136 空気のように
おい、風都ルドラステイツがどこにあるかわからないって、どういうこった?
僕たちは最初、マザーモンスターを探そうとしていました。
一体目を倒して、残りは三体。どれも何処にいるかわかりません。
なのでここは一旦迂回して、風の勇者に会い、あるかもしれない手掛かりに望みを懸けようとしました。
その風の勇者のいる都市へ、行きましょう。
その都市が、何処にあるかわからない。
「結局何もわからないままじゃないか!!」
さすがの僕も、これには平静でいられない。
テーブルをバンバン叩いて遺憾の意を表す。
「興奮しないでハイネさん! そうだ、落ち付けるように私が抱きしめてあげましょうか?」
「別の意味で平静でいられなくからやめてください!」
ひょっとしてカレンさんまだ酔いが残っていません?
そんな中、僕らのご意見番シルティス嬢が、呆れた口調でぼやきだす。
「もー、しょうがないでしょー? 風の教団は密教なんだから」
「みっきょう?」
「風の教団はね、徹底した秘密主義なの。秘密の教団だから密教。それが高じて今じゃ本部の位置も、教主の顔名前も、教団の特色、規模、何から何まで秘密。存在しているかどうかすら判然としない不可思議集団になってしまったのよ」
「あー……」
あー、あー、あー、あー、あー……。
何だか凄い納得できる。
何故かというと、今のシルティスの説明で、僕の中にある、あるヤツの記憶が凄く想起されたからだ。
人になってからの記憶ではなく、神の頃の記憶が。
風の神クェーサー。
創世六神の一人にして、四元素の一人。
そして言うまでもなく、現在話題となっている風の教団が信仰する神だ。
闇の神の転生者たる僕にとっては、かつて世界を創造するのに協力し合った仲間であり、神々の争いにおいては敵味方となって争い合った相手でもある。
火の神ノヴァ、水の神コアセルベート、地母神マントル……。
仲間であり敵でもあった創世神たちは他にも多くいるが、その中でも風の神クェーサー。群を抜いて、印象が薄い。
ぶっちゃけどういうヤツか思い出せない。
まあ僕自身、世界ができてすぐ封印されたというのもあるが、それでも他の神には印象に残るような性格なり言動なりがあったんだけど、クェーサーだけは何も思い当たらない。
まさしく空気のごとき神。
その神を崇める風の教団が秘密主義で一切知られていないというのは、何だか凄く符合するように思える。
クェーサー自身も、みずから意識して知られないようにしていたのか。
……。ダメだ。その辺りからもう思い出せない。
「……じゃあ、風の勇者についても……?」
「この中で風の勇者に会ったことがある人~?」
シルティスが音頭をとるが誰も手が挙がらない。
風の教団……。
神から教団、勇者に至るまで一切合財空気なのか。
「いや、感心している場合じゃない。これじゃあいよいよ風の教団とコンタクトをとるなんて困難の極みじゃないか。マザーモンスター探し出すのと、どっちがより不可能かってレベルだよ」
「そうよねぇ、正直アタシも妙案が浮かばないわ。カレンッち、ササエッち、レズ。アンタらも何か考えなさいよ」
「またさりげなくオレのこと罵倒したね?」
ミラクがごく自然に抗議したが、妙案自体は彼女にはないらしい。
「う~ん。……あっ、こういうのはどうでしょう」
カレンさんが閃いた。
「ルドラステイツ以外の五大都市でビラをバラ撒くんです。『風の勇者さん連絡ください』みたいな内容の。風都の場所が秘密でも、きっとその住人さんはアチコチ行き来してるはずだから、そのビラを拾ってルドラステイツに持ち帰れば……」
「それ何千万枚いるのよー? ビラ刷るのだってただじゃないのよー?」
それにマザーモンスターの件は、やっぱり一般にはできるだけ秘密にしておきたいし、余り派手に触れ回るのも……。
「この不肖ゴンベエ=ササエ! グッドアイデアが降りてきただす!」
なんかササエちゃんが元気いっぱい挙手してきた。
「その辺に歩いている人を捕まえて尋問してみるだす! もしかしたら風の教団の秘密の関係者で、隠しもってる情報をゲロするかもしれないだす! 当たりが来るまで何回でも続けるだすよ!」
「どんだけ手当たり次第なのよそれ!? 恐怖政治にもほどがあるわ! アンタ、正式にアタシたちの仲間になってから闇の部分が顕著過ぎない!?」
それは僕も思った。
そしてさっきからシルティス一人にツッコミを任せきれている安心感よ。
「……しかしアレだな。万策尽きてきたな」
「まったくよ。って言うか、さっきからアタシ一人にツッコミさせてハイネッち楽してない?」
これは想像以上に難航してきたな。
最初にマザーモンスターを探し出す方法で壁にぶち当たり、それをひとまず置いておいての風の勇者捜索でも壁にぶち当たる。
どうしたものかと頭を抱えているところ……。
「お困りのようですね?」
「ヨリシロ様!?」「光の教主!?」「光の教主様!?」「ヒィッ!? こないだの怖い人も一緒だす!?」
また面倒くさいのが来た……!
光の教団教主ヨリシロ。
彼女が現れただけで一騎当千の勇者たちが一斉にビビりだすのだからとんでもない。
ちなみに最近になってからヨリシロの影のようにピッタリくっ付くようになったドラハも一緒だ。
ササエちゃんがビビったのは彼女に対してだが。……何があった?
「風の教団をお探しなのですね」
「さすがに話が早いな。盗み聞きでもしていたか?」
と皮肉交じりに尋ねると、ヨリシロは「はい」とも「いいえ」とも答えずクスクス笑った。
実にこの女らしい。
「ところでハイネさん、そのお顔を埋め尽くすキスマーク。とても素敵なお化粧ですわね」
「ヒィッ!?」
「あとでしっかりご説明いただきますので」
それはともかく、とヨリシロは話題を変える。
現れた瞬間に話の主導権を完全掌握するとか。本当に一体何なの。
「風の教団……。彼らは本当に謎めいていて、厄介な相手です」
「厄介……?」
「姿を見せず、手の内を隠しながらも存在感だけは隠然と示し、他教団を牽制する。光の教団を束ねるわたくしとしては、その扱い辛さにほとほと手を焼きます。油断していると音もなく忍び寄ってきて。喉元に匕首を突き付けられたことが何度あったか」
喉元に匕首を突き付けられる、というのはもちろん比喩表現だろうが、ヨリシロにこうまで言わせるとはな。
何だか途端に不気味さが増してきたぞ風の教団。
「そんな風の教団とコンタクトをとるとなれば容易なことではないでしょう。彼らは自分たちのことを嗅ぎ回られるのが大嫌いです。下手をすれば秘密裏に消されてしまうことも」
「怖いだす……!」
「ですが、安心してください。わたくしの治める光の教団は、風の教団と肩を並べる五大教団の一。そしてわたくしは、その教主」
ん? 何だ……?
「風の教団への連絡の取り方は、わたくしが知っています」




