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151 神を倒す力

 押されている。

 風の神クェーサーの魂を持つシバから、圧倒的に。


「どうした? 貴様からは攻めてこないのか? ならば、こちらの攻勢を続けさせてもらうとしよう」


 容赦なくシバが襲い掛かる。


「風の双銃術、一分の式『佳滑』」

「があッ!!」

「風の双銃術、一分の式『乱拍子』」

「ぐぅッ!!」

「ほらほら離れたらこうなるぞ。風の双銃術、多分の式『崩』」

「ごぁあッ!?」


 ダメだ。

 反撃の糸口どころか防御さえままならない。

 人の体を得たあの神は、経験と工夫に裏打ちされた戦いをする。

 体を使う技術。武器を使う技術。神気を使う技術。そしてそれらを統合し、混然一体とする技術。

 すべてが一朝一夕で作り上げられたのではない。僕が封印の惰眠を貪っていたのと同じだけの時間を掛けて研鑽されたものだ。


「お前……! これだけの技を組み上げるために……! 他の神との関わりを一切断って……!?」

「あの腐り者どもとの接触は、時間を無駄にするだけでなく、精神を濁らせる。貴様に迫るためには何千年あろうと足りぬというのに、クソのために割く時間などない」


 長らく謎とされてきた風の神。

 その謎のヴェールの中に、こんな凄まじきものが内包されていたとは。


「……どうだエントロピー? たしかに貴様の操る暗黒物質は最強だ。しかし今の貴様は人。暗黒物質を操るだけのただの人に過ぎん。それならば神力、神具、そして自分自身の身体。己に与えられたものを熟知し、的確に運用できる者の方が勝つ!!」


 反論しようにも、痛みと痺れで口が動かない。


「神であろうと力及ばぬ俺は、それ以外の力まで掻き集めることでしか貴様には迫れん。無様だと笑いたければ笑え。しかしそれでも、神と在るからには貴様を破り、神の頂点を極めて見せる!」

「笑うものか……!」


 やっと唇が滑らかになってきた。


「素晴らしいじゃないか風の神クェーサー。たしかにお前は僕などより遥かに人間に深く関わり、理解している。僕がただ眠るだけだった千六百年を、研鑽と工夫で押し固め、結晶としたことがよくわかる」

「何を……!?」

「五人目にしてやっと僕は、人にとってもっともよい神に出会えた気がする。……しかし残念だ。だからこそ残念だ」

「世迷言を……! 何が残念だというのだ!?」


 シバは風双銃を構える。僕に少しでも不審な動きがあれば、すぐさま、あの一定空間をゼロ距離破砕する『崩』とかいう必殺技で、僕を吹き飛ばすつもりなのだろう。


「お前に負けてやることができないのが残念だと言っている。お前がそこまで必死に積み上げてきたものを、『勝利』という形で祝福してやることはできない。それはお前にとって最大の侮辱になるだろうから」


 何よりも重要なことは……。


「お前では、僕を倒すことはできない。僕が負けるとすれば、わざと負けてやる以外に可能性はない。……お前の言う通りなんだよ。僕は絶対神なんだ。その程度で僕とお前の差を埋めるには、まったくもって足りない」

「減らず口を……! ならばその身に刻め! 風の双銃術……、……ッッ!?」


 ヤツも気づいただろう。

 僕の足元から、暗黒物質の一塊が溢れ出るように生み出されていくのが。

 足元だけではない。両手の平。体中の表面から暗黒物質は生成され、僕の全身を覆う。


「おのれ面妖なマネを……! 無駄な足掻きだ! 風の双銃術、多分の式『崩』!!」


 シバの技が炸裂し、周囲の空気が弾け飛ぶ頃には、暗黒物質は完全に僕を追い尽くしていた。

 だから効かない。

 ヤツの技は、敵対象が空気と接しているからこそ、何処にいようとゼロ距離ゼロカウントで攻撃可能な恐ろしい技なのだ。

 しかし今の僕は体そのものを隙間なく暗黒物質で覆われ、空気と接していない。

 そして暗黒物質は、あらゆる神力を無にする最強の防護膜だ。

 その暗黒物質を、我が全身を覆い尽くしてもなお大量に生産する。


「おのれ引きこもりおったか!? ……ッ!? なッ!?」


 ヤツも気づいただろう。

 僕自身を覆い尽くしてなお増え続ける暗黒物質は、ドンドン溢れ出し、地面を覆い、僕を中心として全方位へ向けて広がっていく。

 その拡大する暗黒物質の領土が、ついにシバの足元まで達した。

 踏む床が真っ黒に塗り潰され、その黒が足を伝って上がっていく。


「暗黒物質がッ!? 俺をも飲み込む気か!?」


 もがき逃れようとしても遅い。

 暗黒物質は、シバの足から這い上がって腹、胸、頭と全身を埋め尽くし、飲み込んでしまった。

 それでもまだ暗黒物質は増殖をやめない。

 きっと観戦席から見守るカレンさんやヨリシロたちからは、真っ黒な何かがこんもりと盛り上がる、異様な光景が見えていることだろう。


 闇そのものと言っていい暗黒物質に押し固められた中では、当然視覚は利かない。聴覚も触覚も。神気は消されてしまうから、それらによる探知もできない。

 ただ辛うじて、暗黒物質の発する重力波形によって、闇の中にいるものを特定できる。


『ようこそ闇の領域へ』


 再び魂の波動で語りかける。

 ここには空気もないのだから、空気の振動による音も伝わりようがない。


『お前は闇の中に囚われた。一寸の光も差さぬ暗黒物質の領域へ。もうお前は何もできない』

『これで勝ったつもりかエントロピー!? 風の双銃術……!』


 無駄だよ。

 お前の技は、お前の力そのものと言える空気と接しなければ発動しない。

 暗黒物質に飲み込まれ、空気をすべて遮断された今、お前は両手両足をもがれたようなもの。

 得意の体術ですら、この闇の中では無意味だ。

 暗黒物質はお前の体を覆い尽くすだけでなく、その内部まで染み込み、肺も胃も、たっぷりと闇で満たす。

 闇に侵入できない場所はないし、闇に飲み込めないものもない。


『ぐおぉぉぉぉぉッ!? がああああああああぁぁぁぁぁぁッ!?』


 やはり残念だよ。お前が長い時を懸けて鍛え上げてきた結晶を、こうも容易く砕かなければいけないとは。

 しかしそれでも、超えられないものは超えられないと証明しなければならないようだ。

 二極と四元素の、神を二つに分ける線の克明さを。


「ダークマター・セット!」


 瞬間、闇が弾け散った。

 シバの内外を満たした暗黒物質の微粒子が、みずからの消滅と同時に局所的な重力振動を引き起こす。いわば重力爆破。

 ミクロ単位の暗黒物質が一粒一粒一斉に、シバの表面どころか内部にまで密着した状態で飛散する。


「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」


 その重力乱流にもみくちゃにされ、シバはあえなく弾け飛んだ。

 ボロボロとなって。

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