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148 観覧席で

 風の教団本拠、風の大工房。

 その戦闘訓練区画で繰り広げられる一騎打ちを、わたくしたちは固唾を飲んで見守っていました。


 わたくし――、光の教主ヨリシロと、世界各地から集まった勇者や教主の一団が。

 でも……。


「なんだ? 二人ともいきなり動かなくなったぞ?」


 初期の激しい撃ち合いが突然に止まり、闘技場にて対峙するハイネさん、そして風の教主トルドレイド=シバは微動だにせぬ睨み合いを始めました。

 不気味なほどに、静かです。


「どうしたんだろう? 二人とも、さっきまであんなに激しく打ち合っていたのに……?」


 わたくしの勇者カレンさんも、不可解な展開を怪しんでいます。


「あっ、もしかしてアレじゃないの!? 昔のお話でよくある『この戦い、先に動いた方が負ける』みたいな……! 互いに手の内が読めた達人同士の戦いは、迂闊に動くだけで命取りになっちゃうのよ!」

「何だすそれカッケーだす! オラもそんなハイレヴェルな決闘してみたいだす!」

「あらササエッち。じゃアタシとやってみる? 先に動いたら負けよ、あっぷっぷ~?」

「ぎゃははははは! ってシルティス姉ちゃんソレただのにらめっこだす! 先に動くの趣旨が違うだすよ!!」


 ゴツン! ゴツン!


「静かに見ない」

「「ごめんなさい」だす」


 外野が煩かったので、地の教主様がゲンコツしてくださって助かります。


「漢たるもの熱血たれ」


 ……しかし、わたくしには、二人がなぜ急に動かなくなったのか、本当の理由が理解できていました。

 わたくしとて、その内に宿す魂は光の女神インフレーションのもの。

 同じ神の転生者として、二人が魂の波動によって交わす会話を、わたくしも傍聴することができていました。


 まさか、あのシバその人が風の神クェーサーの転生者だったとは……。


 あまりに直截すぎて逆に虚を突かれました。

 今ハイネさんは、人に聞けぬ声でシバとの対話を試み、彼の腹積もりを探り出そうとしています。

 却って混乱させてはいけませんので、わたくしは見守るのみです。


「しかし……、吾輩は初めて見ましたが、あれがハイネ君の使う闇の力ですか?」


 千日手と見えなくもないこの状況に、水の教主が緊張を紛らわせようとするかのように喋りだします。


「話には聞いておりましたが、実際に見るとなるほどわかりますな。地水火風光、どの属性とも似ても似つきません」

「そうでしょうパパ? その上メチャクチャ強力なのよ。風の教主の猛攻が、一振りで全消しされたし」


 と同じく水の勇者が追随します。

 この会話を聞いていると、水の教主が実娘を溺愛しているという噂は本当のようですね。


「六つ目の属性である、闇か。いつ見ても不可解な力だ。あの力に何度も助けられたというのにな」

「漢たるもの熱血たれ」

「『御柱様』にとどめ刺したんも、あの子の力だったんよ。実質あの子一人で倒したようなもんだがね」


 地の教主がしみじみと言います。歴代最強と目される地の勇者としての経歴は、このお婆様の言葉に重みを持たせます。


「つい最近までオラさの前に教主やってた男が、マントル様から神託を受け取った。曰く『闇の神エントロピーの化身を倒せ』だとよ。直後に起った『御柱様』の騒動のせいで、偽の神託ってことで片付けられたが、オラさにゃどうも引っ掛かってね」

「闇の神ですか。創世神様にも六人目がいらっしゃると?」


 教主たちの間に名状しがたい不穏な空気が流れます。


「あまり歓迎はできませんな。今この世界は、五つの教団によってバランスが取れています。それに新たな要素を捻じ込むとなれば、そのバランスが崩壊しかねません」

「漢たるもの熱血たれ」

「いかなるものであれ、既に完成したものに新しいものを付け加えるということは大変難しいのです。もし本当に闇の神なるお方が存在するのならば……」


「存在します」


 堪らず声を出してしまいました。

 皆の視線が、わたくしに集まりますので、途中でやめるわけにはいかなくなりました。


「闇の神エントロピーは、存在します」

「随分ハッキリ言うさね。光の女神様はアンタさに何を教えたんだい?」

「世界の秘密を」


 まさか「わたくし自身が光の女神です」などと言えるわけがありません。なので色々方便を駆使します。


「今はまだすべてを語る時ではありません。ですがハッキリ言えることが一つ。この世界は変わろうとしています。変わる世界に、これまでと同じ秩序を、これからも使い続けることはできない」

「マザーモンスターかい」


 地の教主は言います。


「たしかに、少なくともウチはもう変わるしかないからねえ。これまで頼りきりだった『御柱様』はなくなり、自立しなきゃなんねえ。ウチでとれた野菜とか肉をさ、エーテリアルの道具とか交換したいとかさ。今日の会合じゃそういうことも話し合いたかったんよ」

「よろしいですわね。イシュタルブレストの生産量の高さは聞き及んでいます。交易が確立されれば、わたくしも毎年の雨量に一喜一憂することが減りますわ」

「その際は是非とも、我ら水の教団の海上運輸をご利用のほど」

「漢たるもの熱血たれ」


 エントロピーのことに関しては、上手く有耶無耶にできました。

 教主の方々は、自教団の利益を決して忘れないながらも、それを損なわない範囲で歩み寄りを模索しています。

 世界は、わたくしが思っている以上のスピードで変わっているのかもしれません。

 人々が争った時代。人とモンスターが争う時代。

 それらを超えた先には、何があるのでしょう。

 ただそこへたどり着くには、越えなければいけない障害がいくつもあります。


 いまだ向背定まらぬ風の神と教団は、もっとも直近にある問題。

 それを乗り越えられるか否かは、アナタにかかっています。

 ハイネさん。


 どうか風の神クェーサーの心を解きほぐすか、さもなくばボコボコにブチ殺してください。

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