110 すれ違い
「ササエちゃん!」
私の叫びに、巨人たちの向こうにいる小さな肩がピクリと揺れる。
「さっきは、ごめんなさい……! 大きな声を出して。アナタのことウソつきなんて言って……! でも私、アナタの言ったことに驚いて、だからつい取り乱してしまって……!」
本当に何と言えばササエちゃんの信頼を取り戻せるのかわからない。
でも必要なのはこれ。力づくで捻じ伏せるよりも、言葉を尽くしてあの子に気持ちを伝えないと。
だからわからないままでも、思いつく限りの言葉を口から出す。
「怖がらせてしまって、本当にごめんなさい。知らない土地に一人でやってきて、寂しい思いをしているアナタの気持ちを考えてあげられなかった。でも、ここで暴れても何の解決にもならないわ。このゴーレムを戻して、もう一度落ち着いて話し合いましょう?」
「お前のウソには騙されねえだ……!」
しかし返ってきたのは拒絶の声。
「オラにはわかるだ。お前、クロミヤ=ハイネのこと知ってるだな?」
「ッ!?」
図星を突かれて、私は絶句。
「だからあんなに慌てただ。オラの言うことを必死に否定しただ。地母神様は、クロミヤ=ハイネを邪神の化身だとお告げ下さっただ」
「でも、それは何かの間違い…………!」
「ホラ! 本音を表しただな!? 光の勇者は邪神とグルになってるだ! 地母神様の言うことを否定するなら、ソイツは地母神様の敵、つまり地の教団の敵、つまり地の勇者であるオラの敵! ゴーレムたちよぶっ潰すだ!!」
ササエちゃんの号令で解き放たれるように、三体のゴーレムが私たちに向かってくる。
私とミラクちゃんとシルティスちゃんは、それぞれ攻撃をいなしながら飛び回る。
「ああもう! 田舎者って普段ヌボッているクセに変なタイミングで鋭くなるのよね! 一度疑いだしたら徹底的というか……!」
「神を疑えば、即、敵か……! 教団の代表たる勇者としては正しい反応なのかもしれんが……!」
シルティスちゃんもミラクちゃんもぼやいている場合じゃないよ。
やっぱりまず、このゴーレムとかいうヤツを何とかしないと、落ちついて話もできない。
ササエちゃんまで巻き添えにしてしまう危険があるから、あまり大きな技は使えないけど、悠長なことも言っていられない。
聖剣サンジョルジュに光の神気を込め、解き放つのではなく、剣の切れ味そのものを向上させるため刀身に馴染ませる。
「『聖光錬刃』!!」
振り薙いだ刃が、細身ゴーレムの両腕を容易く切断する。
「やりぃッ! さすが万能、光属性!」
「地属性相手では、水属性のシルティスが完全に役立たずな上に、オレの火属性はまったく無関係だからな。こういう時、僅かずつでも全属性に有効な光は存在感がある……!」
本当に万能なのはハイネさんの闇属性なんだけど。
前回のヨミノクニ戦では光属性がまったく役に立たなかった分、こうして活躍できて自信を取り戻せるのはいいんだけど……。
「とにかく今は、ゴーレムを倒して騒動を収めよう!」
私だって光の勇者として、本拠アポロンシティにおける騒乱を収める使命がある。その義務を疎かにするわけには行かない。
「ゴメンねササエちゃん! 少し乱暴にするから!」
「調子に乗るでないだすよ! 邪神の仲間め!!」
ササエちゃんが完全に、私たちを邪悪認定している……!
「地の勇者の実力はここからだすよ! 『ゴーレムのお父さん』! 例のフォーメーションだす!」
ササエちゃんがあの大鎌、地鎌シーターを高く掲げる。
そう言えばアレがあった。
これまでササエちゃん自身の小さな体と、ゴーレムたちをけしかける特殊な戦い方であまり想像できなかったが……。
ササエちゃん自身も戦うの!?
そう思った矢先、ササエちゃんに呼ばれた一番大柄のゴーレム――、通称『ゴーレムのお父さん』がササエちゃんを鷲掴みにした。
「なんだッ!? 何が起こる!?」
地鎌シーターを掲げるササエちゃんを、ゴーレムが掲げる。
相対的に大鎌は、巨大ゴーレムに握られたら普通の鎌のようだ。
「まだまだこれからだすよ! 『ゴーレムのお母さん』を『器化錬金』!」
その掛け声と共に、私が両腕を切断した細身のゴーレムが驚くべき変化を始めた。
元々細かった体がさらに細まり、際限なく細まって、人型の原型すらなくしてしまうほど細くなって、別の形態へと変容した。
「アレじゃまるで……、紐? いえ鎖!?」
「聞いたことがある。地の神力による錬金法術。地母神の支配下にある固形物質を、神力を介し変質させる!」
ゴーレムから変質した鎖は、元々の大きさに順じて長く太い。
さらにその鎖がひとりでに、竜かヘビのように駆け回り、その先端が地鎌シーターの石突の部分にガシッと噛みついた。
「最後の仕上げ! 『ゴーレムの坊や』!」
さらに鎖のもう一端が、残る最後の小柄ゴーレムにがっしりと繋がる。
これで地鎌シーターと小柄ゴーレムが、鎖で結ばれたことに……!?
「フォーメーション完成だすよ! 『ゴーレムのお父さん』! 薙ぎ払うだす!!」
命令に従って最大ゴーレムが、地鎌シーターを持つ方とは別の手で鎖を掴む。
そしてそのために鎖を介して引っ張られる小型ゴーレム。
小型ゴーレムは、いわゆる体育座りの体勢になって、さながら丸まってボールのようだ。
それを……。
ぶん……、ぶん……。ぶん、ぶん。ぶんぶん。ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん……!
大型ゴーレムが力任せに、鎖とそれに繋がった小柄ゴーレムを振り回す。
元々が大質量なだけに、間近で見れば凄い迫力だ。
鎖を振り回して巻き起こる風が、私たちの頬をしたたかに叩く。
「何だこれはッ!? まるで鎖鎌ではないか!?」
「腐りカマー!? 何その業の深そうな用語!?」
シルティスちゃんのボケを拾っている余裕はなかった。あんな巨人が振り回す大分銅。まともに食らったら全身骨折でも済まないんじゃない?
「見ただすか!? 地鎌シーターを通してオラの神力が、『ゴーレム一家』を変質させ、強化するだす! この力でクロミヤ=ハイネを倒し、地母神様からの使命を遂行するだすよ!!」
すれ違いの重なりが、巨大な災厄となって私たちに押しかかる。




