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118 崩壊の理由

今回から再び視点がハイネに戻ります。このまま章の最後まで、ハイネの視点のまま続く予定です。

それではお楽しみください。

 何故こんなことになったのか?

 まずは少し過去から語らなければならない。


 それは僕――、クロミヤ=ハイネが地都イシュタルブレストを訪れて、地母神マントルの『フェアリー』と会談した、翌日からのことだ。


              *   *   *


 久々に弓矢を使った。

 故郷で父さんの手伝いをしていた頃は毎日のように触っていたものだが。一応武器でもあるのだし、光の教団でモンスターと戦う際にも使うかなと思ったが案外そうならなかった。

 というわけで、久方ぶりに弓の弦を絞って、放つ。

 ヒュン、と風を切る耳障りのいい音が鳴り、はるか遠くでイモ畑を掘り荒らしているイノシシに命中した。

 本当どこにでもいるなあアイツら。


「おおッ。やった。当たったさね」


 僕の隣で腰を下ろしていたお婆さんがパチ、パチ、パチと手を打つ。


「あのクソ憎らしいイノシシさ。毎日のように畑荒らして困っとったんよ。さすがにゴーレムの鈍足じゃ、脅して追い払うのが精々だったからね。助かるよぉ」

「いえいえ、僕にできることでお役に立てることがあれば嬉しいですよ」


 マザーモンスターであるところのグランマウッド――、人々からは『御柱様』と呼ばれている大樹を滅ぼさないことにした僕。

 これでもうイシュタルブレストに用はないはずだったが、僕はさっさと帰ることをせず、いまだに逗留を続けていた。

 今日は、僕をここまで案内してくれたお婆さんと再び会って、「畑が獣に荒らされて困っている」という話を聞き、猟師の息子の血が騒いだのだった。

 弓矢は一日触らないだけで腕が格段に落ちるから、仕留められるか不安だったけど。今回は相手の方が油断していて助かった。弓矢で射られるなんて夢にも思っていなかった様子だ。


「でも、意外ですね。これだけ大きな農場を抱えているなら、専門の狩猟協会があってもおかしくないでしょうに」

「そんなの二十年も前に廃れちまったよぉ。ゴーレムが現れたおかげでな、何でも便利になっちまってな。人が本腰入れてかかるほどでもねえ、ってことばかりになっちまったよ」


 話している間にも、ゴーレムが射抜いたイノシシの回収に向かっていた。

 そういう命令を受けているからだ。僕たちはヤツが戻ってくるのを待つだけでいい。


「家を建てんのも、畑耕すのも、敵を潰すんも今じゃゴーレム頼みさ。あの子らがいなきゃオラどもの暮らしは一日だって成り立たねえ。散々世話になって言うのも何だけど、時々それが怖くなるだよ」


 お婆さんは、杖に上体を預けながら言う。


「お客さん知っとるかい? オラども地の教団で荒事やるのはな、焦土殲滅団なんて怖い名で呼ばれとる。何百年も前はその名の通り、岩みてえに硬くて強くて、通ったあとはペンペン草も残らねえっつって、他の教団から恐れられとったよ。でも今じゃ、『御柱様』からブロック取るだけが仕事の気のいい青年団よ」

「いいんじゃないですか。怖いよりは優しい方が断然いいですよ」

「そう思ってくれるなら、アンタさこそが優しいのさぁ」


 そう言ってお婆さんは苦笑した。


「……ま、でもそうだねえ。オラさだって、あの子らに随分助けられて、この歳まで生きられたからよ。文句言うのは筋違いさね。ホント歳とると愚痴っぽくなっていけねえよ」


 この土地は、僕の肌に合った。

 元々人間クロミヤ=ハイネとして森の奥の田舎育ち。ゴーレムを生活基盤として、エーテリアル文明から隔絶されたイシュタルブレストは故郷に近い雰囲気で、だからこそ、もう用がないとわかっていても、なかなか腰が上がらない。


 ここにいると、人間にとって本当に善なるものは何なのだろうか? などということを考えてしまう。


 人々は神々の支配に数百年囚われ、その軛から脱するきっかけはエーテリアルという新物質がもたらした機械文明だった。機械が提供する便利さに、神々の必要性は薄まり、人々は自由になった。


 僕も生まれ故郷からアポロンシティに移り住み、エーテリアル文明の便利さにどっぷり浸かってきた。

 しかし今こうして機械のない生活に戻ると、忘れていた何かを思い出しそうになる。

 そして心安らぐのは、ただ僕が生来の田舎者だからだろうか。


 とにかく普段なら考えないようなことに思い巡らされた分、地母神にしてやられた気分になるのだった。


              *    *    *


 夕暮れ時になって、僕は地の大紅宮へ戻ってきた。

 地の教団本部であり、たまに訪れる外からの旅人を宿泊させてくれる有り難い場所でもある。


「やあ、ハイネさん。狩りはいかがでしたか……!?」


 先日同様、地の教主みずからもてなしに出てくれる。

 しかし態度がどこかよそよそしかった。


「ええ、昼間だっていうのに四頭も仕留められました。この辺りの獣は油断しきっていますね」

「それだけ我々が、手をこまねいていたということですな。お恥ずかしい。しかしアナタのおかげで、今期の収穫量は上がりそうですよ」


 そんな持ち上げないでくださいよ。


「でも、あまり長居するのもいけませんので、明日には発とうと思っています。地の教団の方々には本当にお世話になりました」

「いやいやいやいやッ……!?」


 何やらいきなり地の教主が慌てだした。腰まで浮かせて、何がそんなにショッキングなのか?


「まあ、そう言わずに、もうしばらく逗留なさってはいかがですか? ハイネさんの狩りの腕は、このイシュタルブレストでは貴重ですので……!」

「いやでも、あまり何日も客室を独占してしまうのも悪いので……」

「でしたらこうしましょう、アナタのために、この地に一軒家を建てるというのは?」


 え?

 そんな、ただの旅人のために家を建てるなんて、いくらなんでも大仰過ぎないか?


「御心配には及びません。このイシュタルブレストで家を建てるのはとても簡単なことなのです」

「ゴーレムに建てさせる……とか?」

「いいえ、ゴーレムが家になるのです」

「?」

「ゴーレムは、働き者である上に特殊な性質を持っていましてな。地の神気を流し込むことによって、性質や形態を自在に変えられるのです。ライフブロックに『家になれ』という命令を書き込み、充分な資材を吸収させれば、すぐさま家形ゴーレムの出来上がりというわけですよ」


 ゴーレムってそこまで便利なものなのか!?


「実を言うとこの地の大紅宮も、何体ものゴーレムを連結して作った、いわばゴーレムパレスというべきものでしてな。普段はただの建物ですが。教主たる私が一言命令すれば、ある程度自由に形態を変えられるのです。こんな風に……」


 地の教主が指をパチンと鳴らす。

 すると前後左右の壁がジワリと盛り上がり、その盛り上がりは人の形となって、壁から分離した。

 ゴーレムだった。

 室内に収まる小さなサイズのゴーレムだが、それが何体も。

 壁から浮き上がってきた、と言えばいいのだろうか。

 なるほど、これはたしかに凄いものだが、しかし何故地の教主はわざわざこんな実演を?

 そりゃあ、百聞は一見に如かずというが、それにしてもこのゴーレムの数、大袈裟すぎではないか?

 しかもどのゴーレムも、腕部がハンマーやら杭の形をしていて、これから何かをブチ壊そうとする気概があからさまに窺えた。

 ……いや、殺す気概か?


「……教主、これはどういうつもりですか?」


 一応尋ねてみる。しかしその時、教主から漂っていたよそよそしさが消えていた。


「この部屋と、その周りには人払いがしてある。勇者と入れ違いに我らが都市に乗り込んでくるとは、意表を突きおる。さすがは闇の神の化身よ」

「ッ!?」


 その言葉に、僕は驚き、また同時に様々なことが腑に落ちた。納得はしがたかったが。


「こうなっては、地母神マントル様よりの神託は、この私が果たす! 闇の化身クロミヤ=ハイネよ! 貴様が生きてイシュタルブレストから出ることはないと知れ!」


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