182 ハイリスク
「おいおい、何だよこれ!?」
試合当日。
発表された現役勇者vs先代勇者戦の試合概要に目を通した僕は、声を上げた。悲鳴に近い叫び声だ。
「『先代勇者が勝った場合、現役勇者及び教主は全員辞任する』。ここに書いてある通りですが」
涼しい顔で返すのは、光の教主ヨリシロだ。
「ま、ある意味当然と言えるでしょう。先代勇者を擁してきた方々は、五大教団の和解を阻むのが目論み。それを率先して推し進めてきた現勇者と元教主の進退にことが及ぶのは当然のことです」
「平然と言うなよ! お前自身教主でいられなくなるかもしれないんだぞ!?」
もしもカレンさんたちが負けたら、だが。
今日執り行われることとなったカレンさんたち現役勇者チームと、その前に勇者だったアテスたち先代勇者チームによる決闘。
それはカレンさんが兼ねてから推し進めてきた勇者同盟が発端となっていた。
今までいがみ合ってきた勇者たちが協力してモンスターと戦っていこう、と言う概略の勇者同盟。
その計画は発案者であるカレンさんの思惑を超えて、いがみ合いの母体である教団自体の和解にまで発展しようとした。
しかし、善かれ悪しかれ長く続けてきたことを変えようとすれば、必ずそれに反対する者が出てくる。
そうした連中がとった方策が「先代勇者を担ぎ上げること」だった。
カレンさんたちより前の勇者で、カレンさんたちが勇者となる前に引退した先代勇者たち。
旧い人たちであるがゆえに、その頭はかつての対立思想に凝り固まっている。
さらに言えば現役勇者との関係も、先輩後輩の間柄から言葉で説明できない優位性があるし、要するに最悪の相手と言うことだ。
そして、そんな現役勇者(和解推進派)と先代勇者(和解反対派)の間で決闘が行われることになった。それが今日。
勝った方が負けた方を黙らせる、という趣旨だったはずの戦い。
しかし半月の準備期間ののちに発表された勝者への報酬は――、言い換えれば敗者に課せられた罰則は、僕の予想を遥かに超えるほど厳しいものだった。
『先代勇者が勝った場合、現役勇者及び教主は全員辞任する』
カレンさんも、ミラクもシルティスもササエちゃんもヒュエも、勇者でいられなくなってしまうということだ。
そしてヨリシロも教主の座から追われる。
こうした今回の決闘のルール決めには、わざわざ各教団で会議を開き、その上で合議を取り決めたらしい。
当然、「負ければ全員やめろ」なんて滅茶苦茶なルールを持ち上げたのは、今回の教団和解に異を唱える勢力に違いない。
ヤツらが発議し、押し通した。
つまりヨリシロは、反対勢力に早速一本取られたってことじゃないのか!?
「落ち着けハイネ」
そう言って僕を宥めてくるのは風の教主トルドレイド=シバ。
ついでに言うと風の神クェーサーの転生者でもある。
「初戦でしてやられるなど、この女が、そんな可愛いタマに見えるか? 勝ったと思わせておいて滅びの道を進ませる。策士としてはもっとも基本のやり口だ」
「え?」
「今回、こちら側の政治レベルの目的は、教団和解に反対する勢力を一人残らず焙り出すこと。そのためには美味しいエサが必要だ。最後まで隠れているつもりだったヤツが、思わず物陰から出てきてしまうような、な」
シバの指摘に、ヨリシロがフフフ……、と微笑した。
まさか……。
「ですが、会議で喚き散らしていた人たちも所詮小物に過ぎません。そういう人たちや先代勇者をも操る本当の黒幕を、闇から引きずり出さなくては。そのためにこそわたくしたちは、自分のクビまで懸賞台に上げたのです」
「俺にとってはまったくの巻き添えだがな」
シバが迷惑千万と言う顔で舌打ちしたが、ヨリシロは微笑むばかりだった。
「そんなことはありませんでしょう? 今回の施策は五大教団すべてにとって益のあることです。何しろ大望を成そうとする人間の足を引っ張る輩は、何処にでもいるものですから」
「我ら風の教団は、お前らのところと違って一致団結ができている。今回の教団和解とて、反対する者など一人もいなかった!」
まったく関係がないのに、詰め腹切らされる際まで追い込まれているシバ。
哀れと言えば哀れだ。
「まあ、そう言いないや風の教主」
と、さらなる別の人の声。
地の教主のお婆さんだ。
「ウチさのところはさ、全員が土下座してオラさに教主になってくれぇ頼みに来たぐらいさけえ一枚岩と言えるけどさ。やっぱり田舎者だけあって閉鎖的なんよ。いきなり余所の人と仲良くせえなんてねえ。ソイツらが納得できるもう一押しが欲しかったところさね」
「今回の決闘が、それになりうると?」
「そのために無理してヨネコさ引っ張り出してきたからね」
出場しないと言われていた先代地の勇者が出てきた主犯はこの人か。
さらに水の教主。
「お恥ずかしながら、ウチも光の教団同様ゴタゴタしていましてね。特にサラサさんが嫁入りした家はハイドラヴィレッジ財界の実力者で、次の水の教主を狙える立ち位置にいます。陰謀の匂いが途切れませんよ」
「漢たるもの熱血たれ」
火の教主も、我が弟子が勝手なマネをしてすまないとおっしゃられている。
先代火の勇者キョウカのことだろう。
結局今日は、五教主会談の時以来に、五大教団の教主が一堂に会する日になってしまった。
まあ自分たちのクビがかかっているんだから当然か……。
「…………」
僕はもう、何だか気だるくなってしまって、踵を返した。
「あら、ハイネさんどちらへ?」
「試合前にもう一回カレンさんたちの様子を見てくる」
政治の話は皆さんで進めておいてください。
* * *
カレンさんたちの控室へ向かう途中、一人の見知った顔に出くわした。
光の教団、極光騎士団、団長ゼーベルフォン=ドッベ。
僕と鉢合わせするなり敵意剥き出しの嘲笑を浮かべた。
「教団に巣食う毒虫め。今日がお前の命日となりそうだな」
「…………」
さっきのヨリシロの言葉を思い出した。
『騒ぐのは小物ばかり』か。
「今日をもって光の教団は、清浄にて栄光ある昔の状態に戻るのだ。秩序を乱す間違った教主と勇者は去り、毒虫たるお前は駆除される。そうして光の教団は本来の姿を取り戻す!」
「……ヨリシロから言われてた改革案の起草はできたんですか?」
「んなッ!? ……あ、あんなものどうでもいいのだ! もうすぐそれを命じた当人が教主の座から追われるのだからな!」
まだできていなかったのかよ……。
あれからどれだけ時間が経ったと思っているんだ。本当に無能だな。
反対勢力。図らずもその実在を実感できて、今度は実際に戦う人たちの下へ僕は向かう。




