180 先代考察
「ふわ~、ヨリシロ様燃えとるだす! 政治的闘争心が剥き出しだす!」
と地の勇者ゴンベエ=ササエちゃんがヨリシロのことを憧れの視線で眺めていた。
……ん?
「なんでササエちゃんいるの? さっきまでいなかったのに!?」
「何言っとるだすかハイネ兄ちゃん。オラもドラハさんも、ヨリシロ様と一緒に登場してただすよ」
「はい、ハイネ様」
よく見ると、隣にドラハまで立っている。
今ではすっかりヨリシロの付き人となったドラハはともかく、なんでササエちゃんまでヨリシロと一緒に?
「私からご説明しますハイネ様」
ドラハが説明してくれるらしい。
「前回のルドラステイツでの騒動の際、捕えた捕虜の扱いでヨリシロ様とササエさんの間で通じ合うところがあったらしく、意気投合なされたのです」
えー?
「『ササエさんの奥にキラリと光る何かを見つけました』とヨリシロ様は仰られまして、ご自分の持つ権謀術策を継承させるとをお決めになりました。たった今もササエさん一人に対する座学を開いていたところだったのです。その時に先代勇者アテスが現れたという報を聞き……」
ちょっと待って。
ササエちゃんは既に、歴代最凶地の勇者と謳われたお祖母さんから英才教育を施されてるんだけど。
その上にヨリシロから帝王学を教わったら一体どうなるの? 残虐超人と悪魔超人の合いの子を作る気か!?
そこへヨリシロとササエちゃんがなんか会話しだした。
「ササエさん、一応今日のおさらいをしておきましょう。光の教団のモットーは?」
「『都合の悪いことは忘れろ』だす!」
ダメだ既に完成しつつある残虐悪魔ササエちゃんが!!
………………。
まあ、その問題は後に置いておくとして、今はもっと眼前の問題に集中しなくては。
「ところでササエちゃん、先代勇者どもがブチ抜いた壁直すの手伝ってくれない?」
「お安い御用だす。瓦礫でテキトーに壁の穴を塞いでから……、『結合錬金』! 元通りだす!」
超便利。
「では肝心な話だけどさ。現役勇者と先代勇者が分かれて戦うとして……」
「はい?」
「勝てるの?」
正直こういう試合は、十回戦って十回勝てるぐらいの確実さがないとやる意味がない。
勝った方の主張が通る、という取り決め通りなら、もしアテスたち先代勇者チームが勝ったとしたら勇者同盟は立ち消え、五大教団の和解も元の木阿弥となるだろう。
対して僕たち現役勇者チームが勝ったとしても、通る主張は勇者同盟を存続させること。既に教主全員から承認を得ているものを、わざわざ戦ってさらに承認を得ようというのだ。
正直言って功少なくリスクが大きすぎる。
「先代勇者って、結局はもう引退した人たちだろう? なら能力もピークを過ぎて、現役の方が強くなってるんじゃ……?」
「……勇者というのは、教団の顔です」
それは何度も聞いている。
「教団の代表としてイメージアップに貢献するがゆえに、勇者はいついかなる時も華麗で強くなければいけません。それゆえに勇者には見目麗しい女性が、十代という若さで選ばれるのです」
僕はその辺を見回す。
カレンさん、ミラク、シルティス、ササエちゃん、ヒュエ。
平均年齢十四歳と言ったところか。ササエちゃんが一際平均を下げるのに貢献してるけど。
「しかし武威も容色も時とともに衰えるもの。教団では、成長のピークを越えた勇者が無様を晒す前に代替わりをさせる傾向があります。ゆえに勇者の典型的な引退時期は二十~二十二歳。遅くとも二十五歳までです。今日押しかけて来た先代勇者たちも大体その辺りの年齢でしょう」
たしかにアテス、キョウカ、サラサの三人とも先代とか言われてたが、年齢的には大人の色気が加わっただけで、むしろ若さに満ち溢れていたような。
「引退直後の勇者は、むしろ現役時より成長していることが多い。あの三人は漏れなくそうでしょう。一目見ただけでも、まとう覇気の強さが戦いを忘れた者のそれとは違います」
オイオイ。
それヘタしたら現役勇者より、今の先代勇者たちの方が強いってことじゃないか?
十代と二十代。普通に考えても肉体の完成度やら積み上げた経験の量から、年上の方に分がある。
衰えを勝敗の要素に入れなければいけないのは、もう少し経ってからだ。
「一般論からすればそんなところでしょうか。あとは各人の資質の問題になりますが……」
「……我が姉弟子、アビ=キョウカは」
ヨリシロの言葉を遮るように、ミラクが語りだした。
「我が師エンオウの最高の弟子と言われている」
現火の教団の主、「漢たるもの熱血たれ」で有名なエンオウさんは、教主に就任する前は業炎闘士団の団長を務めていたという経歴の持ち主。
業炎闘士団を率いていた頃には何人もの闘士を指導し、一人前かそれ以上に育て上げてきた。
今目の前にいるミラクだって、彼の弟子の一人なのだ。
だからこそ先代火の勇者キョウカと姉妹弟子と言うわけだが。
「キョウカ姉者は、際立った才能の持ち主だ。師匠もその才を認め、他の弟子よりも一際力を込めて指導なされた。現在教主となられた師匠が、勇者同盟の反対派を悉く抑えながらも、キョウカ姉者だけは黙らせられないのはそういう事情にもよる」
「可愛い弟子を、無碍にはできない、と……?」
「何よそれ、要するに依怙贔屓じゃない」
シルティスが入れる茶々も、リアクションする者がおらず不発に終わった。
「で、でもミラクちゃんだって火の勇者に選ばれたんだから、才能も負けてない……」
「忘れたかカレン。オレには元々才能はないんだ。だからそれを努力でカバーするしかなかった。お前との友情を忘れてしまうほどの努力でな」
苦い過去を思い出したのか、ミラクに自嘲の笑みが浮かんだ。
「オレが勇者になれたのは、キョウカ姉者が炎牛ファラリスに敗北して引退し、後釜として適当な人材がオレしかいなかったというだけの話だ。しかもキョウカ姉者は、炎牛への雪辱を果たすために今日までずっと厳しい修業に明け暮れていたに違いない。あの当時より弱いということは絶対にない」
才能もあり、努力もあるということか。
しかしそれ以上に深刻そうなのは、ミラクが先輩であるキョウカへのコンプレックス塗れということじゃないだろうか。
キョウカとミラクは姉妹弟子。
先輩といえば先生以上に、尊敬と恐怖、親愛と憎悪すべてがごちゃ混ぜになった存在であるかもしれない。
「水の先代勇者ラ=サラサはいけ好かない女よ」
続いてシルティスが語りだす。
「アイツは水の勇者としては教科書通りのヤツで、だからこそ型破りなアタシのことを目の敵にしているの」
むしろシルティスこそが「目の敵にしてください」と言わんばかりだもんね。
「水の勇者は、引退したらある一定の権力財力を持った大商人へ嫁ぐのが不文律となっている。教団と財界を結びつける政略結婚ね。サラサのヤツも、ハイドラヴィレッジ指折りの貿易商に嫁入りして、セレブ生活を満喫してる。だからこそアタシのことを一際見下しているんでしょうね」
「……?」
そう語るシルティスの表情に、仄かな卑屈さが浮かんだのは気のせいだろうか?
とにかく、次は先代光の勇者サニーソル=アテスのことだが……。
「彼女のことは、わたくしからご説明しましょう」
ヨリシロが語りだした。




