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迷宮王国  作者: 天川 秤
1/1

前幕01

◆北方帝国 帝都 白雪の城 謁見の間に至る道


 普段は不愛想な侍女たちがいつになく焦った表情をしていた。

 白雪の城は中央に白亜の塔を構え、その周りに幾つもの小さな宮殿を配置した形をしている。白亜の塔の完美さもさる事ながら、大小様々な宮殿の作りも建城当時の最高技術をもってして設計されており、大帝国の巨城として、その荘厳さは各国に響き渡るほどであった。



「新たな迷宮だと? そんな報告書、騎士団やグランギルドからもあがって来ていないぞ」

 白亜の宮殿へ続く長い回廊の道中で、ガリウスは部下からの報告に眉をひそめた。歩きながらでいい、と言うと部下は歩調を合わせガリウスの斜め後ろについた。

「極秘の情報なのです。南の関所から更に南の国境付近に現れたようで……」

「そういうことなら王国に任せればいい。今は搬入期でどの関所も忙しいはずだ。産まれたての迷宮のひとつやふたつ、くれてやってもいいだろう」

 ガリウスは手を横に振り、部下の話を遮った。ただでさえ最近は迷宮の活動が活発になり、先月だけでも7件の『産まれたて』の報告を受けている。搬入期の多忙な雑務と相成って、どこもかしこも人手が足りず、かくいうガリウスも普段なら部下に任せるような仕事を現在進行形で行なっていた。

「これで終わりか」とガリウスが言うと部下は「しかし……」と呟いた。

「まだなにかあるのか」とガリウスが顔を歪めると、部下は恐るおそる口を開いた。

「どうにも、その迷宮が『特殊』なようで……」

「『特殊』だと?」

「はい……。先ほどグランギルドから密書とこれが……」

 部下は懐から封蝋がされた手紙と小さな革袋を取り出すとガリウスへ手渡した。

 ガリウスは革袋の紐を緩め、中身を手に開けた。中から出てきたのは木片と枯れて変色した花弁だった。部下はガリウスの手に広げられたそれらを見て「木片と花ですか?」としか言えなかった。

 しかしガリウスは足を止め、血相を変えて部下に言い迫った。

「お前は、これをどこまで知っている!?」

「は……わ、私は概要を訊いたまで、です。『特殊』な迷宮が産まれた、と……」

「……そうか、ならいい」

 ガリウスは続いて手紙を開き、目を通すと踵を返した。

「この事は他言無用だ。それとこれからグランギルドへ向かう、早急に竜車を手配しろ。一分一秒が惜しい」この密書の内容が真実なら、この迷宮を王国に渡すのは非常にまずい。搬入期だから忙しくて手が回らなかった、と理由付けるのは簡単だが、それではガリウスの首が飛ぶどころでは済まない案件だ。

 部下が慌ただしく駆けて行き、ガリウスの歩調も自然と早くなる。

 ほどなくしてガリウスは竜車に乗り込み城を後にするのだった。

 仕事は全て部下に放り投げて。




◆北方帝国 カヴァリン領府 南の関所付近

 

「ケラっていう薬草が、北の海を渡った先にある新大陸にあるんだ」

「……けら?」

 グランギルド直営の竜飼いから貸し与えられた竜車の乗り心地は、端的に言って最悪だった。ボロボロの荷車を無理矢理、人間輸送用に作り替えた冗談のような設計で、車輪が石を踏む度に、腰が思ってもいないほど飛び上がった。レゴリーは痛む腰を摩りながら「そうだ」と頷いた。

「それが見つかったのは今から20年以上前、各国が新大陸への調査団を派遣し始めた矢先だった」

 現在は全面的に禁止されている新大陸への渡航が活発だった頃、レゴリーは北のある国で傭兵をやっていた。各国の調査団とはその際に仲良くなり、いろんな話を聴いたと言う。

「ケラっていう薬草とそれを使って万能薬を作る商会が現れた。ご丁寧に「この薬を飲んで病気が治りました!」とほざく役者も大量に揃えてな」

「ふうん……面倒なことするんだね」

「そうだが、面倒する益はでけえ。病気が治った証人がいて「万病に効く薬です」って触れ込めば、金のある連中は一気に食い付くだろ。不治の病を患う異国の姫や伝染病で苦しむ貴族共、先代帝国王も丁度倒れられた時期だ。飛ぶように売れていたさ」

 レゴリーは両手を広げて、それでも収まり切らない金を想像した。見た事はないがいい気分なんだろうな、と思っていると隣に座る相棒に飽きれた視線を飛ばされたので、大きく咳払いをした。顔がいつの間にか緩んでいたのだろう。

「……でもしばらくして異国の姫が死に、伝染病が収まらず、先代帝国王の病状が悪化すれば、みんな「あれ?」って思うだろ。そんな折に、万能薬作っていた商会がトンズラこいた。そこで俺たちは気付くわけだ。「あ、騙されてたんだな」って事をよ」

 古今東西、うまい話には必ず裏があると相場が決まっている。新大陸進出から薬草の発見、薬への調合、販売までがそもそも早すぎるし、冷静になって考えてみれば不自然なところが多々見受けられた。ただ結果、騙されることになったが、そんな薬に縋らなくてはならない人たちがいた事は事実だ。

「結論から言って、これは調査団のミスだったんだよ。伝承を鵜呑みにした。新大陸には夢の新素材が大量に眠っている……。その中のひとつ万能薬の素ケラってのがそもそもの間違いだった。あれはただの薬草、それ以上でもそれ以下でもない。だからこの騒動は、調査する人間が招いたものだ」

 だからと言ってそれを悪用するのもどうかと思うがな、とレゴリーは言った。

 





 レゴリー・サックはグランギルドお抱えの『有能な』調査員だ。入れ替わりの激しい調査隊の中でレゴリーほど長くこの仕事をしている者はいない。それはそのまま迷宮からの生還率を意味し、レゴリーは生還率100%を誇っているのだ。

それが見つかったのは20年以上前、そりゃあ大騒ぎだったさ。なんてったって『どんな病にも効く万能薬』、そんな触れ込みで宣伝すれば、金持ちは一気に食い付くだろ。不治の病を患う異国の姫や伝染病で苦しむ貴族共、先代帝国王も丁度倒れられた時期だ。もう飛ぶように売れてたよ。だがよ、しばらくして異国の姫が死に、伝染病が収まらず、先代帝国王の病状が悪化すれば、みんなおかしいと思うだろ。そんな折に、万能薬を作っていた商会がトンズラこいた、みんな騙されてたんだよ。だから各国は、万能薬にはめちゃくちゃ懐疑的だ」

 


 


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