117 混沌の大地
地都イシュタルブレストに足を踏み入れた私たち。
そんな私たちを出迎えたのは、さながら戦場のごとき騒乱と悲鳴だった。
「逃げろぉーーーーッ!!」
「『御柱様』が、『御柱様』がお怒りになられたァーーーッ!!」
そんな叫びが街中に飛び交っている。
人々は逃げまどう。日々の暮らしに使う農具や収穫した野菜が打ち捨てられ、無残に転がる。
「何なのコレ? いったい何が起こっているの……!?」
訪れるなり、こんな混乱に出迎えられた私たちは、自身も混乱するしかなかった。
「これがこの街の日常風景……、ってわけじゃないわよね?」
「おい、どうなんだ地元民?」
ミラクちゃんたちが、この街のことで一番詳しいだろうササエちゃんに尋ねる。
しかし当のササエちゃんも茫然自失としていて、唇を青くしていた。
「わ、わからないだす……! こんなの初めてだす……!!」
顔面も蒼白だ。
そんな彼女に気づいた地元住民が幾人かいた。
「ああっ!! ささ、ササエ様……!?」
そして縋るように駆け寄ってくる。
「たたた、大変ですササエ様! みみみ、『御柱様』が、『御柱様』がががが、おおお、お怒りになって……! もう何が起こりゃりるれりゃ!!」
住民の人たちも取り乱して、言うことに要領をえなかった。
「ど……、どうしようだす……! オラがイシュタルブレストを空けている間に、こんなことが……!!」
ササエちゃんが、涙声に震えだす。
「大丈夫だって……! 大丈夫だって言ってただす! 教主様が、イシュタルブレストにはあまり強力なモンスターは出ないって、出てもゴーレムが片付けるから大丈夫だって……! だから勇者のオラが一ヶ月二ヶ月空けても大事にならない。安心して神託を果たせるってッ!!」
ササエちゃんも取り乱しては、ますます事態を収拾できなくなる。
私は、彼女の動揺を抑え込むように、ギュッと抱きしめる。
「落ち着いて。今は勇者のアナタが、誰よりも冷静になって対処に当たらなければいけないのよ。ここは地都イシュタルブレスト。そしてアナタは地の勇者なんだから」
「カレン姉ちゃん……!」
「とにかく騒ぎの中心に行きましょう。人々は恐慌してまともに話せる状態じゃない。この目で確かめるのが一番早いわ!」
私たち四人は揃って駆け出した。
騒ぎがどこで起こっているか、特定するのは容易かった。逃げてくる人たちの逆方向を辿ればいいのだから。
それに、大方予測はついていた。
この騒ぎを引き起こしているものと言ったら、心当たりは一つしかないじゃないか。
「あああッ!?」
そこには、私の常識を覆すものが待っていた。
大樹が暴れていた。
私の中で樹木とは、一度生えたら絶対動かないものと決まっていたが、どうやらそんなことはないらしい。
根が、まるでタコ足のようにうねっている。
うねりながら地上空中あらゆる範囲を問わず振り回して、尋常ならざる被害を広げている。
「アレが……、イシュタルブレストが誇るという大樹……!?」
「『御柱様』……!?」
そして噂通りの常識外れの巨大さだ。
だからこそアレが暴れることでの被害は桁外れ。
街中に建ち並ぶ家屋も。地中から迫り出す根によって何棟も一挙に倒壊し、さらに振り下ろされる根によって粉々に潰される。
「ああ……!! なんで、なんでだすか? 『御柱様』がなんでこんな非道なことをするだすか……!? 『御柱様』は、『御柱様』は、オラたち地の信徒をお守りしてくださるんじゃないだすか……!?」
「ッ!? おい見ろ! アレを!!」
ミラクちゃんが何かに気づいたようだ。その指さす先に、私たち全員注目する。
「あれは……!? ハイネさん!?」
ここからじゃ遠くて、小粒のようにしか見えないが、でもハッキリわかる。
人間が一人、空中を飛び回りながら、四方八方から迫ってくる巨根と争っている。
ある時は根の連撃を掻い潜り、またある時は真っ黒な粒子の塊を放出して盾にする。
あんなことができるのはハイネさん以外にはいない。
「ハイネさんが……、大樹と戦っている?」
それが意味することは一体何か?
「アイツ……、もしかして本当にやったの!?」
「えっ!? どういうことシルティスちゃん?」
「『モンスターを生みだすモンスター』――、マザーモンスターを倒すためにアイツはここへ来たんでしょう? そしてゴーレムの元を生みだすっていうあの大樹。ハイネッちの目的はアレで間違いない。そしてあの大樹は、殺されまいと抵抗してあんな風になっているんじゃない?」
シルティスちゃんの推測は、推測だけれども凄く納得できるものだ。
「じゃ、じゃあ……!!」
ササエちゃんの声が震えた。
今度は動揺や悲しみからではなく、怒りによって。
「アイツのせいで、イシュタルブレストはこんな風に荒れてるんだすか? オラの田舎が、アイツのせいで……!! やっぱりアイツは、悪い邪神の化身なんだす!!」
ダッ、と駆け出すササエちゃん。
咄嗟のことで私たちも取り押さえることができなかった。
「待って! ササエちゃん!」
「地の勇者ゴンベエ=ササエ!! 『御柱様』をお助けするだす!! 去ねぇぇぇーーーーッ!!」
地鎌シーターが振り上げられる。




