172 新風
それからさらに数日が経って、風都イシュタルブレストで式典が行われた。
新勇者の叙任式だ。
「新たなる風の勇者、トルドレイド=ヒュエ」
「はい」
名前を呼ばれ、立ち上がるヒュエ。
病身を押して参加する兄、トルドレイド=シバの足下へ歩み寄る。
「今日よりお前が、風の教団及び風都ルドラステイツを守る風の勇者となる。改めてこの神具、風長銃エンノオズノを授ける」
「謹んで拝領いたします」
教主の席からシバは、戦場でヒュエが使っていた長身の銃を差し出す。
「砕け散った風双銃フウマコタロウより回収した高純度聖別鉱石を組み込み、各種リミッターも解除した。以前より格段に気難しくなったが、今のお前なら使いこなせる」
兄の手から妹へ、長銃は渡った。
受け渡されたのはそれだけではなかった。
シバが妹のヒュエを、新しい風の勇者に抜擢するという話は、シバと僕、そしてヨリシロの神会談の中で初めて聞いた。
魔王ラファエルとの戦いでズタボロになったシバは、もはや直接的な戦闘に参加するのが難しい体になってしまった。
それに加え、これから五大教団の協力が活発になっていくのが予想される中、さすがに教主と勇者の兼任は難しいと判断されたのだろう。
今回の戦いで功績のあったヒュエに新たな勇者の名を与え、シバ自身は教主職に専念する。
その発表はルドラステイツに住むすべての人々を騒がせ、少しの動揺を経た後、受け入れられた。
それはシバが教主として、人々から固く信頼されている証明とも言えるだろう。
今日の式典には、五教主会談の時には隠れて姿を現さなかった多くの人々が参加していた。その中には僕たち他教団の関係者も、来賓としての席を与えられていた。
秘密主義に包み隠されていた風の教団。
その風向きが少しずつ変わろうとしていた。
* * *
「これより、よろしくお願いいたす」
式典が終わり、ヒュエの勇者就任を祝う宴席に移った頃、その新人勇者様がこちらへ挨拶に訪れた。
周囲が風の教団関係者ばかりのパーティーの中で、カレンさん、ミラク、シルティス、ササエちゃんの勇者四人は来賓として一塊になっている。
いや、ヒュエを加えれば勇者五人か。
ついに地水火風光、五人の勇者が集結したのだ。
そんな様子を一歩引いたところから眺める僕。
「拙者、本日より勇者の任を受け継ぐこととなった。同輩としてご指導ご鞭撻をお願いする」
「そんなに硬くならなくていいよヒュエちゃん! これからは同じ勇者で、友だち同士だもの!」
やっぱりというか口火を切ってヒュエと打ち解けるカレンさん。
それに残りの三人も続く。
「こちらこそよろしく頼むぞ。いやしかし、これでついに五勇者勢揃いか。オレとカレンの二人から始まった時のことを考えると、実に感慨深いな……!」
「あの頃は、ミラクちゃんがこんなに女好きさんになるなんて想像もしてなかったけどね」
「今日から勇者ということは、オラにとっては後輩ということだすな! わからないことがあれば何でも聞くといいだすよ!」
「ササエちゃんも調子に乗らないで」
カレンさんのツッコミスキルが着実に上がっている……!
「いやーもー、本当に一時はどうなることかと思ったわよ。風の勇者は男ですなんて言われてさー。でも最終的に、黒髪清楚忍者系女子が加入してくれて万々歳よねー!」
「……シルティスちゃん?」
「で、早速皆に見てほしいんだけど……」
そう言ってシルティスが、自分以外の勇者たちに何やら配り始めた。
薄い紙の束……、冊子か?
「…………何コレ?」
「揃い踏みした五勇者お披露目ライブの企画書よ! それぞれの所属を考えれば一都市のみの公演は不可能だから必然的にライブツアーになるわ! ハードスケジュールになるけどついて来れるわよね!? 五人っていう大人数が栄える振り付けも考えてみたから、企画書に載せた原案読んどいて! あと衣装も作成しなきゃなんで身長スリーサイズの申告よろしく! 恥ずかしいからってウソ深刻はナシでね。サイズの合わない衣装着て本番中ポロリなんて誰も期待してないから! それから……!!」
「「「「…………」」」」
「いった!? なんで企画書投げ返すの!? 痛いぶつけないで! って言うか誰よブーメランよろしく回転させて投げてくるの!? 角が刺さって余計痛いわ!!」
…………。
わかってはいたけれど改めて、個性的な連中だなあ。
コイツらをチームにして率いていくって、案外骨が折れるんじゃなかろうか。
まあ唯一救いと思えるのは今回加盟したヒュエが比較的常識人なところか……?
「あの……、それでだが」
なんかヒュエが急にモジモジしだした。
「これから我ら風の教団も、マザーモンスター退治を主軸に、他教団の協力を広げていくことが決まっている。これまでの秘密主義も路線修正し、交流を深めることでさらなる発展をと考えている」
「んー、らしいわねー」
「とてもいいことだと思います! 世界が平和に近づきます!」
風の教団の秘密主義は、そもそも教団同士が争っていた時代の自衛策の一種だった。
教団が協力関係を築き上げていくなら、たしかにそれはもう必要ない。
「そこでだ! ……早速と言っては何だが、宴席ということでもあるし、我らルドラステイツの食文化に触れてもらいたいと、名物料理を多数拵えてみた。拙者の手料理なんだ!」
「手料理!? 凄いじゃないですか!?」
「うめもんだすか!? それはテンション上がるだす!!」
「ここに来て家事スキルを持つ、家庭的キャラが加入……! いいわね! ストライクゾーンが広がるわね!」
「料理する女性の後ろ姿っていいよな」
勇者たちの反応もおおむね良好だ。
ヒュエ当人は、まるで友だちが初めて自分の家に遊びに来てくれることになった的に表情を輝かせた。
「そうか……! そうか! では早速、ご賞味いただこう!」
そう言って滑車付きテーブルに乗せて運ばれてくる料理各種。
テイオウバッタの佃煮。
ブラストオオカブトの幼虫の姿揚げ。
エリマイマイバターソテー。
ライセンバチのローヤルゼリー漬け。
同じくライセンバチの幼虫の炊き込みご飯。
イラゴの塩辛。
パン。
「「「「……………………ッッッッ!?!?!?」」」」
昆虫食だった。
ヒュエが初めて見せるテンションの高さで解説に入る。
「我ら風の教団では、医食同源、食べて飢えを満たしつつ、身体能力を向上させる研究が行われてきた! 様々な試行錯誤の結果、昆虫こそ高タンパク高栄養の極みであるとして採用。今日作らせてもらったのは、その中でも最高級の品々だ!!」
その説明に対し、カレンさん始め勇者たちは、真っ青な顔にダラダラ汗を浮かべている。
「ど、どうするのコレ……!? 異文化交流舐めてたわ。価値観のハードル想像してたよりずっと高いわ……!?」
「でも、協力を申し込んだのはこっちだし、ここで断るわけにはいかないよ……! せめて、こう、誰か一人でも……!!」
…………。
やれやれ。
あのベルゼ・ブルズとの戦いのあとじゃ余計にきついよな。
僕は一歩引いたところからの傍観をやめると、まずは煮汁が染み込んで黒々となったたバッタを一匹、口の中に放り込んだ。
「ハイネさん!?」
「……………………」
モゴモゴ咀嚼。
……ん? あれ?
「美味いぞこれ!? ただしょっぱいだけかと思ったら、甘味とか辛味も混ざり合って、想像以上に複雑な味だ! バッタ自体も皮にけっこうな歯ごたえがあっていい!」
「このテイオウバッタを煮るのに使ったスープは、それ専用に二十種以上の食材を調合して作った最上級ソースなのだ。それだけでも高級品だが、バッタ自体のダシと混ざり合うことでさらに深みが出る! 風の教団数百年の研究成果だ!」
僕自身、猟師して山に入った時は自前の食料が尽きて、やむなくクモやらトカゲやら捕まえて食ったこともあるので、身代わりになろうとか思って食べたのに、何この後引く美味さ!?
「うめうめうめうめうめうめうめうめうめ……! うめだす!」
「ササエちゃんまで!?」
さすが田舎出身ササエちゃんも、大皿山盛りのオオカブトムシの幼虫だか何だかを夢中で頬張っている。
「虫料理はサーテおばちゃんが得意だったけんど、こっちの方が断然美味いだす!」
「そうかそうか! ブラストオオカブトは高い免疫力で知られ、それを食べることで病気への抵抗力が付くと言われている! 普段は養殖ものだが、今日は客人の皆にいいもの食べてもらおうと、天然ものを取り寄せた! 野生で鍛えられたものは風味からして違うからな!」
「噛むときにプチュンってするのが美味しいだす! やっぱり肉さんは何でも若いうちが柔らかいだすな!!」
ササエちゃん大絶賛。
しかしそれに反比例して、カレンさんたちの表情が硬くなっていく。
「ど、どうしよう……!? 料理の説明聞いてると、とにかく手間暇とお金は凄まじくかかっていることはわかる……!!」
「心もメチャクチャこもってるよ……。あの綺麗な笑顔を見て、とても食べられないなんて言えないよ……!」
追い詰められているカレンさんとシルティス。
それを眺めながら、僕はメニューの中にあるパンを齧る。
「……っていうか、このパンだけ普通なのかな?」
「そのパンには小麦粉と一緒に、乾かしたウジを砕いて粉にしたものが練り込んであるそうだ。タンパク質の量が格段に上がるそうだが、さすがに元がウジなだけに食中毒の危険もあるため、管理された清潔環境下で特別な素材に湧いたウジしか使われないそうだ。手間暇かかってるなあ……」
しかもこれ焼き立てだ……! 窯の熱がまだパンに残ってるよ美味しいよ。
「時にミラクも普通に食べるんだね?」
「オレを誰だと思っている、火の勇者だぞ? オレに憧れる修行一筋の女後輩たちが、足りない料理スキルで作った炭プレゼントを、どれだけ胃に処理してきたか。それに比べたら、この料理など見た目がグロいだけで超美味いではないか」
「なるほどー。あ、いいこと思いついた。このパンにそこのハチのはちみつ漬け挟んで食ったら美味くない?」
「オレも思った。よし早速試そう」
楽しい食卓。
その一方でカレンさんとシルティスはただひたすら震えていた。
「教団友好のために、教団友好のために、教団友好のために、教団友好のために、教団友好のために、教団友好のために……!!」
「エビやカニの親戚と思えば、エビやカニの親戚と思えば、エビやカニの親戚と思えば、エビやカニの親戚と思えば、エビやカニの親戚と思えば……!!」
なんかブツブツ言いながらも、フォークとナイフを持ったまま固まっていた。
まあしかし五人中三人が満喫したために、もてなす側のヒュエも大変喜んでくれて、宴席も和気藹々と進むのだった。




