176 舞い戻る先達
この世界における勇者の称号はとても具体的なものだ。
地水火風光、五つの教団から一人ずつ選ばれた最強の神気使いが、他の戦士を率いてモンスターと戦う。モンスターと戦って人々を守る。
それが勇者。そして勇者の務め。
てなことがモンスター発生から百年近く、ずっと続いてきたわけで。当然そんな長い期間一人の人間だけが活躍し続けられるわけがない。
戦いの歴史の中、何人もの勇者が入れ代わり立ち代わり、代替わりしてきたというわけだ。
その末が、今の勇者であるカレンさん、ミラク、シルティス、ササエちゃん、ヒュエ。
彼女らの以前にも、勇者の名を背負って戦ってきた過去の勇者もいるわけで。
近い過去の人ならば、いまだ現役に近い力を保持しているだろう。
そんなわけで、今僕たちの目の前にいる二人の先代勇者。
火の先代勇者アビ=キョウカ。
ミラクの先輩だけあって彼女同様、体つきはガッシリしていて筋肉質。しかし目つきはミラク以上に鋭くて、ミラク以上に男性と見間違えそうだ。
水の先代勇者ラ=サラサ。
やはり現役勇者であるシルティスと似通った雰囲気があり、気品漂い妖艶。扇子のようなもので口元を隠す奥ゆかしさに、貴族めいた上品さがある。
その二人が……、口を開く。
「……フン、光の教団本部か。初めて足を踏み入れるが、予想通りのカビ臭さだ」
「ほんに、古さだけが取り柄の教団ですねえ。カビが生えようとクモの巣が張ろうと、古ければそれだけでいいとでも思ってるんかねえ?」
自分たちから殴り込みをかけておきながらその物言い!?
「で、そんなカビ臭い穴倉に火の勇者が逃げ込むとは、どういうつもりだミラク?」
「あ、あの……、その……!」
ミラクが蒼白になって震えている!?
「どうした? 言いたいことがあるなら遠慮せず言ってみろ?」
「きょ、キョウカ姉者……! 時代は、先に進んでいて、いつまでもいがみ合っていればいいというわけでは……!」
「言いわけするなァ!!」
「ぐほぉッ!?」
体育会系理不尽!?
ミラクが蹴られてフッ飛ばされた!?
「情けない……! 情けないぞミラク! お前は我が後輩の中でもなかなか見どころがあったゆえに次を任せたが、完全に見込み違いだったようだ。勇者の本分を忘れ、慣れ合いに走るとはな!」
慣れ合い。
「アンタさんも同罪ですよ、シルティスさん」
今度は水の先代勇者が、現役勇者を難詰する。
「元々アンタさんには、教団内から不満が出ておりました。アイドルなんてお遊びにうつつを抜かし、勇者の本分を疎かにしておるのでないか? と。それに飽き足らず、今度は敵と手を取り合うなど言語道断。さすがに教団の御方々も、ウチも、堪忍袋の緒が緩みますよ?」
「……ちっ。うっさいわね孤閨女が」
「なんか言いまして?」
「いーえ、何でもないでーす!!」
彼女たちの会話から、少しずつ話が見えてきた。
「待ってください!」
それはカレンさんも同じようだ、耐えかねるように話に割って入った。
「もしかして……! アナタたちがミラクちゃんシルティスちゃんを責めているのは、勇者同盟のことで……!?」
「そうだ」
アビ=キョウカが言った。
「ウチらは、その勇者同盟とかいうのを潰すために来たんです」
ラ=サラサが言った。
五人の勇者が力を合わせてモンスターに立ち向かう勇者同盟。
それは、これまでの常識からみれば考えられないことだった。
何故なら勇者同士は、元来仲が悪いものだから。
かつて五大教団は、互いに信者を奪い合って対立し、戦争状態の時期すらあったとか。
それは人類共通の敵・モンスターが現れたことで自然消滅的にウヤムヤになったが、それでも教団間には潜在的に、互いを見下し合う敵対意識があった。
『自分こそがもっとも優れた教団』『他の四つは自分より劣っている』
前時代の勇者である彼女たちは、そういう意識にどっぷり浸かって来た。
「数日前、オレ様の下に誰からか便りが届いた。そこにはこう書いてあった。『現勇者たちが誇りを捨てて、手を結び合おうとしている』とな」
「ウチも似たような感じですねえ。報せを聞いて驚きましたわ。信じて後を託した後輩が、まさかこんな先人の気持ちを踏みにじるようなマネをしとったなんて」
先代勇者たちは、苛立ちを隠そうともせずに言う。
「その下らぬ慣れ合い。元勇者として見過ごすわけにはいかぬ」
「既に引退した身とはいえ、教団に義理も恩もありますさかい。後進が起こした誤りを、正さんわけにはいきません」
やはりそういうことだったか。
ミラクとシルティスが「勇者同盟が立ち消えになるかも」と弱り果てていたの理由。
それは先代勇者が、何処からか勇者同盟のことを聞きつけ、それを撤回させようと押しかけてきたからか。
「何故ですか!? 勇者同盟は、勇者たちがモンスターと戦うために協力することです! 一人で戦うより、五人で力を合わせれば、より効率的にモンスターから人々を守ることができます! それの何が間違いだって言うんですか!?」
カレンさんにとって、勇者同盟は全身全霊を懸けて取り組んだ一大事業だ。
それを否定されては温和ではいられない。
「間違いだとも」
しかし先達たちはそれを一蹴した。
「まずお前たちは、優先すべきことを間違っている。勇者が真に守るべきは教団の権威だ。オレ様とミラクの所属する火の教団が、世界でもっとも優れていること。それを証明するために勇者は戦う」
「水の教団が世界でもっとも優れている、の間違いでしょう?」
キョウカとサラサの間でも激しい火花が散り合う。
ここに乗り込んできた目的は同じでも、この二人、決して相いれない険悪さがある。
「オレ様に言わせれば、協力などしなければいけないのはお前たちが弱いからだ。真の勇者は強い。強いから一人でも充分に民草を守っていける」
「そうですなあ、自分の弱さを誤魔化すために綺麗言で協力だー、なんて、それこそ勇者失格やね。ここはやはり、勇者の称号を返上してもらわんと」
その言葉に、現役勇者たちから緊張が走った。
「ミラク、勇者の位を返上しろ。やはりお前は勇者に相応しくなかったのだ」
「アンタさんもやねシルティスさん。勇者っていう身に余る肩書きはさっさとお返しして、それから心置きなくアイドル遊びに興じればいいでしょう」
ミラクもシルティスも、先輩からの通告に目の色を変えた。それまでの怯えの色に代わる敵意の色だ。
しかしそれは彼女たちだけではなかった。
「そう言うアビ=キョウカさん、……でしたっけ?」
「何?」
過去の火の勇者が僕の方を向く。
そう過去だ。彼女は既に過去の人だ。
「僕の記憶によれば……、アナタが勇者を引退した理由って、たしか炎牛ファラリスに負けたからなんですってね?」
「うぐッ……!?」
他でもない。その炎牛ファラリス討伐の際に聞いた話だったはずだ。
かつて火都ムスッペルハイム近辺に蟠踞した巨大モンスター、炎牛ファラリス。その力は強大で、火の教団は何度も討伐隊を送り込んだが、失敗して返り討ちにあったという。
「た、たしかにそうだ……! オレ様は自身の無力を痛感し、勇者の位を返上して修行の旅に出た。いつか炎牛を打ち倒し、雪辱を果たすために」
「オホホホホ……、真面目な弱虫さん」
「何だと!?」
わかりきっていたことだが、先代勇者たちは壊滅的に仲が悪い。
だが今はそれよりも。
「知らないんですか? その炎牛ファラリスは倒されましたよ」
「なッ、何……!?」
「倒したのはそこにいるミラクと、カレンさんです」




