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161 頂上にて

 空を覆う黒雲を、思う存分引き千切り続けて、その残りが半分以下となった時。

 僕――、クロミヤ=ハイネは地上に降り立った。

 風都ルドラステイツの本部、風の大工房。そのもっとも高い区画の屋上だった。


「やっと現れたな?」


 降りた理由はたった一つ。

 到達すべき目標。それをここに見つけたからだ。

 風の教団教主にして勇者、トルドレイド=シバ。風の神クェーサーの転生者でもある。


「かくれんぼは終わり、そう受けとっていいんだな?」


 ヤツが僕たちの前から身を隠したのは、風のマザーモンスター、ベルゼ・ブルズの司令塔がヤツ自身だからだ。

 魔蠅どもも、それを生み出した張本人であるシバさえ押さえれば止まるはず。

 それを見越したからこそシバ当人も、僕らに捕まらぬよう姿をくらました。

 なのに今、僕の前に出てきたのは……?


「我がベルゼ・ブルズが、四半日とかからず半壊させられようとはな……」


 シバは空を見上げたながら言った。

 その口調にはどこか投げやりな感じすら窺えた。


「だがベルゼ・ブルズも風間忍も、充分に役目を果たしてくれた。外にいる護衛隊どもも、お前のもっとも近くにいた勇者たちをも足止めし、お前から引き離してくれた。これでお前と、正真正銘の一騎打ちができる」

「お前……まだ戦うつもりか……?」

「当り前だろう。さっきの小手先の戦いだけで我が千六百年の修練すべてが出尽したなどと思うなよ。俺はまだすべてを見せてはいない。神と人の力すべてを」


 一対の双銃をかまえるシバ。


「この肉体が崩壊するほどに風の神クェーサーとしての神力を放出しつつ、この体が修得した技のすべてを叩きつけてやる。神の力と人の技、その全力以上が混じりあった時何が生まれるか俺自身にも予測不可能! それをぶつけるに闇の神エントロピー、お前ほど相応しい相手はいない!」

「だからマザーモンスターまで使って、僕と他の人たちを引き離したのか? 僕と純粋に一対一でやるために」

「さあな、ただこれからの神の領域の戦い。人間などに見せるのは勿体なかろうよ」


 その言葉はどこまで本気なのだろうか?

 たしかにこれから神の底力まで振り絞った戦いをするのなら、とても人には見せられない。

 僕らの正体もバレてしまうし、人の社会に与える影響も甚大なものになるだろう。

 それに……。

 もし神クラスの戦いに人が近付けば、巻き添えを食らってひとたまりもない。

 もしかしたらシバは……。


「さあ! お前もそんな人間の体を脱ぎ捨てかかって来い! 風の神クェーサーのすべてを懸けた挑戦! 神の頂点として受けてもらうぞ!!」


 奮い立つシバに対して……。



「嫌だ」



 僕はキッパリと即答した。


「何ぃ……!?」

「僕はお前と戦いたくない。人々に取りついたハエどもを解除してもらえばそれでいいんだ」

「フン……、お前はそう言うと思っていた。だから先んじてベルゼ・ブルズを外の人間に取りつかせたのだ。ソイツらを救いたくば戦って俺を倒せとな……!」

「シバ……!」

「そういう仕組みを作ってある。俺のこの人間の体を粉砕すれば、自動的にベルゼ・ブルズは滅び、取りつかれた者たちも助かる。……お前たちの当初の目的はマザーモンスター討伐だったな? よかったではないか、すべての目的が重なったぞ!」


 そこまで計算して風のマザーモンスターを暴れさせたというのか?

 すべては僕と本気で戦うために。


「それでも嫌だ。僕はお前と戦えない」

「この期に及んでまだウジウジと……!」

「何故ならお前は、もう既に僕に勝っているからだ」

「何……!?」


 アイツは既に、僕に勝っている。

 その一言がヤツの虚を突いた。


「その証拠が、この街だ」


 僕たちが今立っている屋上から、風都ルドラステイツの街並みが一望できた。

 さっきまで上空にいた僕は、その時にはもっと大きく見渡せた。

 巨大な建築物。それが理路整然と区画整理され、秩序だって並ぶ。そこに住む人たちは、さすがに騒ぎに動揺して建物から出てきていたが、それでもパニックを起こして慌てふためくということはない。

 街の支配者である風の教団に、全幅の信頼を寄せている証拠だった。


「この街、お前が作ったんだよな? 神としてこの街を生み、教主としてこの街を育てた。それは千六百年眠り続けてきた僕にはできなかったことだ」

「……お前は芯からの人間好きだものな。人間を愛し、人間を導こうとしたお前は、しかし封印されてそれができなかった。……このルドラステイツは、まさにお前がしたかったことそのもの!」


 わかってるじゃないか。


「お前がやりたくてもできなかったことを、俺にはできた。だから俺の勝ちとでも言うつもりか!? ……だから何だというのだ!?」


 シバは嘲るかのような表情で言った。


「俺は、貴様を倒すためにこの街を作ったのだ。純粋な神の理力では到底貴様には敵わない。その屈辱に耐え忍びながら、俺は貴様を倒すための新たな力を模索した。この街は俺の実験場なのだ。何百年にも渡って俺は、ここでお前を倒す力を磨いていた。しかし届かなかった」

「お前がこの街で得たものは、それだけじゃないはずだ!」


 僕は言った。

 風の教団が過ごしてきた数百年。その間にどれだけの人が生まれ、死んでいったのか?

 風の神クェーサーは、その人たちとずっと共に生きてきたはずなのだ。


「シバよ。お前が人間に転生したのは、この一回きりじゃないんだろ?」

「…………死ねばすぐまた、この街の赤子に転生し、ほとんど間断なく風の教団の中で過ごしてきた。何度生まれ変わったなど、正確には覚えていないな」

「それは……、道理で他の神にとっては所在が掴めないはずだ」

「それがどうした!? 何度言わせればわかる!? ここは俺にとって、貴様を倒す力を得るための実験場に過ぎぬのだ! ここに住む人間も皆、俺が強くなるための研究助手であり、実験動物のようなものだ。貴様お得意の、頭に花が咲くような楽観論はやめろ!」

「空の上からこの街を見た。碁盤のように几帳面な街並びで、少々息苦しいところがいかにもお前らしいが、だが街の中には病院があり、学校があり、公園や人が遊ぶための施設もあった」


 風の教主シバよ。――風の神クェーサーよ。


「お前が本当に、この街の人々を実験動物か何かと思っているなら、あんな建物は建ちようがない。僕にはわかる、お前は人間を…………!」

「兄上様!!」


 僕がさらに続けようとした言葉を、誰かが遮った。

 振り向くと、屋上へと上がる階段から姿を現す。……多分初めて会う女の人。

 それにカレンさんも続いて上る。


「ハイネさん!!」

「カレンさんッ!? 一体どうしてここに!?」


 駆け寄ってくるカレンさん。

 一方、恐らく初見の女の人は、シバの方へ駆けていく。


「ハイネさん! 教主様たちはルドラステイツを脱出して、各自の護衛隊さんたちとの合流に向かっています。ミラクちゃん、シルティスちゃん、ササエちゃんも教主様の護衛として一緒に……!」


 アナタはいいんですかカレンさん?


「ヨリシロ様も、光の教主としてドラハさんと一緒に、外で待機している極光騎士団護衛中隊の下へ向かわれました。本当はヨリシロ様もこちらへ来たがっていましたけれど、仲間を放置するわけにはいかないからって……」


 一応、教主としての節度が働いているようでよかった……!


「それで……、ヨリシロ様からハイネさんに伝言です」

「はい?」

「風の教主シバ様の心を開くカギが、あの人だって……!」


 カレンさんの視線を追って見ると、そこには例の、突如として現れた謎の女性。

 心なしか、シバと外見が似ているような。


「教主シバさんの妹、ヒュエさんです」

「いもうと!?」


 そりゃあ、神の転生者といえど木の股から生まれるわけでもなく、父親も母親もいるのだから、当然兄弟だっている場合はあるだろう。

 転生者の兄弟といっても、それは正真正銘ちゃんとした人間だ。

 人間としての魂を持ち、魂魄の面から言えば神とはまったく繋がりはない。

 しかし人間は魂だけで他者と繋がることはない。

 肉体における――、血の繋がりも、立派な心の繋がりになりえるのだ。


「……ハイネさん、聞いてほしいことがあります」

「え?」

「これは今さっきヒュエさんから聞いたことですが……。風都ルドラステイツがどのように成り立って、今日まで続いてきたか、それもハイネさんに伝えてほしいと、ヨリシロ様から言われているんです。とても重要なことだからって」


 風都ルドラステイツの生まれ、発展。

 それは風の神クェーサーの、千六百年の履歴そのものでもあった。

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