144 風の論客
「……なんなりと」
ヨリシロは快諾するが、声から警戒の色を消しきることは不可能だった。
「まずマザーモンスターとやらについてだが、それが本当にいるという確証がどこにある?」
「!?」
「地も、水も、火も。このような世迷言に惑わされ理解に苦しむ。この娘の言っていることに物証はない。信じるに値しないではないか」
「物証ならあるさね」
反論したのは、地の教主であるお婆さんだった。
「オラどもの土地さ現れた『御柱様』は、間違いなくモンスターを生み出しとった。その上で、どえらい力と巨大さで、モンスターの親玉いうに相応しかったよ」
「だがそれが、マザーモンスターなるものであるという理屈はどこにもない。そもそもその話は誰が言い出したことなのだ? どうやってその情報を入手した?」
その質問によって、場から音が消えた。
誰も答えることができなかった。
重苦しい沈黙が続いた。
「……僕です」
仕方なく言った。
「僕が、マザーモンスターについての情報を入手しました。僕の口から通じて、光の教主や勇者たちに伝わりました」
シバの視線が僕の方を向く。
その瞳は、あまり友好的な色を宿していなかった
「……貴様か。一目見た時から胡散臭い男だと思っていたが、また一段と胡散臭くなってきたな。色々聞きたいことがあるが、まずマザーモンスターなどという与太話をどこから仕入れてきた?」
「言えません」
水の神コアセルベートや火の神ノヴァから直接聞いてきたなどと、人間相手には間違っても話せない。
「そういう約束で、話してもらいましたので」
そう言って煙に巻くしかない。
そもそも僕はマザーモンスターを一人で片づけるつもりだったから、この手の方便を何一つ用意していなかったのだ。
ヨリシロめ……。相談なしにこんな展開に巻き込むから。
「怪しい限りだな。ならば別の質問をさせてもらおう」
「まだ何かあるんですか?」
「当り前だ。貴様、どういう権利で、この席に座っている? 仮にも五大教団の主しか付くことのできない五教主会談の席に」
ぐうの音も出ないほどの正論。
それは僕の方が聞きたかった。
「先ほど光の教主が言っていたことも意味不明だし、たったそれだけのことで教主と席を並べるなど異常すぎる。ましてそのことを指摘するのが俺以外にいないというのも驚きだ。地水火の三教主の目は節穴か?」
イヤ、もう同意見すぎて何も言えませんよ。
やっぱりヨリシロって、後先考えずに行動しすぎじゃないんかね?
「ふざけたこと言ってると両手両足斬り落とすよ」
「ヒィッ!?」
斬り裂くような声に、ビビる僕。
地の教主のお婆さんが、現役の勇者だった頃を彷彿させるんじゃないかと思えるほどに、両眼を爛々と輝かせていた。
「小僧、口の利き方に気をつけない」
「……俺のことを言っているのか?」
言っているのかも何も、お婆さんはシバのこと睨み付けまくりなんだけど……!
「オラども地の教団はな。その兄ちゃんに助けられたんさ。これ以上ない窮地をな。そこまでしてもろうて、それ以上に信じる理由がいるかいね?」
地都イシュタルブレストにおける、巨大樹グランマウッドとの戦い。
多くの人々を取り込み、無為の眠りの中に閉じ込めようとしたあの木と、僕は戦った。
そもそもあの木が暴れたしたのは、その主たる地母神マントルが、僕のおだてで気を大きくしたからだ。
その責任を取るためにも、僕はヤツを止めなければならなかった。
その戦いが、今ここに影響を与えている。
「漢たるもの熱血たれ」
火の教主が言った。
かつて火都ムスッペルハイム近辺に蟠踞していた炎牛ファラリス。その巨大モンスターを倒したのは、カレンさんとミラクの壊れた友情を修復するためだった。
そのためだけの行為を、そのままの意味で、それ以上の評価で受け止めてくれた人がいる。
「吾輩は……。ハイネくんが戦う姿を見たことはありません」
水の教主まで言い加える。
「ですが、我が街でも以前ちょっとした騒動がありましてね。その騒動自体は吾輩自慢の娘と、たまたま居合わせた親切なお嬢さん方が治めてくれたのですが、その後のゴタゴタを片付けてくれたのが彼でして……」
水都ハイドラヴィレッジでの卑劣神コアセルベートが仕掛けた大海竜騒動。
コアセルベート自体を退場させた後、ヤツの悪巧みを一掃するために、水の教団での大掃除をする羽目になった。
水の教主と僕が初めて対面したのはその時だ。
「それで吾輩は、彼を『信用』することにしたんです。商人にとって信用は何より大事なものです。形なき信用から、形ある富を無限に生み出せることもある。だからこそ商人は、信用を粗末にしてはならない。信用されたら絶対裏切ってはいけないし、一度差し出した信用をおいそれと引っ込めてもいけない」
なんでこんな続々と擁護の意見が出てくるんだ?
一応教主だって一種の政治家で、だからこそドライな判断も必要だというのに。
「皆、ハイネさんの人徳の賜物ですわ」
便乗してんじゃないぞヨリシロ。
なんか背後ではカレンさんが左右の友だちにガッツポーズ飛ばしまくってる気配がするし、本当にアチコチ喧しい。
「なるほど。つまり貴様らは、その男の強さに感服し、それゆえにその男の言を信じるというわけだな」
教主シバは椅子から立ち上がる。
「ならば俺も試させてもらおう。その男の強さを。信じるに値するかどうかを、な」
「まさか、試合でもするというのですか? ハイネさんとアナタが?」
驚きとともに尋ねるヨリシロに、シバは悠然と答える。
「人を計るにおいて、戦い以上に優れた手段はない。一度死線を交わらせれば、相手のすべてがわかるものだ。実力だけではない。その心の奥底もな」
「いいでしょう」
僕は即答した。そして同時に立ち上がった。
元々こんな大層な椅子に座りっぱなしなのは性に合わない。
「その勝負受けます。ですがアナタが相手というのは問題がある。仮にも教主にケガをさせたら大変ですからね。こういう時こそ教団の最強武力、勇者の出番じゃないですか?」
これは気遣いであると同時に駆け引きだった。
もっともらしい口実によって、今もって姿を現さない風の勇者を引きずり出す。
マザーモンスターやクェーサーのことも問題だが、風の教団そのものも存在が不気味だ。
少しでも情報を引き出しておきたい、という気分にさせる。
「勇者か……。フン、ならば問題ない。風の勇者は既に貴様の目の前にいるぞ」
「何?」
「俺だ」
教主シバは不敵な笑みと共に、改めて名乗った。
「風の勇者トルドレイド=シバ。俺は風の教団教主であると同時に、風の勇者なのだ」
 




