142 神算姫謀
僕たちは最初、マザーモンスターを見つけようとした。
しかしあまりに情報が少なすぎて、捜索の糸口すらつかめない。
そこで、戦力増強と、あわよくば新たなマザーモンスターの手掛かりを求めて、風の勇者との接触を画策。
ところが風の勇者に関する情報すらまったく出てこない。
そこで出てきたヨリシロが、五教主会談という裏技でもって風の教団を呼び出すことに成功。
しかし、会談を招集したということは、会談の議題が必要になる。それも実質世界を支配する五大教団のトップが全員集合する程に大袈裟な。
ヨリシロが示した議題は、マザーモンスターについてだった。
ここでまず一つ「ん?」となる。
一度は諦めて迂回策に転じたマザーモンスター発見の実現性が、ここで方便もかねて再び浮上してきたのだ。
最初僕一人で片づけるつもりだったマザーモンスター討伐が、今や世界全体を巻き込み始めている。
そうしてまでもモンスターを地上から根絶しようというヨリシロの断固たる意志にも舌を巻くが、それらを形にするためのヨリシロの政治力にも驚く以外にない。
もはや光の女神の転生者とか、そんな次元に囚われず、彼女は最強の存在ではないのか?
しかし、だからといって……。
* * *
『……まだ怒ってらっしゃいますか?』
僕たちは既に風都ルドラステイツに入り、相手側が用意したエーテリアル動力車で街中を移動中だった。
大きなリムジンタイプの車で、急きょ二人増えた来訪者を全員一台に収められる容量を持ちつつ、内装も豪勢で、国家級の賓客を乗せるのに申し分ない。
しかし、そんな送迎車を用意する風の教団側の本心は、賓客をもてなすというより、テリトリー内で勝手なことをさせないようにしっかり監視しておきたいのだろう。
『ねえ、ハイネさん。応えてくださいってば』
そして車内で僕にしきりに呼びかけてくる精神の声。
空気を介さず、魂の波動に乗せて発せられる、神の魂を持つ者だけが聞き取れる声。
炎牛ファラリスに転生した火の神ノヴァと会話する時にもっぱら使われているのと同じヤツだが……。
『ハイネさん……。もうわたくしと口も利きたくないのですね? とても悲しい、泣いてしまいそうです』
『いやいやいやいや……! ちょっと考えごとしてただけだから!』
しきりに精神チャンネルで話しかけてきたヨリシロにすかさずフォロー。
肉声で語りかけないのは、同じ車内にいる多くの人たちに配慮してのことだろう。
この女は、隠し事が実に多いからな。
「カレン姉ちゃんカレン姉ちゃん! 窓の外見るだす! スゲー長い煙突がたくさん並んでるだす!!」
「煙突じゃなくて……、溶鉱炉? でもあんなに大規模なもの初めて見る……!」
「うひゃー、エーテリアルへの寛容さではウチがトップだと思ってたけど、認識を改めなきゃいけなそうね……」
「何事も上には上がいるものだ。肝に命じておくのだな水のアイドル女」
「なんでアンタが偉そうなのよ火の男女?」
和気藹々とした勇者ズを温く見守りながら、僕はヨリシロと秘密の会話を継続。
『……ま、怒っているのは事実だがな。どうしてあんなに無茶な捻じ込み方をした?』
『捻じ込み、ですか?』
『僕を五教主会談に参加させたことだ。僕を同行させたいからといっても、アレはいくら何でも悪目立ちさせすぎだろう。僕の闇の力まで公開しやがって』
別に風都ルドラステイツに入りたいなら、人知れず潜入するでも方法はいくらでもあったのに。
よりにもよって僕が教主と同格として出席とは、考えただけで胃がキリキリするぜ。
『アラ、いけませんわよ。アナタの存在が大きくアピールされてこそ、わたくしの狙いは達成されるのですから』
この期に及んでまだ悪巧みしとるんかい!?
なんだ? 僕の存在を明るみにしたことで、何を引き起こす所存なのだ?
『わたくしは、あの方に再びお会いしたいのです』
『あの方?』
『風の神クェーサー』
…………。
この風都ルドラステイツの主である風の教団。その風の教団の主である風の神。
今のところ、僕が復活してから影も形も見えない相手。まさしく空気だ。
『元々ハイネさんたちが風の方々との接触を求めたのは、風のマザーモンスターに関する情報が得られるかもしれないという淡い期待からですが……』
はい。まぁ、そうです。
『クェーサーさんなら確実に知っています』
はい。まぁ、そうです。
何しろマザーモンスターを生み出した張本人だからな。ノヴァの時のようにハッキリ居場所まで確定しないまでも、どういう形態で、どういう習性を持っているかなどは聞き出せる可能性大だ。
『しかしあの方は、創世六神においても一、二を争う存在の薄いお方。普通に探そうと思って見つかることなどありません』
なんか今回、そういうヤツらばっかりだな。
……あ。
いや、待て。だからか?
五教主会談なんてものまで設定して風都ルドラステイツまで乗り込んだのは?
『わたくしを含めた五大神にとって、みずからを崇める教団の本拠は特別な場所。現地に入り込めれば何らかの形で尻尾を掴むことができるでしょう』
たしかに思い返してみれば、これまでの神々――、ノヴァ、コアセルベート、マントルら全員、本拠となる都市へ来たと同時に現れたからなあ。
『ですが、それだけでは足りません』
『え?』
『相手は、四元素どころか創世六神の枠組から見てすら、存在の耐えられない軽さについては群を抜きます。そんな相手を、ただ、いそうな場所を突いただけで出てくるなどと思っては甘い!』
……ちょっと言い方酷くない?
『探しても見つからないものを探し出すには、向こうから出てきてもらうのが一番です。そしてそのためにはエサを撒くのがもっとも効果的』
『…………僕のことかい』
エサって。
だから、あんな多くの人たちが集う中で、僕の闇の力を触れ回ったのか。
空気のごとくどこにでもいながら、見ることも触れることもできない。そんな神に聞こえるように。
『自分自身ではお気づきでないようですが。四元素にとってアナタは看過しがたい存在なのですよ。闇の神エントロピー』
神としての僕の名を、呼ぶ。
『闇の力は、地水火風の力を必ず消し去る。本来四元素にとって、アナタは絶対服従すべき支配者なのです。そのアナタを神代の大戦で破ったことは、彼らの薄っぺらいプライドの中核となっているのですよ』
『あの時僕を破ったのは、実質お前一人なのにな、光の女神インフレーション』
皮肉返しに、ヤツの神の名も呼んでみたが、返事が途絶えた。
何?
『…………ぐすっ』
『うわああ違う違う違う! 別にあの時のことを恨みにして言ったわけじゃないから! 泣くな!』
しかしマザーモンスターを探し出すため、人類の力を結集させつつ、残る最後の四元素を誘き出す。
一つの行動で、幾多もの成果を導き出せる者こそ策士というべきだ。
僕が眠っている間、神の中でもっとも人間に影響されてきたのは、ひょっとしたら彼女なのかもしれない。
神と神の間でしか伝わらないこの会話も、ひょっとしたら僕と彼女以外の誰かが聞き耳を立てているかもしれない。
それもまたアイツの狙いなんじゃないだろうな?




