15 最下層からの雄弁
会議室に集っている人たちからは、僕の姿はどう映っているだろう?
光の教団の中では、僕は昨日今日入団したばかりのド新人。しかも入団試験で弾かれた厨房の下働きだ。
そんなペーペーが騎士団長に噛みついている。冷静に見直されたら無礼討ちされても文句は言えない状況だった。
それでも、走り出したからには完走するしかないよなあ。
「私が! この騎士団長たる私が! 騎士団長ゼーベルフォン=ドッベが光の女神様への信仰を失わせているだと!? 無根拠な言いがかりはやめてほしいものだな!?」
「今日のモンスター討伐、本当に大変でしたよ。アナタは何で来なかったんです?」
「うっ」
「モンスターから人々を守るのが騎士団の一番の仕事ですよね? それに駆けつけず、アナタは何をしてたんですか?」
痛いところを突かれたのだろう、騎士団長の気勢がしおしおと萎んでいくのがわかる。
「カレンさんに聞きましたが、騎士団はモンスター発生の報を受けてから集合に一時間、準備に一時間、移動に三時間もかけるそうですね? 一分一秒を争う緊急事態に時間を無駄にしまくって、結局すべてが終わる頃にも現地に到着すらできなかった。それでよく現場に一番乗りしたカレンさんを責められますね」
「……こっ、これだから素人の見識は浅はかだというのだ」
騎士団長、余裕を取り繕う。
「いいか、我々はただ現地に到着すればいいわけではない。到着後モンスターと戦い、被害を最小限に抑えながら勝利しなければならないのだ。そのためには入念な準備が必要であり、そのために時間がかかることは当然なのだ。団体になればその分移動にも時間がかかるしな。それを無視し、ただ早いか遅いかだけを論ずるのは……」
「その結果、すべてに間に合わなかった」
一言が、騎士団長の主張を粉砕する。
「必要な時に、必要なものを揃えるのは大切なことです。アナタは、必要なものを揃えるタイミングというものあまりに無視して、結果何の役にも立たなかった。騎士団長という役職にありながら」
「ぎぎぎ……!」
「対してカレンさんは緊急時に即断即行し、小型飛空機っていう機械まで持ち出して誰より早く現場に急行した。結果、逃げ遅れたお婆さんと幼女の救出に成功した。それだけの成果を上げたカレンさんが、何故何もしなかったアナタに責められなければいけない?」
「ぎーーーーーーーーーーーーッ!!」
騎士団長の歯の隙間から、人間が出すとは思えない音が漏れ出る。
その手が剣の柄を握った。
会議室に居並ぶ面々が騒めいた。
おっ、暴れるか? と思ったその時……。
「騎士団の鈍重さは、以前から指摘されていたことです」
と会議に居並ぶ人の一人、しかも女性が声を上げた。
それに反応して、騎士団長から噴き出ていた殺気が一瞬のうちに収まる。
「きょ、教主様……!?」
「新聞に書かれた記事も、内容をよく見ればカレンさんが真っ先に駆けつけたことにも言及されていますし、最終的には光と火の両勇者が連携してモンスターを駆除したとあります。……クロミヤ=ハイネさん」
「はい?」
知らない女性からフルネームを呼ばれて困惑する。
全身をゆったりした法衣で覆っているために何となく年齢不詳で、謎めいた女性だった。顔までベールで隠されてわからないが、ただ物腰や口調だけで絶世の美女だということがわかる。
「この見解はアナタが主張したことですね? これを新聞記者が取り上げてくれたおかげで我ら光の教団は面目を保つことができました」
「まあ、たしかにカレンさんのところに記者が来た時繰り返し言ったような……」
「アナタのことは聞いております。カレンさんが騎士団の即応能力を高めるために直々にスカウトしたとか。早速実績が上がっているようで嬉しく思います。ご実家は猟師を営んでおられるとか、それが今回の森林での活動に上手く結びついたのでしょうね。……ディンロン=グレーツ中隊長」
「は、はいッ!!」
名前を呼ばれて禿頭の中隊長が立ち上がった。
いたのかあの人。
「これだけの働きをしてくれる人が無役では困りましょう。わたくしの権限でハイネさんの騎士団入りを認めます。新人査定を担当するアナタは、組織の枠組みに囚われず自由に動くことのできる役柄を彼のために見繕ってあげてください」
「はッ!? ……ははァ!」
わけがわからない。
騎士団長が謎の女性に食って掛かる。
「お待ちください教主様! そんなこと私は何も聞いておりませんぞ! 騎士団の人事に関わることなら、騎士団長たる私に一言あるべきでは……!?」
「ドッベ騎士団長、アナタには今回の出動遅延の責を取り、同じ失敗を繰り返さぬための改革案を起草してもらいます」
「ひぐッ!?」
女性の断固たる物言いに、騎士団長は物怖じる。
「火の教団本部がある火都ムスッペルハイムは、このアポロンシティから比較的近く、それゆえに両教団は何かにつけて比べられがちです。これ以上火の教団に出し抜かれることがあれば、ドッベさん。……わかっていますね?」
「は、は、は、はい…………!」
「勇者カレンさんのエーテリアル機器使用は、一時不問としておきます。それを使わず緊急時早急に現場へ到達できる改革案をドッベ騎士団長が示せた時、改めて話し合うことにしましょう。皆さん、ご質問は?」
彼女の左右にいる偉そうな人たち十数名、誰一人として何も言わなかった。
というか会議中一度も喋ってないな、この人たち。
「では、本日話し合うことはもうありませんね。カレンさん、ハイネさん、お勤めご苦労様でした。本日はもう下がって、ゆっくりお休みなさい」
「は、はい……!」「はいー?」
女性は立ち上がると、何か侍女の二人も従えながらしずしずと会議室を出て行った。
しかもそれが物言わず会議終了の合図となり、他の偉そうな人たちもがやがやと席を発っていく。
一人、騎士団長ドッベだけが真っ赤な顔で立ち上がり、座っていた椅子を思い切り蹴って、ドガンガシャンと派手な音を立てる。
そしてそのまま肩を怒らせて会議室から走り出ていった。
あとで知ったことだが、あの威厳ある女性は教主ヨリシロ。
光の教団を総べる一番偉い人だった。




