。
さらに……。
「やかましいことですなあ。火のおバカさんは誰も彼も喧しゅうてあきません。アンタさんはどうです?」
ミラクvs先代水の勇者サラサ。
相性の悪さは今さら言うまでもない。
「……くっ」
「まあ、悲鳴なら精々喧しく上げてくださいな。我が神具、水扇ダヒュの水の舞いによって……」
サラサの眼前でバッと広げられる扇。
あれが彼女の神具?
「この扇面に張られてあるのは、シルティスさんの水絹と同じものです。あの子は水絹のまま何の工夫もなしに使いますけど、ウチはこうして、端をしっかり固定することで……」
扇を真横に走らせる、そこから飛び出す線状のものに反応し、ミラクは身を捩った。
「うおッ!?」
「うまいうまい。ちゃんと避けひんかったら、今頃アンタさん真っ二つでしたよ。これが水扇ダヒュから放たれる『水斬刃』。高水圧で放たれる水のカッターです。ナヨナヨした水絹からじゃ、こんな鋭い水圧は出せひんよ」
相性の問題上、炎の壁では水流カッターに容易く両断されてしまうため、ミラクに許された手段は回避しかない。
ジリジリと追いつめられていく。




