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123 勇者の選択

「究極の幸せ……!?」


 ヤツの主張――とりあえずあの巨樹の主張ということにしておく――を一言で表すフレーズ『究極の幸せ』。それに、シルティスもササエちゃんも硬直した。

 無理もない。理解不能だろう。


「問題は、ヤツにとってこの行為に害意は一欠けらもない、ってことだ。すべては善意だ。ヤツは人間のためによかれと思って、この暴挙に出た」


 木の中に人間を取り込み、木の中の管を通して養分を供給する。

 それと引き換えに、木は人間から精神エネルギーを吸い上げ、みずからの生きる糧にする。

 取り込まれた人間は、木の中で永遠に生き続けられるだろう。

 外敵から身を守るために戦う必要も、生きる糧を得るために働く必要もない。従って思考も、感情も必要ない。

 ずっと木の中で眠っていられる。

 それすらもヤツにとっては善意なのだ。生きるために煩わしいものを、すべて取り去ってやっているつもりなのだ。


「何よそれ! ふざけないでよ!!」


 僕の、マントルの部分は巧みにぼかした説明に、真っ先にシルティスが激昂した。


「ただ生きていれば、それだけで幸せだっていうの!? 人間は、考えて感じるから幸せだってことも実感できるんでしょう! ただ生い茂っているだけの植物と一緒にするんじゃないわよ!!」


 シルティスの苛立ちは、僕の予想を超えるものだった。

 ただ漫然と勇者になることに疑問を持ち、アイドル勇者などというキワモノに進化した彼女である。

 自由意思を奪われ、ただ生存することだけが『幸せ』とのたまう相手の理屈に、誰よりも反発するのだろう。


「野郎ども! 聞いた!? 今の話!?」

『ああ、こちら感度良好』

『とても信じがたいですけど、ハイネさんが言うなら間違いないですね』


 !?

 どこからかここにいないはずのミラクとカレンさんの声が。


「何ビビってんのよ? エーテリアル音声通信機で連絡とりあってるの」


 そんな便利なものが!?

 たしかによく見たら、シルティスの耳元に何かついている!?


「エーテリアル音声通信の発達は、ハイドラヴィレッジを本拠にするベータ社がもっとも進んでいるのよ! とにかくアタシは、あの木をブッ倒す方に一票! 眠ったままじゃアタシの歌も聞かせられないし、踊りも見せられないじゃない!」

『オレも賛成だな。たかが木ごときに人の幸せを決められてたまるか!』

『私も……』


 無線機から聞こえてくるカレンさんの声。

 一拍間をおいてから、彼女は決然と言う。


『あの木の主張は受け入れられません。人間には、少なくとも何が幸せかを自分で考える権利があります。あの大樹がしていることは、その権利の侵害です。侵し害されるなら抵抗することも、私たちに与えられた立派な権利です!!』


 さすがいずれも勇者。清々しいまでの即断即決ぶりだ。

 その中でただ一人、沈黙している勇者が一人。


「アンタはどうするの、ササエっち?」


 シルティスが、ササエちゃんの肩をバンと叩いた。


「ここは地都イシュタルブレスト。そこを守る、地の勇者であるアンタこそが本来真っ先に意思表明しないといけないのよ」

「オラは……、オラは……!」


 そんな簡単な話でもないだろう。

 この地を本拠とし、この都市と人々のことを深く知る勇者だからこそ、却って選択は難しい。

 今暴れている大樹が、元々住民からどれだけ慕われてきたか、その裏切りがどれだけ信じがたいことであるかを知っているからだ。

 それに彼女は、現状勇者の中でもっとも若い。幼いと言っていい。そんなササエちゃんには過酷な選択だった。


「あの、地の教主様は……?」

「彼は真っ先に、木に取り込まれた」


 僕の回答は、ササエちゃんをますます絶望の淵に蹴落とすものだろう。

 彼女の代わりに考えてくれる者は、もはやいないのだ。


「オラは……!」

「ああもうっ! いつまでウジウジしてんのよ!」


 シルティスが苛立つが、ササエちゃんの結論はなかなか出ない。

 そうこうしているうちに、こちらにも根が襲ってきた。


「くっ。ダークマター・セット!!」


 暗黒物質の放出で壁を作り、根の侵攻を防ぐ。

 しかし本気は出せない。暗黒物質の消滅性能を全開にしたら、根に取り込まれた人たちまでも、その生命を維持するための神力まで消し去られるか、超重力で押し潰されてしまう。


「アンタ! 何やってるのよ!? まだ傷塞ぎ切っていないのよ!」


 シルティスの水の神気による治療は終わっていない。手は離せない。

 そうでなくても相性上、彼女の力ではグランマウッドを止めるのは難しいのだ。

 僕がやるしかない。


「ああっ、なんで……!? 邪悪な闇の神の化身なのに……!?」


 それを見て呆然と立ちすくむだけのササエちゃん。

 マズいな。暗黒物質の放出は当然傷に響くし、余所で防衛・避難誘導しているカレンさんミラクが駆けつけてくれるのを期待するのはムシがよすぎる。

 守り切れない。そう感じた時。


 いきなり僕たちを襲っている根が輪切りに切断された。


「なにッ!?」「はぁッ!?」


 僕たちはその光景を驚きとともに目撃する。

 その根にも、取り込まれた人々がブツブツと表面に張り付いていたが、それを避けるように切断面は複雑に波打っていた。

 一目でわかる神業。

 それを行ったのは、一振りの大鎌。

 地鎌シーター。

 しかしそれを持っているのはササエちゃんではなかった。

 意外な別の人だった。

 それは……。


「ば、ばあちゃん!?」


 ササエちゃんが驚きと共に口走った。

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