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147 王にして英雄にして

 風の神クェーサー。


 目の前にいるシバはたしかにそう名乗った。何の変哲もない人間の姿をしながら、その口から神の名を。

 普通ならば信じられないところだが、しかしただの人間が闇の神としての僕の名や、暗黒物質のことを知っているわけがない。

 ではつまり、あの男は創世六神にして四元素の神の一人。

 風の神クェーサー。

 そして神が人の姿を取っているということは……。


『お前も人間に転生していたのかクェーサー?』

『なんだ? わざわざ魂の波動で通信するのか? まぁいい、合せてやろう』


 僕たち二人が対峙する場所と、カレンさんを始めとする観戦者の位置は離れているが、念のためだ。

 先ほどのクェーサーの名乗りも、小声だったから聞き取られていないと思うが……。


『そういえば、先ほどの通信も聞こえていたぞ。話し相手は光の教主だったな。とすればヤツこそ光の女神インフレーションの転生者か。二極が手を取り合うとは、四元素にとっては戦々恐々だな』


 あの魂の通信は、どこかで僕たちを窺っているかもしれないクェーサーを釣り出すことも目的としていたが、こんなに近くに潜んでいたとはな。

 同じ車に乗り込んでいながら、ジッと息をひそめていたのか。


『あの通信で貴様たちの正体はわかったが、俺は用心深くてな。より深い確信を得るために、この戦い仕掛けさせてもらった。そして予想通り、貴様は暗黒物質を使ってきた。これで確定だ。貴様は闇の神エントロピーだ』

『いかにもそうだが』


 ここでしらばっくれても仕方がない。

 僕は、僕の中にある魂の名を明かした。


『フン、ついに蘇ってきたか。千六百年の眠りから目覚めて気分はどうだ? 俺は実に昂揚するぞ! ずっと待ち続けてきたこの瞬間だからな!』

『何を興奮しているのか知らんが、僕はあまりいい気分ではないな。僕が眠っている間に、お前たち四元素がしてきたことを知れば知るほどに』


 火の神ノヴァ。水の神コアセルベート。地母神マントル。風の神クェーサー。


 四元素の括りでまとめられる四人の神は、本来その上位にある二極神の創世業を手伝うことが勤めの神だった。

 しかし世界の始まりに起きた神々の戦いによって最上位であるはずの闇の神が敗れて封印され、ヤツらは増長した。

 自分こそが世界の支配者だと勘違いし、思うが儘に振る舞った。


 闇の神エントロピーたる僕は復活し、自分が封印されていた間に、ヤツらが犯してきた罪を確認してきた。

 そして僕は結論したのだ。ヤツら四元素を、金輪際この世界に関わらせてはならないと。


 僕は人間に転生してから、かつて仲間だった四元素の神々と再会しては、その都度叩き潰してきた。

 最初はそんなつもりなどなかったにも拘らず、三回連続でだ。

 そしてついに現れた最後の四元素。

 コイツもまた、他の同胞と末路を同じくするのか?


『……でも、お前は他の連中とは少し違うなクェーサー。人間に転生した四元素は何気にお前が初めてだ』


 コアセルベートの時みたいに人間に擬態したモンスターの可能性もまだあるが。


『……ノヴァ、コアセルベート、マントルの三人か。アイツらはバカだ』


 と同胞たちを一言の元に吐き捨てるクェーサー。……イヤ、シバと言った方がいいのか?


『創世の戦いにおいて、俺たちは貴様を倒した。闇の神エントロピー。神の王、絶対神というべき貴様をな。だがそれはあくまで相性のいい光の女神を味方に付けたこと。そして何より、貴様自身が勝ちを譲ったこと。それこそが世界の始まりに起きた大番狂わせの原因だ』

『……何のことやら』

『とぼけるな。貴様が身を引いたせいで、ノヴァとコアセルベートは見事に図に乗った。自分こそが世界の頂点であると勘違いし、自分の愚かさを隠そうともしなくなった。まるで放し飼いのイヌのようだった』

『随分遠慮のない言い方だな。一応、同じ四元素の仲間だろう』

『エントロピーよ。最初に言っておく。それは俺にとって最大の侮辱だ。今後二度とあのようなクソどもと俺を同類扱いするな』


 その口調からは、心の底からのノヴァやコアセルベートに対する侮蔑の感情が表れていた。

 肉体を通さぬ魂の波動によって行われる通信だから、なおさら本心は隠しにくい。


『じゃあ聞こう。風の神クェーサー。お前は他のヤツらとどう違うんだ?』


 僕は尋ねる。

 新たな事実の判明によって、戦いはまったく別の様相を帯びた。

 風の教主にして、風の勇者にして、風の神。

 まったく欲張りなヤツだ。すべての役柄を独り占めにして。ここまでフル装備なヤツに出会ったのはさすがに初めてだよ。

 しかし人間に転生した、ということは、そうまでして何かをしようとしている、ということだ。


『聞かせてくれないか。お前が人間に転生した理由を。まして自分を崇拝する風の教団のトップにまでなった理由を。まさか何もないというわけはないだろう?』

『貴様には、それより先に聞きたいことがあるのではないか? 知りたいのだろうマザーモンスターの居場所を? インフレーションともそう話していたな?』

『その通りだ。だがそれを聞き出すためにも、お前が一体どこを向いているのか前もって知っておく必要がある。クェーサー、お前は人間の味方なのか? 敵なのか?』


 クックックック……、と。

 抑え込んでも抑えきれないというような滲み出る笑い声が、魂の波動に乗って聞こえてくる。

 クェーサーの声だ。


『所詮貴様はその程度だエントロピー。その程度しか俺のことを理解していない。当然のことだ。お前のごとき絶対神にとっては、俺など取るに足らぬ下級神。眼中にないということだろう』

『何故いきなり自虐……?』

『ならば教えてやる。俺は誰の味方でもない。人間にとっても神にとっても。創世の戦いや、この世界に初めてできた人間どもの都市を滅ぼしたのも。単に面倒だから他の連中と歩調を合わせてやっただけのことだ。俺にとっては神も人も、取るに足らぬ存在なのさ』


 言うに事欠いて、何を言い出すかと思えば……。

 その絶対孤立主義こそが、お前が誰の記憶にも残らない原因なんじゃないのか?

 誰とも関わろうとせず、誰とも交流をもたない。

 だからこそ空気のような存在感で、僕もヨリシロもいまいち印象を覚えられなかったんだ。


『だが俺にとって、たった一人だけ、絶対に倒さなければと心に決めた敵がいる』

『へえ』

『貴様だ』


 えっ?


『貴様だ闇の神エントロピー。俺は貴様を倒すために人間へと転生した。貴様が眠りについてからの千六百年は、俺にとって貴様を倒すための準備期間だったのだ!』

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