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167 意固地

 ハイネさんが飛んで行ってしまった。

 わかっている。

 私――、コーリーン=カレンはわかっている。

 ハイネさんがこの場を離れたのは、あの巨大竜巻からルドラステイツの街を守るためだ。

 あんな災害級の神力攻撃を何とかすることができるのは、私の知る限りでもハイネさんしかいない。

 でもハイネさんがここから離れたら……。あとに残っているのは……。


「お前たちは逃げないのか、人間?」


 空に浮かぶ蝶の羽をまとった子供――、魔王ラファエルが言う。

 静かな一言一言に、泣きたくなるような威圧感がこもっている。


「どちらにしろ無駄なことだが。この街にいるすべての人間は、今日を最後にこの風の魔王ラファエルによって消滅する。お前たちの断末魔は、我らモンスター新時代誕生の産声となるのだ」

「のぼせ上がるな」


 その魔王に、真っ向から対峙する勇者。

 風の勇者。


「生まれてから一日も経っていないクソガキが何を勘違いしている。ハイネのヤツがここから離れたのは、ただの役割分担だ。ヤツがこの都市を守り、俺が貴様を倒す。そういう担当だ」

「お前こそ勘違いが甚だしい」


 ラファエルの童顔に、その幼い印象らしからぬ侮蔑の笑みが浮かんだ。


「人間ごときが私を倒す? 思い上がりも程々にしておいてもらおう。この魔王ラファエルは、全モンスターの導き手となるために、母たる存在がその生命と引き換えに生み出した究極モンスター。人間ごときに太刀打ちできるものか」


 そうだ。

 光の勇者として、数々のモンスターと戦ってきたからわかる。

 あの小さな男の子の、モンスターとしての能力は規格外だ。今まで戦ってきたどのモンスターよりも最強。

 炎牛ファラリスよりも、大海竜ヒュドラサーペントよりも、『御柱様』グランマウッドよりも。

 さっきラファエルが手を仰ぐような気軽さで放った四つの大竜巻。

 それはたった一つでも、炎牛の大熱閃や、大海竜の大津波を上回る威力がある。

 何よりも、ああしてただ空中を浮遊しているだけなのに。小さな体から発せられる威圧感はこれ以上なく凄まじい。

 そのせいで私は、体が動かない、立てない。

 それはヒュエさんも同じようで、ラファエルが現れてから私たちが一言も発していないのは、喋らないからではなく喋れないのだ。

 勇者である私ですら、ヘビに睨まれたカエルになってしまっている。


「光の勇者……。カレンと言ったな」


 そんな私に、同じ勇者であり、また風の教主でもあるシバさんが言う。


「その様子だと動けそうにないな。時間を掛けてでもいいから足に力を入れて、逃げる時はヒュエも一緒に連れ出してくれ」

「…………ッ!!」


 同じ勇者なのに、逃げることが当たり前のように算段されている。

 ハイネさんもそうだけど、何故この人もこんな威圧感の中で普通に動けるの?


「兄上様……! 兄上様……!!」

「情けない声を上げるなヒュエ。貴様も、ルドラステイツのすべての人々も、この俺が守る」


 それと同時に、風双銃が引き抜かれた。


「風の双銃術、多分の式『崩』!」


 アレは、ハイネさんとの戦いで見せた、前方の広範囲空間をタイムラグゼロで破砕する風の神気攻撃。

 理論上、技を放ってから敵に届くまでの時間がゼロのあの技は対処不能。

 しかし……。


「ぐあはッ!?」


 吹っ飛ばされたのはシバさん!?


「風の魔王たる私に風の神力で挑もうとは、愚昧極まる」


 指一本動かさずにシバさんを圧倒する、魔王ラファエル。


「私がこの場に現れた瞬間から、この周囲の空気は私の支配下だ。その空気で私を攻撃するなど愚の骨頂。むしろお前たちは、呼吸することすら私の許可を得ているのだとういうことを、教えてやろう」


 その瞬間だった。

 ……苦しい。

 口を開けて息を吸おうとしているのに、空気が口の中に入ってこない。


「がっ、ごっ……!?」

「ぐえぇ……!?」


 シバさんやヒュエさんも同じようだった。

 まさか本当に、空気を操って、私たちの呼吸を封じているの!?


「脆い、弱い。こんな惰弱な生物が支配者面をして何百年ものさばってきたとは。しかし時代は変わる。これからは我らモンスターが世界を率いていくのだ」

「ふざけるな!!」


 シバさんが叫ぶ。

 呼吸できずに体を丸めながら、それでも瞳の炎は消えていない。


「たかだか百年程度で世界の旗手を名乗るなどと、笑止千万! 人間はその十倍以上の時間を研鑽に費やしてきた! 容易く勝てると思うな!!」


 シバさんの周囲から風が巻き起こった!?


「あっ……!?」

「呼吸が……できる……!?」


 シバさんが風の神力を放出して、空気の支配権をラファエルから奪い取った。


「少しは楽しませてくれるのか、ならば……」


 ラファエルが初めて、私たちを攻撃するために体を動かした。

 それでも、シバさんへ向けて手をかざしただけだったが、それだけなのに……!


「がはあッ!?」


 シバさんが、空気に押し潰される!?


「この程度で……、負けるかぁぁぁーーーーッ!!」


 シバさんが圧縮空気を押し返す。

 風双銃フウマコタロウを両手に掲げ、魔王を相手に風の神気の押し合いをしながら、息も付かせず空気弾を放つ。

 しかしそれらはすべて、ラファエルの体に届く前に虚空と消え去ってしまう。


「愚かだな人間とは、そのようにボロボロとなって、絶対に勝てないとわかっているのに何故挑む? 素直に敗北を認めた方が、同じ死ぬにしても苦痛は少なかろうに」

「生憎と、勝てない戦いに挑むのは慣れている」


 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン……!

 何十と風双銃フウマコタロウの銃口から空気弾が放たれる。

 いかに弾丸が空気で、無限に撃ち出せると言っても、あんなに連続使用しては銃身がもたない。

 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン……!

 銃身にヒビが入り始める。


「……人間とはな、無様な生き物だ。利己的で、意固地で、強情で……。他人の言うことなど聞きはしない。それで多くの人に迷惑をかけてしまう……!」


 シバ、さん……!


「だからこそ最後になって聞き分けがよくなったのでは、あまりに格好がつかん。モンスターの王よ。あえて言わせてもらうぞ。人間を舐めるなァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

「なッ!? これはッ!?」


 シバさんから、これまでとは比べ物にならないほどの風の神気が吹き上がった。

 ハイネさんと戦っていた時の何十倍? これだけの神気を抱えていたなんて。

 でもこんな量の神気を一度に放出したら、その反動も……!?


「バカな……! 人間ごときがこれだけの神気を……!?」

「人間を舐めるなと言っただろう……! どうしようもなく追い詰められながら、それでも賢い方を選ぼうともせぬ人間の意固地さをな!!」


 ダメだ、あんな放出を続けていたら、シバさんの体がもたない。

 既に風双銃フウマコタロウは粉々に砕け散り、いずれシバさんの体も同じように……。

 それなのに最悪なことは、シバさんの我が身を顧みぬ攻勢が、ラファエルと拮抗するのがやっとということだ。

 ラファエルにはまだ余裕がある。これでは程なくしてシバさんの自滅という形で勝負に幕が下りる。

 シバさん一人じゃ、あの魔王に勝てない。

 一人だけじゃ……!

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