13 二人目の勇者
「……火の勇者カタク=ミラク?」
僕は、突如として現れた女性を驚きと共に見詰めた。
女性といっても、それにしては高い身長と日に焼けた肌で、パッと見男じゃないかと判断に迷う。
それでも女性だろうと断言できるのは大きく開けた胸元が扇情的であるからだった。
「ミラクちゃん……!」
「いいザマだなコーリーン=カレン」
ミラクと呼ばれた彼女はズカズカと無遠慮な足取りでカレンさんへと歩み寄る。ほとんどケンカ腰だ。
「ピュトンフライごとき雑魚モンスターに押し込まれるとは軟弱者め。オレが割って入らなければどうなっていただろうな?」
「……うん、ありがとね、ミラクちゃん」
彼女に対するカレンさんの態度はオドオドしていて、これまでに見せてきた行動派な雰囲気がまったく鳴りを潜めている。
ちなみにその間僕は、モンスターもいなくなって危機も去ったとの判断から、例のお婆さんとそのお孫さんの救助に戻っていた。
「そ、そうだハイネさん! 紹介しますね!」
それをカレンさんが呼び戻した。
「彼女はカタク=ミラクさん。火の勇者です」
「ん?」
ちょっとよくわからなかった。
「待ってください。勇者ってカレンさんのことじゃないんですか? 勇者って何人もいるんですか?」
「いいえ、私は光の勇者ですから。ハイネさんも創世の五大神のことはご存知でしょう」
「はいもちろん」
転生する前のことを思い出すと、ヤツら一人一人の鼻穴にフォーク突っ込みたくなるよ。
「この世界には、五大神をそれぞれ信奉する教団があるんです。その内の一つが光の女神インフレーション様を信奉する光の教団。私たちのことです」
「はあ」
「他にも火の神ノヴァ、水の神コアセルベート、風の神クェーサー、地母神マントルを信奉する教団があって、それぞれの教団が代表である勇者を立てているんです。ミラクちゃんは火の教団から選抜された火の勇者なんですよ」
「ということは、勇者って全部で五人いるわけですか?」
「そうで……」「ふざけるな」
カレンさんが答えようとしたところに、ミラクなる女性が割って入る。
「勇者は一人、他はすべて紛い物だ。そして真の勇者こそこのオレだ。何故なら今いる勇者の中でオレが一番強いからだ。少なくとも、群れをなしたとはいえモンスターごときに後れを取るヤツよりはな」
「あ……」
カレンさんの声がしぼむ。
「まったく体たらくな戦いぶりだな光の勇者。それに比べてこのオレは『フレイム・バースト』で一撃必殺。火の神ノヴァ様がオレに与えてくれた力は、光の女神のそれより遥かに優れているということか」
「それは違うんじゃないかな」
「何ッ!?」
ミラクが僕の方を向く、ほとんど睨み付けるように。目から火が噴き出しそうな眼力だったが、僕は構わず続けた。
「カレンさんの『聖光斬』は光の神力を斬撃状に飛ばす技。威力は高いが広範囲にまで及ばない。逆にアナタの『フレイム・バースト』だっけ? ――は、それこそ広範囲拡散型の攻撃だ。ノヴァの力は大体そういうのが多いからね。今回は状況が、たまたま火の特性に合致した、それだけなんじゃないの?」
「何を雑魚が、生意気を……!」
「それにどれだけ偉そうなことを言っても、一つ動かしがたい事実があるよ」
「何ッ!?」
「最初に現場に到着したのがカレンさんってことがね」
その指摘に、今まで滑らかだったミラクさんの舌が止まった。
反論の言葉が浮かばなかったのだろう。
「アナタがここにいるってことは、やっぱりモンスター発生の報を受けて急行したんだろうけど、それでもカレンさんの方が早かった。だからこそあのお婆さんたちを助けることもできた。それは紛れもなくカレンさんの功績で、アナタの功績じゃない」
落ち着きを取り戻したお婆さんとお孫さんが、カレンさんにお礼を言っていた。
こちらの様子が気になるカレンさんだったが、今は向こうに応対している。
「そしてアナタが一度にモンスターを焼き払うことができたのも、カレンさんを狙ってトンボどもが一か所に集まっていたから。目標もなくあちこちに分散してたら、さすがに炎の力でも一撃必殺はできなかったろう。山火事を懸念してかなりてこずる戦いになってたかもね」
「バカな、そんなことは……!」
「それが事実なんだよ。今回の戦いは、先行した光の勇者が救助をしつつモンスターを引きつけ、火の勇者が一掃する。連係プレーの勝利だった」
「連携、プレーだと……!?」
「そう……」
僕は右手でミラクさんの手首を握り、さらに左手でカレンさんの手首を取った。
そして互いを引き合わせて、ミラクさんとカレンさんの手を握り合せた。
「なッ……!?」「……!?」
握手の形になる二人。
「同じ人間、同じ勇者。いがみ合うことなんてないじゃないですか。今日の勝利は二人の勝利。みんなで喜びあいましょう!」
「ふざけるなッ!!」
予想以上に強い力で、繋がれたが振り解かれた。
ミラクさんは、それこそ睨んだ相手を自然発火させるぐらいの眼光で言う。
「お前! どこの田舎者か知らんがこれだけは言っておく! オレにとってモンスター同様、他の勇者も敵だ! オレだけが真の勇者だ! そこにいるヤツともいずれ決着をつけてやる! どちらが真の勇者であるかをな!」
言うだけ言ってミラクさんは、クルリと踵を返して去って行ってしまった。
取り残される僕ら。
モンスターは滅び、平和の戻った森に、カレンさんの切なげな表情だけが残った。




