16 真の反省会
こうして、モンスター騒動の反省会と言うべき会議は終わり、僕も解放となった。
しかし、なんで僕出席してたのか最後まで謎の会議だったな。
肩書のない僕が言いたい放題言ってしまったし、後々何かしら報復が来そうで怖い。
「……ハイネ! クロミヤ=ハイネ!!」
会議室から出ると、すぐさま暑苦しいハゲ頭が僕めがけて駆け寄ってきた。
「グレーツ中隊長?」
「本当にありがとう!」
と勢いよく禿頭を下げるグレーツ中隊長。何だか悲壮的ですらある。
「本当にすまん、ありがとう……! あの場で勇者様を擁護してくれて、本来ならオレ様ら騎士があの人の盾であらねばならんのに、役職や階級を気にして口出しもできなかった……! 本当に情けない……!」
「え? それ階級も役職もない僕がやったらますますヤバかったんじゃ……?」
「問題ないさ! あの教主様が後ろ盾してくれたんだからな! あれじゃあドッベ騎士団長も何もできまいよ。ざまーみろー!」
ハゲのテンションが高い。
「……イヤ、やっぱり情けないよ。オレ様たち極光騎士団は、勇者様のサポートをするのが仕事なんだ。なのに騎士団長は率先して勇者を非難し、団員のオレ様らはそれを止めもできねえ。ホント、何のためにいるんだろうなオレ様ら」
「グレーツ中隊長」
「ちょっと話さねえか、ハイネ」
グレーツ中隊長に連れられ、僕たちは光の大聖堂の中庭に出た。
モンスター騒動を経て時間は経ち、日も落ちてすっかり暗くなっている。
「どうして騎士団長がエーテリアル機械をあんなに毛嫌いしてるか、知ってっか?」
「いえ……。僕が住んでた田舎じゃ機械自体がなかったんで……」
グレーツ隊長がポケットをゴソゴソさせて何か取り出した。
それは手に収まるほど小さく細いガラス管で、中には何やら黒く光る鉱物のようなものが収まっている。
「これがエーテリアルだ。百年ほど前に、これを土から精錬する方法を発見したヤツがいてよ。神力も使わずに何でも動かすエネルギーを発生させる。車も、飛空機も、さっき貴様に使った属性計測器も、これを動力源にして動いてる」
それだけじゃねえ、とグレーツさんは続ける。
「灯かりに暖房、浄水、調理に使う火まで今じゃエーテリアル動力さ。エーテリアルは発見されて瞬く間に主要都市に広まって、生活水準を何段も引き上げた。するとどういうことが起こったか、わかるかい?」
「……人が、神を信じなくなった」
「その通り! やっぱ貴様は賢いねぇ。……まったくその通りさ、エーテリアルによって進んだ文明は、食料の生産を安定させ、治らない病気を治し、天災に対抗する手段を人間に与えた。そうなったらよ、神に祈る必要なんてないんだよな!」
だから機械は、教団の敵と言うわけか。
機械文明が発達し、神頼みが必要なくなれば人はどんどん神から離れていく。教団の権威も失墜するだろう。だからドッベ騎士団長のような教団の上位者は、エーテリアル機械を全面禁止にするほどに憎んでいる。
「ぶっちゃけるとよ、今エーテリアルでどうにもならない問題はモンスターしかないんだ。ウチを含めた五大教団は、勇者を旗頭にモンスターと戦うことで、何とか信仰を繋ぎ留められている」
「エーテリアルでモンスターを倒す武器は作れないんですか?」
「それもよ、実を言えば五大教団が連名で、エーテリアルの兵器利用を全面禁止してるからよ。普段は仲悪い五大教団も、それだけは足並み揃えてやがる。そこが破れれば、いよいよ神も教団もお払い箱だなあ」
人が、神の支配下から脱する。
それは闇の神だった頃の僕がもっとも望んでいたことだ。僕を除く五人の神は「人間は神の奴隷だ」と言い放ち、僕はそれに反対した。
戦って敗れ、僕が封印されていた間、人はどんな道を歩んできたのだろう。
今僕がわかるのは、エーテリアルというものをきっかけに、すべてが覆ったということだ。
「実を言うとよ、モンスターが発生するようになったのも、エーテリアルで神への信仰を忘れた人間に、怒った神様が送り込んだ罰じゃないかとも言われている。ヤツらが発生するようになったのは約百年前で、ちょうどエーテリアル発見の時期と重なるんだよ」
「ありそうですね。マジありそうですね」
「教団は、『モンスターは堕落した人間への天罰だ!』って喚きながらモンスターと戦い、倒すことによって人気を得ている。……そういう意味じゃモンスターこそ俺たちの救世主なのかもな」
「でもカレンさんは……、エーテリアル機械を使ってまでモンスターから人々を守っている」
「そうよ。それがあの人が本当の勇者だって証明よ。あの人が戦うのは教団の権威とかのためじゃねえ。純粋に人を救いたいからだ。だからそのためなら何だって使う。光の神力もエーテリアル機械も。でもそれは教団上部のヤツらにとっちゃ目障りなことなんだ」
教団がモンスターと戦うのは教団の権威を――ひいては神の権威を守るため。
カレンさんがモンスターと戦うのは、人々を守るため。
その齟齬が、一人の少女を傷つけている。
そこに現れた、何のしがらみもない無位無役の若者……。
「僕の役割はそういうことなんですね。カレンさんを、モンスターに限らない色んなものから守れって」
「そうさ、……そうなんだ」
グレーツ中隊長はしみじみと言った。その言葉に、様々な感情が複雑に入り増しっているのがわかった。
「カレン殿は最初、貴様のことを教団の都合に関わらず動く、本当の意味でのモンスター討伐者にしたかったらしい。初めて会った時、貴様の能力と正義感を見て『コイツならできる』と感じたんだとか何とか」
「マジすか……!?」
困惑しすぎてフラストの口調がうつる。
「でもいざ本番になれば、貴様は期待以上の働きを見せてくれた。騎士団長とやり合うなんて本当に予想してなかったぜ。つか無役のお前がカレン殿にくっついて会議室に入るのを見た時点で我が目を疑ったんだよオレ様は」
「はは……、なんかカレンさん、火の勇者と会った時から様子がおかしくて。放っておける雰囲気でもなかったから離れられなくて、気が付いたらあんなことに」
「マジかよ……! もしかしたら貴様本当にカレン殿だけのナイトなのかもしれねえな」
「上手いこと言ったつもりですか」
「イヤイヤ、嘆かわしいのよ。騎士を名乗りながらそれらしいこと何も出来ねえ我が身の不甲斐なさがな」
そうは言うが、グレーツさんは立派な騎士だろう。
それにカレンさんの様子がおかしかったのも事実だ。いつものカレンさんだったら騎士団長にもちゃんと自分で言い返して、僕の出る幕なんかなかったはずだ。
きっかけはやはり火の勇者カタク=ミラク。
考えがそこまで至ると、こうしてはいられないという気分になった。
「グレーツ中隊長。すみませんが僕、これで失礼します」
「おう、残業までさせちまって、すまねえ新入り」
グレーツ中隊長もわかってくれているのか、多くを語る必要はなかった。
「あ、でもな! 必要以上に距離縮めるのはナシだぞ! もしテメエ、カレン殿とカップル成立とかしやがったら騎士団全員で袋叩きにするからな!」
やっぱり一言多かったあのハゲ。




