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102 もしかして

「で、その肝心のハイネッちはどこに旅立ったの?」

「あ」


 シルティスさんからの沈着なツッコミに、私の膨らんだテンションが一気に萎んだ。


「…………………………………………わかりません」

「えー?」

「出発の時に散々食い下がって聞いたんですけど、教えてくれませんでした。教えたら絶対後を追ってくるだろうからって……!!」

「実際その通りじゃない。さすがハイネッちの智謀は神のごときですな」


 そんな他人事みたいに言わないでくださいよシルティスさん。

 せっかく前向きな気もちになったのに結局踏み出せないままじゃない。


「しかしさあ、こうして考えてみると、アタシひたすら疑問なのよね」

「え? 何がです?」

「ハイネッちって何者なのよ?」


 シルティスさんの一言に、私はとっさに理解できなかった。


「ハイネさんは、ハイネさんだと思いますが?」

「イヤ、そういう我思うゆえに我あり的な話じゃなく……。だってさああの男、色んな意味で特殊すぎやしないかね? 又聞きだけど闇属性? そんなレア能力もちなんでしょう?」


 そう、シルティスさんはまだ見る機会がなかったが、ハイネさんはこの世界で使われている地水火風光、どの属性にも当てはまらない闇の力の持ち主。

 その力は凄まじく。あの人が生み出す暗黒物質は、炎牛の大熱閃を防ぎ切り、同じく巨大だった炎牛をボコボコにして子牛サイズにまで小さくしたり、光の神力ではまったく歯が立たなかったヨミノクニの黒影さんを容易く消滅させたりもした。


 ハイネさん当人によるものではなかったが、水都ハイドラヴィレッジを襲った大海竜が、都市壊滅クラスの大津波を放った時も、謎の黒巨人さんが暗黒物質で堤防を作り、都市への被害をゼロに抑えたし。

 あの暗黒物質を扱える人間が、有史以来ハイネさんしかいないと考えれば、単純にレアと呼ぶにも足りないぐらい希少な能力だ。


「ハイネッち当人がまったく普通だからアタシらも普通に接しちゃってるけどさ。アイツの存在そのものが本来なら五大教団ひっくり返るくらいの大事件じゃない? なんつったっけ、あの、闇の神エントロッコ?」

「闇の神エントロピー様です」


 何ですかそのエンストしたトロッコみたいな?


「そうそれ、アンタらから聞いた時は何をバカなと思ったけど。アイツの使う暗黒物質や、大海竜との戦いで現れた黒巨人が、その神の存在を証明してるってことよね? 創世神が五人じゃなくて六人いたなんて、歴史が書き換えられる事案よ」


 そう、ハイネさんはその気になれば、この世界を根底からひっくり返すことができるんだ。

 イヤ、実際に今ひっくり返そうとしている。ハイネさんがマザーモンスターを倒せば、この世界の歴史はハイネさんを起点にして変わる。


「クロミヤ=ハイネ。思えば実に不思議な男だ。世界のどの部分にも属していないように見えて、今ヤツを中心に世界が回ろうとしている」


 と、ミラクちゃん。

 …………。

 二人は今や友だちだ。死線を共に乗り越え、そして同じ勇者として不安や悩みを分かち合える友だちだ。

 そんな友だちにだからこそ、かねてから漠然とわだかまっていた気もちを言い表してみることにした。


「あのね、もしもだよ。もしかしらたなんだけど…………!」

「ん?」「あ?」


 私の声のトーンの低さを察したのだろう、ミラクちゃんもシルティスさんも私に注目してくれる。


「ハイネさん自身こそが、闇の神エントロピー様なんじゃないかな……!?」


「……」「…………」


 途端、二人とも言葉を失い、鉛を飲んだような表情になった。


「か、カレンちゃん? アタシのシフォンケーキ一口食べる?」

「オレの激辛明太子ケーキも食べていいぞ」


 といって自分の皿に乗ったお茶請けを差し出してくる。


「やめてよ! 露骨に気を使ってこないでよ! あとミラクちゃん、そんな口の中がヒリヒリするようなケーキなんて食べたくないよ!!」


 二人を信じた私がバカだった!

 そんな頭の可哀想な子に接するかのように!


「仕方ないでしょうが、この突拍子もない娘! だったら言わせてもらいますけどねえ。いくら能力が凄いからって、人間が神なんてあるわけないでしょう!!」

「だから『もしかして』って前置きしたじゃない! 私だって確信があって言ったわけじゃないもん! シルティスちゃんだってそれぐらいわかってよ!」


 テンション上がりすぎてシルティスちゃん相手にもタメ口になる。


「確信があろうとなかろうと許容できる限度の話題があるわ! アタシたち一応教団に所属してるの! 神って言ったらアタシたちのもっとも尊ぶべき存在なのよ! それがただの推測の中でも、普通にその辺ほっつき歩いててたまるか!!」

「あらあら、騒々しいですわね」


 私たちの言い争いが余程聞き苦しかったのだろう。

 談話室のドアを開けて、絶世の美女と評していい御方が入ってきた。


「あっ、ヨリシロ様!?」

「はッ!?」

「教主ッ!?」


 光の教団教主、ヨリシロ様。

 その名を聞いてミラクちゃんやシルティスちゃんも椅子から飛び上って直立する。


「どうぞそのまま楽になさって。……勇者たちでお茶会ですか。親睦を深め合うのはとてもよいことですね」


 そう言って微笑むヨリシロ様の傍らには、年齢十四、五歳ほどの肌の黒い少女が。


「あっ、ドラハさんもご一緒なんですね?」

「ごきげんよう、光の勇者様」


 そう言ってドラハさんは礼儀ただ行く挨拶してくれた 。


「はい、ごきげんよう」


 闇都ヨミノクニで出会った、黒影の正体ドラハさん。

 黒い影から解放されたばかりの頃は言葉も喋れず、まるで幼児のようだったが、アポロンシティで日々を過ごすようになってから見る見る知力が回復し、今では教祖の護衛役としてヨリシロ様の傍らにいても、誰も不審に思わなくなるほどだ。

 ヨミノクニに彼女が遺したという石碑の文面を思えば、元々賢い女性なのだろう。


「あ、よければヨリシロ様とドラハさんも一緒にお茶をどうですか?」

「申し訳ありません、これからすぐ会議に出なければなりませんの。私腹を肥やすばかりで役職に見合った仕事をしない枢機卿三人ほどと、ご当人たちの老後について話し合わねばですので……」

「そ、そうなんですか……!!」


 ヨミノクニから帰ってこっち、ヨリシロ様は何かスイッチが入ったらしく、光の教団に久しく蔓延していた腐敗を一掃することに決めたらしい。

 ハイネさんは「昔の血が騒いでいるんだろう」と評していたが、よくわからなかった。


「それでは、火の勇者ミラクさんに水の勇者シルティスさん。この光の大聖堂を自分たちの本拠だと思って、くつろいで行って下さいましね」

「きょ、恐縮です!」「あざっす! いえ、ありがとうございます!」


 ミラクちゃんもシルティスちゃんも、ヨリシロ様の前ではガチガチだった。

 談話室の扉が占められると、一気に長い溜息が二つ同時に漏れ出る。


「……ビビった、マジでビビった。あれが悪名高い光の教主ヨリシロ様かぁ」

「オレは初対面というわけではないが、あの玄妙な雰囲気は慣れるものじゃないな。あの人が微笑むたびに人が死ぬとかいう噂は、やっぱり本当ではないか?」


 ヨリシロ様、外の人たちからそんな風に言われていたのか……!

 本当はとてもいい人なのにな。今度ヨリシロ様も混ぜて皆で女子会しよう。


「……って、話が反れた。だから、アタシが言いたいのは神様がその辺フラフラ歩いているわけがないでしょってことなの! そんなに簡単に神様に遭遇してたまるか!!」


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