12 モンスター激闘
現れたモンスターは、人間と同じくらいの大きさをした虫型のモンスターだった。
より具体的に言うと、トンボだ。
人間ぐらいに大きなトンボが、宙に浮かびながら僕と老婆とそのお孫さんをしっかり見据えている。
「……完全に狙ってやがるな」
モンスターは人間しか襲わない。
たとえばここにウサギやシカが通りかかったとしてもヤツらは脇目もふらず人間だけに襲い掛かる。そういう風に仕組まれた呪われし生物なのだ。
「おばあちゃん……! こわい、こわいよぅ……!」
恐らく五歳にもならないだろう幼い少女が、全身を震わせてお婆さんに――正確にはお婆さんを背負った僕にしがみついてくる。
「教団の方……! 私のことは捨てて、孫だけでも連れて逃げてください。後生です……!」
「いけませんね。そんなことを言われたら二人とも助けたくなりますよ」
とりあえず背中からお婆さんを降ろして、単体で巨大トンボと向き合う。
巨大トンボは空中浮遊したままこちらを睨み続ける。飛びかかるタイミングを計っていると言わんばかりだ。
それを察した僕は、わざと一瞬、巨大トンボから視線を逸らした。
見事に引っかかって、トンボはこちらへ突進してくる。
「今だッ!」
紙一重でかわしながら、向こうからこちらの懐へやってきた巨大トンボの頭部に手を置く。
そして……。
「ダークマターセット」
手の平から湧き出す暗黒の粒子。
ソイツに触れた巨大トンボの頭はひしゃげ、潰れて、崩壊した。
これが僕の、闇の神の転生者ゆえに保有する能力。
闇の神の力を、僕はそのまま身に宿した。
僕が今やったのはダークマター、――いわば暗黒物質を発生させたわけで、それは本来自然界には存在しない、闇の神力によってのみ生み出すことのできる粒子だ。
その特性は、闇以外の地水火風光すべての神力を吸収消滅させる。
さらに重力の向きや強さなどを自在に操作できる。
今発生させたのはごく少量だったので、老婆と幼女からは僕が馬鹿力で巨大トンボの頭を叩き潰したようにしか見えなかっただろう。
頭という絶対的な急所を壊されたことで巨大トンボは絶命し、残った部分も細かな塵となって消える。
これがモンスターだ。自然の理から外れた不可解なる生命。
「さあ、もう安心です。改めて村へ帰りましょう」
僕がお婆さんたちに向き直ろうとした、その時だった。
「教団の方! 後ろを!」
逼迫したお婆さんの声につられて振り返ると、そこにはまた巨大トンボが。
「二匹目か!?」
倒したばかりだというのに新たなモンスターが現れたのだ。
しかも……。
「二匹目、だけじゃないなあ……。三匹目、四匹目……。十匹、二十匹……!?」
もはや数えきれないほどの巨大トンボの群れが、空を覆い尽くさんばかりだ。
こんなにたくさんいたとは。
ダークマターの出量を上げれば一掃できない規模ではないが、さすがにお婆さんたちに目撃されてしまうな。
とすればあと残された選択肢はお婆さんとお孫さん抱えて脱兎のごとく逃げ去ることだが、羽をもってる巨大トンボ、しかも多数相手に逃げきれるとは思えない。
僕の持つ闇の神力は、世間の風潮を考えればまだ秘密にしておきたいところだ。
だが仕方ないな、こうなったらお婆さんはボケ始めて、お孫さんの方は幼児特有の空想癖が入ったと周りが認識するのを期待するか。
「ダークマターセッ…………」
「待ちなさいッ!!」
突然の呼びかけに、手の平から噴き出そうとしていたダークマターを急きょ押し留める。
息せきながら駆け寄ってくる、白い鎧の戦乙女。
「カレンさん!?」
「よかった無事ですね!? ピュトンフライが滅茶苦茶集まっているから何かあると思ったんですよ!」
「ぴゅとんふらい?」
「あのデカトンボたちのことです。風属性モンスター、ピュトンフライ。風属性だけに体は脆く弱いですが、その分羽をもった素早い動きと、何より群れで行動する厄介なヤツです。人間を見つけるとこうしてガンガン集まってくるんですが……」
チラリ、とカレンさんの視線が、うずくまっているお婆さんと幼女へ向く。
「状況はわかりました。あとは私に任せてハイネさんは一般の方を守ってください」
「でも、あれだけの数をたった一人で……!」
「大丈夫」
カレンさんは、腰に下げていた剣をスラリと引き抜く。
彼女自身の髪や鎧に負けぬほど透き通るように白い刀身の、肉厚な直剣だった。
「私には光の女神様より賜った光の神力があります。力なき人たちを背において戦うために私は勇者になったんです」
白い刀身が光り輝く。まるで何かエネルギーを注入されたかのように。
僕はそれに見覚えがあった。故郷の村で騎士たちとイザコザがあった時、ベサージュ小隊長が僕に向けて光の矢を放つのに、短剣に光の神力を込めていた。
しかしベサージュ小隊長が扱っていたのが果物ナイフ程度の刃渡りだったのに対し、今のカレンさんの剣はそのままでもモンスターを両断できそうな大業物だ。
「光の勇者の称号と共に賜った聖剣サンジョルジュ。その身に込められた光気を今ここに解放してください……!」
そしてカレンさんは、思い切り剣を振り薙ぐとともに叫ぶ。
「『聖光斬』ッ!!」
剣から解放された光の神力は真一文字に空を飛び、上空を覆い尽くすピュトンフライを触れた端から両断し、撃墜する。
光の斬撃、と呼ぶべきものをカレンさんは剣から放った。光の斬撃は左右に長く伸びて、空に一塊になっていたピュトンフライの群れを完全に斬り分けた。
何匹もの巨大トンボの死骸が落ちて、地に着く前に塵となって消滅した。
「凄い……!」
たった一閃で、何体のモンスターを仕留めたのか。
ベサージュ小隊長が使った『聖光弾』とは規模も威力も桁違い。これが勇者の力ということか。
「……でも」
ピュトンフライの群れは、いまだ健在で上空を占拠していた。
『聖光斬』はたしかに強大無比で、触れるものすべてを斬り裂いたが、それはいわば『線』の攻撃。空一面に広がる群体を全滅させるには面積が足りない。
つまり、たくさん倒したものの、もっとたくさん残っているということだ。
「大丈夫です。最後の一匹を斬り落とすまで何回だって『聖光斬』を……」
カレンさんは息巻くが、あんな大技を何回連続で放てるのだろうか。
「やめようカレンさん。今はその技でけん制しながら、一般人を連れて逃げる方が得策だ」
「でも、ここでヤツらを全滅させなければ、別の人たちを襲うかもしれません。勇者として、それを許すわけには……」
その時、僕でも彼女でも他の誰でもない、新しい人間の声が森に響き渡った。
「フレイム・バースト」
次の瞬間、異形のトンボたちに覆われた空は、まったく違うものに覆い尽くされた。
真っ赤に燃え盛る炎に。
ピュトンフライたちはその炎に焼かれて灰になり、一匹残らず消えてなくなった。
「なっ……!」「何だこれ……!?」
カレンさんも僕も呆気にとられながら、紅蓮の異変を見上げるばかりだった。
「フン、やはり光の勇者は役立たずだな」
そして、新たに現れる人影。それは先程空に響き渡ったのと同じ声だった。
「所詮お前など勇者を名乗るには値しないのだ。真の勇者はオレ一人。火の神ノヴァ様より神力を賜った、火の勇者カタク=ミラクの他にない」




