100 勇者集う
連載百回に達しました。
かなりキリのいい数字ということで、皆様これまでお付き合いいただきありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いいたします。
本編は、前回までで地の勇者編:ハイネパートを一旦区切り、今回からカレンの視点でみる勇者パートがスタートします。
引き続きお楽しみに下さい。
ハイネさんが見知らぬ土地でワクワク冒険しているであろう頃――。
私――、光の勇者コーリーン=カレンは不機嫌だった。
初めてだ。
ハイネさんの行く旅に同行できなかった。
これまでテリシェアの森、ラドナ山地、水都ハイドラヴィレッジ、『無名の砂漠』からの闇都ヨミノクニ。どこへ行くにも一緒だったのに、今回は一人でお留守番。
納得いかない。
旅の目的を聞けばなおさらだ。
ハイネさんは今回、マザーモンスターというものを探して、討伐するために旅立っていった。
それは一体何? と尋ねると、何でもモンスターを生みだすモンスター。すべてのモンスターはそこから発生しているらしい。
つまりマザーモンスターを倒せば、今後新たにモンスターが生まれることはなくなる。
この世界からモンスターが根絶されるということ。
もしそれが事実だとすれば、こんなに凄いことはない。私もそれを手伝いたい。モンスターの問題に対処することは、それこそ勇者の仕事じゃないか。
なのにハイネさんは私を連れて行ってくれなかった。
悔しい。納得いかない。
世界の人々を助けられる。ハイネさんの役に立てる。
そのチャンスに何もできないなんて。
* * *
「…………で?」
光都アポロンシティは光の大聖堂の談話室に、不機嫌そうな声が響いた。
私だって今は負けないくらい不機嫌なのに。
「アンタの愚痴を聞くためにアタシら集められたっていうの?」
「平たく言うとそうです」
「ざっけんなあ!!」
ガシャン、と乱暴に叩きつけられる両手。その振動でせっかく入れた紅茶がこぼれそうになる。
「うるさいぞアイドル女」
向かいの席で、ミラクちゃんが言う。
この人、紅茶に添えてあった輪切りレモンを皮ごと丸齧りしていた。
「茶会の席では礼儀正しくしていろ。外面のよさだけがお前の取り柄ではなかったのか?」
「うっさい男女! マナーもエチケットも忘れるわ、こんな席では!」
バンバンバン! とテーブルを叩く水の勇者シルティスさん。
意外だな、もうちょっと理性的な人だと思ってたのに。
「……意外だったわ。光の勇者ってもう少し常識的な子だと思っていたのに」
「えー、いいじゃないですか。ムシャクシャしたことがあった時ぐらい、友だち呼んで愚痴大会したくもなります」
「呼ぶんならせめて近場の友だちにしときなさいよ! アタシらみたいに、エーテリアル無線機で連絡とって小型飛空機で半日がかりみたいな距離感の友だち呼ぶんじゃないわよ!」
本日のお茶会のメンバー。
まず私、光の勇者コーリーン=カレン。
隣の火都ムスッペルハイムを本拠にする、火の勇者カタク=ミラクちゃん。
さらにもっと遠くの水都ハイドラヴィレッジを本拠にする、水の勇者レ=シルティスさん。
以上三人。
同じ勇者として悩みや興味も似通っているから、さぞかし話も弾むだろうと思って呼んでみました。
ハイドラヴィレッジで、共に大海竜を退治した一件以来、心通じ合った私たちで一回腹を割ってお喋りしたいと思っていたのだ。
それが今。
「……あのね、カレンッち。たしかにアタシ、こないだの大海竜騒ぎからアイドル活動休止で、ややスケジュールに余裕があるんだけど。もう活動再開の目途立ってるの。復帰一発目のライブも決まってて、これからリハーサル始まるぞーってモチベ上がってたところなのよね?」
「それはおめでとうございます。ライブ当日には花でも送りますね!」
「花程度で満足できるかぁー! リハだ打ち合わせだで大忙しな時にただのお喋りのために呼びつけやがって! アンタ自身がゲスト出演でもしてくれないと割に合わんわー!」
精力的だな、シルティスさん。
このぐらいエネルギーに満ち溢れていないと、勇者とアイドルの掛け持ちなんてできないのだろう。
「ミラクちゃんは大丈夫だった? 呼びつけて」
「はっ、何を言うのだカレン。お前に呼ばれて動かないオレだとでも思ったのか?」
そう言いながら優雅に紅茶をズズッと音たててすするミラクちゃん。
「イヤ、そういうのって、せめて呼びつける前に聞くものでしょう?」というシルティスさんのツッコミは無視した。
「だって今、火の教団の人たちから本拠を動くなって厳命されたんでしょう?」
何でも最近、あまりに足繁くアポロンシティに通いすぎているために、火の教主様始め様々な人たちから怒られたのだそうだ。
この間の闇都ヨミノクニ探索の旅にも、その関係で同行できなかった。
「もう大丈夫? 謹慎解かれたの?」
「心配など不要だカレン。オレを誰だと思っている? 勇者の中でも最強を自負する、火の勇者カタク=ミラクだぞ。怒られる覚悟はとっくにできている!
「それ大丈夫じゃないじゃん!!」
私の代わりにシルティスさんが激しくツッコみをしてくれた。
ハイネさんが不在なだけに、いるとなかなか重宝してくれる人だ。
「……まったくもー、火の勇者も光の勇者も、こんな愉快な成分を多量に含んでいたとは。意外すぎるわよ」
「お前も根が真面目なところが意外だな」
「アンタたちがツッコみどころ満載なのがいけないのよ! ああもう! 大声出しすぎて喉が渇いた紅茶おかわり! 喉に優しくハチミツシロップ入れて!」
はいはい。
でも、こうして勇者たちが、大した用もないのに集まってお茶を飲みあう、ということ事態。つい数ヶ月前だったらありえないことだっただろう。
ミラクちゃんは最強を目指して他の勇者を目の敵にしていたし、シルティスさんはアイドル活動に勤しんで他の勇者など眼中になかった。
それがこうやって、まがりなりにも楽しく語り合えるようになったのは、すべてあの人のおかげ。
「……で、あのタフ男くんは、今どこに行ってるのよ?」
「え?」
唐突なシルティスさんからの問いかけに、紅茶をポットから注ぐ手が止まる。
「アンタがアタシたち呼んで愚痴りたいことって言ったら限られてるでしょう? モンスターや教団関係で、一般の人には漏らせないこと。それで、なんか最近いつも一緒にいるカッコいい男の子が今日に限って影も形もない。なんか関係あるのは見え見えよ」
「シルティスさんって、本当に見かけによらず理知的ですよね」
「もう帰っていい!?」
いえいえ帰しません。
せっかく語る取っ掛かりをくれたのだから、全部吐き出すので聞いてくれないと。
そこからの私は立て板に水だった。
ハイネさんが、私を置いてきぼりにしたやり取りを、残らずミラクちゃんとシルティスさんに聞いてもらうのだ。




