177 若き主張
炎牛ファラリス。
当時、五大教団がしっかり確認した中で最大級と目された巨大モンスター。
その強さも最大級で、火の教団は何度も討伐隊を出したが、その度に大敗して逃げ帰った。
しかし炎牛の脅威は今やない。
既に討伐されたからだ。
「火の勇者ミラクと、光の勇者カレンさんによってね」
「何を!? バカな!? コイツらごときに、あの怪物を倒せるわけが……!?」
「事実です。火の勇者と光の勇者は『協力』して、アナタの倒せなかった炎牛ファラリスを倒したんだ」
……で。
「もう一度聞かせてくれませんか? 誰が、誰より強いんですって? 炎牛ファラリスも倒せなかったザコ勇者さん? いや、元ザコ勇者さんかな? それともザコ元勇者さんか?」
「ぐぬ、ぐぬぬぬぅ……!?」
少し言い過ぎかもとも思ったが、手を緩める気にもなれなかった。
カレンさんたちが懸命な思いで築き上げてきた絆。それを過去の因習に囚われて破壊しようとする輩には、徹底的な反撃あるのみだ。
「キョウカ姉者」
僕がさらなる追い打ちをかけようとしたところを、ミラクが遮った。
「たしかに炎牛ファラリスはオレたちが倒した。オレ一人では決して倒せなかった。そこにいるカレンと、ハイネのヤツが協力してくれたおかげだ」
「ミラク! お前まだそのような戯言を……!」
「その上であえて言わせてもらう。時代は変わったのだ。もはや勇者は、自分の教団のみを考えて動くだけではいけない。そんな勇者こそ勇者失格だ!」
さすがは現役勇者。怯えてばかりではなく言う時は言う。
そしてそれは当然ミラクだけではなかった。
シルティスも奮い立つ。
「ハイカラなハイドラヴィレッジ在住のサラサさん? アンタだって知ってるわよね? 自分の住む街でつい最近起こった大海竜騒動。ハイドラヴィレッジ有数の名門商家に嫁入りしといて、情報に疎いなんてことはありませんよねえ?」
「だ、だったらなんや言うの?」
それは他でもない、シルティス自身のライブに乱入してきた巨大水属性モンスター、大海竜ヒュドラサーペントにまつわる事件のことだろう。
水の神コアセルベートの差し金で襲来してきたソイツは、一時大津波を起こして水都ハイドラヴィレッジを壊滅の危機に陥れたが、それをギリギリのところで救ったのが光、火、水の三勇者だ。
「アンタが現役の時、あの大海竜以上に強そうなモンスター現れたことある? アタシの記憶では心当たりはないのよねえ? あの大海竜だって、カレンッちとミラクッちが協力してくれなかったら倒せるもんじゃなかった。アンタなら倒せたっていうの? 一人で?」
「うっ……」
「もしあの場に三人の勇者が居合せなかったら、今頃ハイドラヴィレッジは壊滅。アンタも旦那一家もろとも路頭に迷ってたでしょうね。……アタシからも言わせてもらうわ。時代は変わったの!」
旧き者にはわからない、新しき者に宿る実感。
どうやら僕が余計な口を挟む必要はなくなったようだ。カレンさんまで勇み立ってきた。
「炎牛ファラリスに大海竜。それに四体のマザーモンスターたち。私たちが勇者に就任してから、何故か過去最高クラスのモンスター災害が立て続けに起こっています。それに対処し、人々の被害を最小限にするためには。勇者一人一人の働きだけではとても間に合いません」
しかしカレンさんたちが戦いだす以前には炎牛や大海竜クラスのモンスターが現れたことなかったんだな。
つまりキョウカやサラサは、マザーモンスターが生み出す大量生産モンスターと戦い続けただけで現役を終えたわけか。
「私たちは決して、自分の弱さを誤魔化すために手を取りあったのではありません。そうしなければ乗り越えられない困難を乗り越えるためです。でも、だからと言って嫌々手を繋ぎ合ったわけでもありません。私たち今代の勇者は、互いを尊敬しあい、慕い合っています」
普通なら小っ恥ずかしくて言えないことを平気で言ってのける。
そこに痺れる憧れるのがカレンさんだ。
「そしてそれは、五大教団全体のこれから進むべき指針でもあるとも言えます。教団がいがみ合うのをやめ、互いの良いところを重ね合えば、世界はよい方向へ進むことができるでしょう。その基調になることも、教団を代表する勇者に相応しい仕事ではないでしょうか」
「……くっ」
「うぅ……」
これ以上ない真っ直ぐなカレンさんの物言いに、キョウカもサラサも反論の言葉を見つけ出せないでいた。
僕の背後に回って、小声で話すヤツらがいる。
「……一時はどうなることかと思ったが、どうやら上手くいきそうだな。さすがカレン、キョウカ姉者をも言いくるめるとは」
「反撃の狼煙を上げたのはハイネッちだけどねー。マジ強いわこの夫婦、無敵だわ口でもゲンコツでも」
「拙者、新参者ゆえまったく口を挟めませなんだ……」
ミラクにシルティスにヒュエ。
キミらもキリッとしたところを見せなよ。僕らに便乗して少しは反論できてたけどさ。
「でもさあ、勇者にとって先代ほど煙たい存在はいないのよねえ。敬わなきゃいけないし、基本上位互換だし」
「オレにとってはそれに加えて姉弟子だからな。入団した頃から面倒みられて弱点も何もかも知り尽されてるから勝てる気がなしない。カレンたちがいてくれて本当によかった……!」
彼女らにとっては本当に天敵なんだな先代って。
でもそれは結局、同じ教団内に限った話。カレンさんは余所の先代勇者をじわじわ追い詰めている。
「他にご意見がないようでしたら、もうお引き取りください。今の世界の問題は、現役の勇者たちに任せていただきますよう」
これもう勝負着いたな。
ミラクたちが泣きついてきた時は何が起きるのかと戦々恐々だったが、小さなトラブルで済んでよかった。
……と思いきや。
「任せることなどできませんね。アナタのような夢見がちな少女に」
談話室に、また新たな人物が現れた。
僕のまったく知らない、初めて見る人だ。
「あっ、アナタは……!」
その新しい人物を見て、カレンさんは硬直した。
それこそヘビにあったカエルのように。天敵にでもであったかのように。
「お久しぶりですねカレンさん。本来私はもう光の大聖堂に足を踏み入れらる身分ではありませんが、後継のアナタがあまりに不安を掻き立てるために、舞い戻ってこざるを得なくなりました」
あの新しい登場人物――、ショートカットの金髪の女性は、キョウカやサラサと同じぐらいの年代で、しかもどことなくカレンさんに似通った雰囲気があった。見ようによっては真逆のようにも見えるが。
まさか彼女は……!?
「先代光の勇者、サニーソル=アテス様……!?」




