158 シヴァの子たち
旋風遊撃団。
光の教団の極光騎士団、火の教団の業炎闘士団などに相当する風の教団の武力。
その名前だけは他教団にも伝わってくるが、詳細となると教団そのものと同じように秘密に包まれている。
今日、唯一の特例でこのルイドラステイツに足を踏み入れてからも、教主シバ以外の人影をほとんど見なかった。
恐らく都市全体にお触れでも出して、私たちの目に映らないよう隠されているのだろう。
「……あれ、そう言えば、私たちを案内していた人たちは……?」
教主の他に、案内役だか世話役だか監視役だかの役割を帯びた人も数人ついて来ていたはずだが……。
いつの間にかいなくなっていた。
一方、シルティスちゃんはいまだにお菓子袋をいくつも投げ放ち、その都度どこかにいる狙撃手に撃ち抜かせている。
「何するだすかシルティス姉ちゃん! これ以上オラのおやつを犠牲にしないでくれだす~~!!」
「うっさいわね! 生きて帰れたら倍にして買い直してやるわよ! ……でも、クッソ、射角から狙撃ポイントを割り出したかったんだけど全然わからないわ!」
撃ち出しているのは空気の弾丸で、色も形もないからなあ……。
それよりも……。
「今は脱出する方を優先しよう。……ミラクちゃん」
「何だカレン!?」
炎の壁で私たちを守り続けるミラクちゃん。
私から名前を呼ばれて何だか凄く嬉しそう。
「炎の壁を張ったまま移動できる? できればこの状態のまま狙撃を防げる物陰まで行きたいんだけど?」
「お安い御用だ! お前の指示なら、このまま地平線の果てまで行けようぞ!!」
ちょっと張り切り方がオーバー過ぎるんじゃ……。
まあ、やる気がないよりマシだから、このままミラクちゃんに守ってもらいながら、ゆっくりでも移動……。
「……そう上手くはいかなそうよ」
「周りがヤバくなってるだす!」
シルティスちゃんとササエちゃんが何かに気付いたようだ。
「何? 何があったの?」
二人に促されて、周りに目を向けると。
既に取り囲まれていた。
何十人もの、いかにも屈強そうな人たちに。まったく同じ服装で、だからこそ統制のとれたチームだと一目でわかる。
鎧のような金属的な武装はないが、頭のてっぺんからつま先まで、隙間なく布地で覆った隠密兵のような服装。
恐らくこれが旋風遊撃団。
気配を押し殺していた獣が、牙を剥きながら現れた。
「まずいわね……。完全に囲まれたわよ。さっきまでの狙撃は、この包囲を完成させるまでの時間稼ぎだったのね」
「あの人数。オレたちを足止めするどころか、このまま押し殺してしまおうという気なんじゃないか? 風の教団はいよいよ気が触れたとしか思えんな」
こちらは教主、勇者が四人ずつに、ドラハさんを加えて計九人。
そのうちほとんどが屈強と言っていいほどの戦闘経験者。
「……ミラクちゃん。合図で炎の壁を消して」
「よし来た。先陣はオレに務めさせてもらおう。何しろ相性がいいからな」
「こう取り囲まれちゃ乱戦必至で先陣もクソもないでしょ? それでもササエッちは気をつけて戦うのよ。風は地の天敵だからね」
「心得ただす! 『御柱様』戦の後、祖母ちゃんに鍛え直されたせいかを見せる時だす! このルドラステイツに耳塚を築き上げるだすよ!」
もしかして最近ササエちゃんの闇が深いのって、そのお婆さんの指導のせい?
「シルティスちゃんも言ったけど、この状況なら乱戦は不可避。なら同士討ちを恐れて狙撃もなくなるはず。敵を倒すことに執着せず、当初の目的通り、戦いながら風都脱出を目指しましょう。……ドラハさん」
「はい」
一人特異な、黒肌の少女ドラハさん。
「教主様たちの直接護衛をお願いします。私たちは突破口を開きますので」
「心得た」
ハイネさんが上空で必死に戦ってくれているのに、私たちがここでグズグズするわけにはいかない。
「行くよ!」「おう!」「えいさ!」「だすよ!」
ミラクちゃんが炎の壁を解いた。
それを合図に一気に攻勢へ。いかに旋風遊撃団が風の教団の武力といっても、一般兵が勇者に勝てる道理はない。
悪いけどこのまま蹴散らさせてもらうよ!
「ぐああッ!?」
その瞬間だった。
今の声はミラクちゃん!?
「大丈夫ミラクッち!?」
「ああ、火の神気で防いだ……! しかしまだ狙撃だと!? 味方に当たるのを恐れんのか!?」
狙撃がやまない?
乱戦に合わせて戦法を切り替えるという予測が外れた。
しかし包囲してきた遊撃団の皆さんは当然のように飛びかかってきて、予測通り乱戦が始まる。
これも予測通りだが、遊撃団員の皆さんは風の神気を使いながらも、それほど強くない。私たちから見れば厄介ではない相手だが……。
「ひゃあッ!? 危ないだす!?」
ササエちゃんの足元を空気弾が掠めていった。動き回っていたので運よくタイミングがずれた、という感じだ。
やはり狙撃は終わらない。こんな乱戦の中でも、味方を避けながら標的に命中させる自信があるの!?
しかも実際飛んでくる弾丸は、恐ろしいほど的確で、これまでほとんど誤射がない。
「漢たるもの熱血たれ!?」
「師匠!? ご無事ですか!?」
「漢たるもの熱血たれ」
「よかった! 運よく大胸筋に当たって防がれたか!?」
唯一当たっても平気なのは、火の勇者ミラクちゃんと同じく火の教主様のお二人。
風属性への相性的優位を持つ二人は、表面に薄く火の神気をまとうだけで空気弾を無効化できる。
でも他の人たちはそうはいかない。
逆に風属性に弱いササエちゃんや地の教主様は、当たり所によっては即死もありえる。
……と思ったら、地の教主のお婆様。
「……ふんが」
手に持つ杖で、飛んでくる空気弾を叩き落とした!?
「たしかに正確な狙いだ。しかしその分、弾筋が素直すぎるねえ」
「…………」
この人の凄さは神気とは関係のないところだ。
「シルティスちゃん!!」
水絹モーセを振り乱す彼女と背中を合わせる。
「これ長引けば長引くほど不利だよ!! 一気に片付けないと!」
「オッケー、状況把握は充分ね!? ここからガンガン行くわよ!!」
私とシルティスちゃんは、声を合わせた。
「「『ミラージュ』!!」」




