132 困惑の出だし
「それでは会議を始めます」
「はい!」「うむ」「おいっすー」「だす!」
アポロンシティへと戻ってきた僕ことクロミヤ=ハイネを、四人の少女が取り囲んでいた。
ここはおさらいがてら、一人ずつ確認していこうではないか。
まず一人目。
光の勇者コーリーン=カレンさん。
僕が初めて出会った勇者の少女で、以来一番付き合いが長い。真面目で優しく、勇者としてもっとも均衡のとれた性格の持ち主だ。純白の鎧をまとい、清純を絵に描いたような容姿は、聖女と呼ぶにふさわしい。
次に二人目。
火の勇者カタク=ミラク。
カレンさんとは幼い頃からの親友で、一時期険悪であったものの関係修復してからはより親密となった。火の教義に則って、強さを求める心は剛毅。体つきもガッシリしていて男性と見間違えそうな烈女だ。
さらに三人目。
水の勇者レ=シルティス。
モンスターと戦いながらアイドル活動も行っているという異色の勇者。あるいはキワモノ。戦いと共に歌や踊りも得意で、それに関係してか性格も華やかな賑やかし。外見も垢抜けていて、キラキラ強烈に輝く麗女。
最後の四人目。
地の勇者ゴンベエ=ササエ。
一番新顔となる彼女は、遠く離れた地都イシュタルブレストからやってきた女の子。勇者の中では最年少で、ゆえに体つきも小さく細い。自身を田舎者だと思ってコンプレックスを感じているようだが、だからこそ素朴さが可愛い童女だ。
以上四名。
いずれも世界に名だたる勇者たち。
僕たちの戦いもけっこうな数を重ね、その度に仲間を増やしてきた僕たちチームは……、そう、まさにチームと言っていいぐらいのまとまりが出てきた。
この人数が、これまで僕らが歩んできた道のりを形にしているようで感慨深い。今日は彼女たちが一堂に会して、話し合うべきことがある。
今日話し合うべきことは……。
そう。
「私がハイネさんのことを愛しているということです」
ん?
気づけば光の勇者カレンさんが、僕のすぐ間近のところにまで来ていた。
というか抱きつかれた。
「ハイネさん……」
「はい?」
「どうして私の気もちに応えてくれないんですか? 私、何度も何度も言いましたよね? ハイネさんのこと好きだって。別に今すぐ結婚しろとか言ってるわけじゃありません。ハイネさんが私のことを大事にしてくれてるのは態度でわかります。でも、私だって時には言葉でハッキリ示してほしいんですもん!」
ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと?
いきなりどうしたんですかカレンさん?
カレンさんが僕のことを大好き乙女になったのは、それほど最近のことでもなく、僕自身そんなに悪い気もしてないんですが……。
しかし何故このタイミングで攻勢かける? 周りにミラクもシルティスもササエちゃんもいるのに?
カレンさん、アナタまだ人前では辛うじてタガが締まってたじゃないですか。
なのに、何故今唐突になりふりかまわないんですか!?
と混乱していたら……。
「カレン! いつもいつもその男ばっかり。何故オレのことも好きと言ってくれないんだ!?」
今度はミラクがはっちゃけた!?
日頃から親友であるカレンさんに対し、親友以上の好意が見え隠れしていたミラクの態度が、ここにきていきなり開けっ広げに!?
「オレがどれだけ熱くお前のことを想っているか! 溶岩よりも太陽よりも熱いのだぞ! お前はそんなオレの気持ちを冷たくあしらって! アレか!? やっぱり何年もお前のこと邪険にしたのが悪かったのか!? そのことは謝るから! ごめんなさい! ごめんなさい! だからオレのことも愛してお願い!!」
ちょっとミラクさん!?
アナタもカミングアウトぶりがいつもより数段ぶっ壊れていますが!?
ミラクのカレンさんに向けた性別以上の好意は薄々感じていたが、そこまでハッキリ言ってしまってリスキーすぎやしませんか!?
「アタシのー、夢はー♪」
とかやってたらシルティスが唐突に歌いだした。
彼女まで何かやらかすつもりか!?
「勇者でありながらー、最強のアイドルになることー。でも本当はー、自分のことなんてどうでもいいのー。アタシの歌でー、踊りでー。一人でも多くの人がー、元気になってくれたらー、アタシも幸せー。皆に元気を分けるためにー、アタシは山盛り元気じゃなきゃー。皆を笑顔にするにはー、アタシがまず笑顔でなきゃー♪」
なんか意外にいいこと言ってやがる。
しかし何だ? さっきから全体的な流れが唐変木すぎやしないか?
三人ともそれなりにヘンテコなところもある女の子だが、今日のはちょっとヘンテコの節度がなさすぎる。
何かが起きたに違いない。
「ひょっとして……、コレのせいだすか?」
勇者組のニューフェイス。地の勇者ササエちゃんがただ一人冷静な雰囲気だった。
その手には一本の瓶が握られていた。
「何その……、瓶。……飲み物?」
「ハイネ兄ちゃんが来るのが遅かったんで、先に皆様に振る舞ったんすよ。オラ、この前のことで皆々様に多大な迷惑かけたんで、せめてものお詫びにと用意したソフトドリンクだす」
ソフトドリンク。
しかし限りない破滅感を覚える。
試しにササエちゃんからその瓶を受け取り、口に鼻を近づけてみる。
「…………………………………………酒くさい」
どう見てもアルコールです。ありがとうございます。
この惨状の理由が丸ごと腑に落ちた。
「ササエちゃん、皆に何飲ませてるの? 酒じゃん、アルコールじゃん。そりゃ皆さん日頃深層下に抑圧された本能的欲求が全開放されるよ。大丈夫かなあ、全員黒歴史は確定だよ。酔い醒めた頃に記憶を失ってればいいけど……!」
「何を言うだす! カレン姉ちゃんたちは、オラから見れば年上とは言え、立派な乙女! 大人になる前からお酒なんて勧めないだすよ! これは! ただの! ぶどうジュースだす!!」
ぶどうジュース。
物凄く具体的な不安感を感じるのは何故だろうか?
「そのぶどうジュース。詳しい製法聞いていい?」
「せーほー? そんなのただぶどうを千切って搾っただけだすよ?」
うんうん。
「でもこのぶどうジュースは高級品なので、そこからさらに一手間かけて発酵させてるだす」
「ぶ・ど・う・酒! だぁーーッ!!」
やっぱり、ぶどう酒だよこん畜生!
果汁果肉を発酵させたお酒の代表選手じゃないか!
何故『発酵』という言葉が混じった時点で気づかない!?
「えー? だって山より大きく谷より深い反省の気持ちを表したかったんだすよー。製法に行程が多ければ多いほど高級品じゃないだすか?」
「多ければいいってもんじゃないよ! 過ぎたるは及ばざるがごとし!」
「オラまたしても生き恥晒しちゃっただすか!?」
いや、むしろカレンさんたちが絶賛恥晒し中なんですが。
多分アルコールなんて初めて摂取したであろう三人どもが、なんかヒシッと抱き合って一塊になっている。
「カレン! 好きだぞ! 愛してるぞ! これから何があっても守り抜くぞ!」
「ありがとうミラクちゃん! 私もミラクちゃんが大好き! 私たちサイコーの友だちだよね!」
「アタシはねー! これまでの人生で一番よかったって思えることは、アンタたちと出会えたことよ! 友だちなんて下らないと思ってたのに、アンタたちとの友情はアタシの宝物よ!!」
「当り前だ! オレたちが力を合わせれば無敵だー!」
「ホントにもー! ミラクちゃんとシルティスちゃんと出会えてよかった!!」
「きっと死ぬまで忘れないんだから、アンタたちと過ごした日々をー!!」
…………。
酔いが醒めたら皆すべてを忘れていますように。
どうしようかこの泥沼?
唯一の救いと言えばササエちゃんがシラフだということぐらいか。
コイツが元凶なんだから何とも言えなくもないが、一人でも僕自身の他に冷静でいてくれる人がいるのは、正気を保つ上で大いに助かる。
「ところでハイネ兄ちゃん」
「何だい?」
「なんでハイネ兄ちゃんは腕が六本あるだす?」
いかん、この子もダメだった。
そりゃこの流れでこの子一人だけ飲んでないというのも不自然だけど。アルコールに耐性でもあるのかと思ったら、まったくそんなことなかった。
「あっ、でも六本あるなら五本は斬り落としてもいいってことだすな? やったー、だす。一回地鎌シーターで人体の試し切りしたかったんだす!」
しかもこの子だけやたらと酔い方の闇が深い!
僕はササエちゃんと命を賭けた追いかけっこをしつつ、皆の酔いが醒めるのを待った。




