121 真・理想郷
「バカな! お前たち四元素は、人から祈りを貰わなければ、自分を維持できないんだろう!?」
光の女神インフレーションの転生者、ヨリシロからの話だ。
人の祈りは、神々にとって甘い毒。その美味を浴びるほどに飲んで肥え太り、その挙句に人の祈りなしでは生きられなくなったのが四元素の神だ。
地母神マントルは、その四元素の一角。
人から意識を奪って祈ることができなくすれば、すなわち自分の消滅を意味する。
「心配いりませんエントロピーさん」
マントルは穏やかに答えた。
「ごめんなさい」と泣きわめいていた時とは別人のようだ。
「グランマウッド第二形態は、それほどお粗末な作りではありません。人と同化し栄養を供給すると共に、その精神から祈りに極めて近い魂のエネルギーを吸い出すのです。互いに必要なものを、互いから差し出してもらう。こういうのをたしか、共生共栄、というんでしょう?」
「何をわけのわからないことを!?」
地母神マントルは、これを究極の幸せと言うが、そんなはずがあるか!
人から自由意思を奪い、ただ生きているだけのこの状態が、幸せなどであるものか!
「エントロピーさん、ワタシは争いが嫌いです」
「ッ?」
「千六百年前からそうでした。神々が争いを始めた時、ワタシはただただ怖かった。人間などどうでもいいから、とにかく早く争いが終わればばいいと思っていました」
マントルが戦争の早期終結を願って、優勢である五大神側に付いたのは、僕も薄々わかっていた。
「だけど人間が嫌いというわけでもありませんでした。彼らは賢いし、穏やかで、神であるワタシのことを尊敬してくれる。でもそんな彼らですら、意見の衝突が起きるとすぐに争いを始めます。何故神も人も争いをするのでしょう? だからワタシは思いついたのです。争いをせずに生きられる最良の方法を」
「それが人間を、生きた屍にすることか!?」
「争いの永久根絶。それこそ究極の幸せです! それでも粗暴なノヴァさんや邪悪なコアセルベートさんは反対して怒るだろうから、なかなか実行に移せませんでした。勇気がなかったんです。ワタシには」
でも……、とマントルは続けた。
「その勇気をエントロピーさん、アナタがくれたんです。アナタは初めてワタシのことを褒めてくれた! 肯定してくれた! だからワタシも勇気をもって、この偉業にチャレンジできるんです! ワタシは、ワタシを信奉する人々すべてをグランマウッドに飲み込んで、争いなき夢の世界にご招待します!!」
僕のせいか!?
アイツにとって普段慣れない言葉を僕がかけたおかげで変なスイッチが入ってしまったのか!?
そうしている間にも大樹は際限なく根をうねらせ、次々人々を取り込んでいる。
しかも人々の敵は最悪なことにグランマウッドだけではなかった。
「ゴーレムがーッ!?」
「ゴーレムに襲われる!? 皆離れろーッ!?」
グランマウッドから生まれし地のモンスター、ゴーレム。
彼らは本来人を襲うモンスターの例外として、人の生活を助け、人と共に生きる。まるで人の友人であるかのようなゴーレムが今、人を裏切った。
手近にいる人々をその巨体を活かして捕まえ、グランマウッドの根に差し出している。
地のマザーモンスターより生まれたゴーレムたちは、明確な地母神の眷属。より高い命令権は人よりも神にある。
マントルの意思に従ってゴーレムたちは、まるで実った作物を収穫するかのように、人々をグランマウッドの下へ運ぶ。
また、イシュタルブレストに並ぶ家々も人々を外に出すまいと固く戸を閉ざしている。
そういえばこの都市に建つ家々は、ゴーレムが変質したものだという。
根が順番に訪問するまで、中の人々を閉じ込めているのだ。
生活のほとんどをゴーレムに頼ってきたことが、ここにきてすべての破滅をもたらしてる。
「さあ皆さん。ともに夢の世界へ行きましょう。そこではアナタたちから精神エネルギーをいただく代わりに、ワタシが尽きることない幸せを与えてあげます」
その尽きることない幸せとは、醒めることのない眠りのことだろう!
我が手から暗黒物質があふれ出す。
「ここは僕が防ぐ。その間に早く逃げろ!!」
僕から放たれた言葉に、イシュタルブレストの人々は一瞬呆然としつつも、危険への恐怖が勝ってすぐに駆け出していく。
「どうしたのですエントロピーさん? そんなことをされては作業が差し支えますわ?」
「当然だ。邪魔するつもりなんだからな」
僕の言葉を、マントルの『フェアリー』は理解できていないようだった。
「僕が迂闊だったよ。結局お前ら四元素は、どいつもこいつも何処かおかしくなければ気が済まないんだな」
「何を言っているのです? アナタが、ワタシのことを褒めてくださったんではないですか?」
「それを間違いだと言ったんだ! 地母神マントル! お前のイカれた理想は、その大樹諸共僕が消し去ってやる!!」
放たれる暗黒物質。地水火風の四神気に対して絶対的な殺傷性を持つ暗黒物質は、地のマザーモンスターであるグランマウッドにも充分有効だ。
だが有効打にはならない。
既にグランマウッドは、その根に数百人もの人間を取り込み、同化しているからだ。
あの状態では暗黒物質で消滅させようとしても、人々だけを避けずにするのは絶対に不可能だ。
自然、思い切った攻勢に出られず防戦に傾く。
暗黒物質で壁を作り、逃げ惑う人々から根を近づけないのが精一杯だが、相手はあの巨木だ。
僕の張った防衛線など容易く回り込んで、どこからでも人々を襲う。
このままではジリ貧だ。
何か抜本的な対策を立てなければ……、戦いながら考えていたその時だった。
「……ッ!? おわッ!?」
背後から急に殺気を感じ、身を捻ると一瞬遅れて、大鎌の刃が駆け抜けていった。
僕の元いた空間を。危ない。咄嗟に避けていなかったら真っ二つだ。
大鎌を振るってきたのは小さな女の子。
初めて見る少女だった。
イシュタルブレストに来てから一度も見かけたことがないが、一体誰だ?
「地の勇者ゴンベエ=ササエ!! 『御柱様』をお助けするだす!! 去ねぇぇぇーーーーッ!!」




