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ダ女神と悪執事の救世術  作者: 式神 影人
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イグニスの呪い(3)

 

 そう言って首に貼った冷却ジェルシートを剥がし、口を大きく開けさせて奥を見るとまだ少し赤く腫れている。

 部屋の隅に置かれた朝食のワゴンに被せられたクロスを取る。予めこの町の高級食堂に連絡を入れていたのだろう、とても贅沢で豪華な、如何にも金にモノを言わせました感満載なメニューだった。


「朝からこんな味が濃そうな脂でギトギトした料理を頼んだって食える訳無いだろ。しかも身体が弱っている病人に与えようとか正気の沙汰とも思えないな、実に人間性を疑うよ」


 世話係としてついて来た女中は女主人の気性を知っているのでオロオロと視線を泳がせているし、傭兵達は(…ですよねぇ)組と(こんなん余裕だろ?)組に意見が別れていた。司教は考えていた以上に聖呀が若い事に驚いていた。

 そしてこの子供の母親であり、人間性を疑うとまで言われた朝食を頼んだ成金貴族夫人はまるで金魚のように真っ赤な顔で口をパクパクさせながら怒りに震えていた。


「あ…貴方、庶民のぶ…分際で貴族であるアタクシに向かっ……」


 本人を前にここまで悪し様に言われた事が無かったのだろう。怒りでまともに話す事も出来ないようだ。


「まだ身体はダメージから回復してないだろうと思ったからイイモノ持ってきたんだ。コレ借りるぜ」

「ちょ…人の話を聴きなさいッ!」


 ワゴンから取り分け用の小皿と木匙を手に取り、サイドテーブルに置いた。振り返りもしない態度に癇癪を起こす中年女性を無視。持ってきていた布の塊を解き始める。

 布の中心には水結晶石に囲まれた金筒は室内の空気に触れると霜が着いて白く曇り、蓋を取ると白いモヤと共に辺りに甘い香気が漂う。


「……イイ感じだ」


 金筒の中身をくり抜き、小皿に移した。ふわりとドーム型に盛られた淡い黄色のソレを周りは興味津々に見詰めている。


「さぁ、どうぞ」

「ちょっと、お待ちなさいっ!」


 声の主は傭兵達の陰に隠れているつもりの派手なドレスの中身のようだ。


「まさかそんな汚らしい得体の知れない物を食べさせるつもりではないでしょうね。そもそも貴方は何者です、窓から入って来るなどと…」

「お…奥様、奥様…」

「大体その薄汚い黒髪などまるで悪魔の羽根ではありませんか!そ…そうですわ、貴方ね?貴方が呪いをかけたに違いありませんわ!それも毒なのでしょ?」


 これまでの話の流れから子供を助けたのはこの少年である事は誰でも解る事なのにこの女は何を言ってるのだろう?ましてや呪いをかけた張本人などと言い出す始末。その場のほぼ全員が呆れを通り越して同情の眼差しを送っていた。ここで初めて聖呀が振り返る。


「毒……?そんなに心配だったら自分で確かめてみろよ」


 そう言って眼前に突き出す。


「ヒ…ヒィ…だ、誰がそんな胡散臭い物など!」


 ジリ…ジリ…と蒼白な顔で後退する成金夫人に無表情で詰め寄る。


「どうした?食わないのか」

「ヒ…ヒィ…」


ドスッ

 恐怖で足がもつれてしまい、尻餅をつく。頬を引き攣らせ首を横に振りならがら更に退くも退路は壁に遮られてしまう。

 その脚の間を目掛け、思い切りスカートを踏み付けた。


「ザケンじゃねぇぞ!親のくせにガキの為にガタイも張れねぇのか!」


 苦しんでいる我が子を無視して金銭の事ばかり怒鳴り立て、一瞥もくれない様に最早怒りは爆発寸前だった。


「ヒギィーーーッ!!あ…貴女達何をしているの!?暴漢ですわ!狼藉者ですわ!早くアタクシを助けなさいッ!!」


 必死の形相での懇願にそれぞれ身構える傭兵達をリーダーが征する。


「失礼だが何か勘違いをされていまいか?我々が請けた依頼は貴女方をこの町へと到着するまでの護衛、それは既に完了している」


 しかし、一向にギルドへ達成報告をしないばかりか難癖をつけて禁則事項である報酬減額の直接交渉を行った。つまり、支払う意思無しと見做し、逃亡させぬよう監視しているに過ぎない。

 この事をギルドに報告すれば今後この貴族に係わる一切の商取引に護衛が付く事は無くなるだろう。そうなればどうなるか……?

 窃盗断や魔獣達の格好の標的となるばかりか、商業ギルドでの取引そのものが無くなってしまう。商人として事実上の“死”である。

 浪費するしか知らない生活を当然のように過ごしてきた女は初めて己が愚行を知った。しかし、それ故に解決法に思い至る事が出来ずにいた。そんなおり司教が助け舟を出した。


「私が戴いても宜しいですかな?」


 この憐れな女人では謝罪する事も反省する事も出来ぬであろう。例え何れの者が代わろうと決して信じはすまい…と考えたからだ。


「ああ、良いよ。貴方も旅から帰ってきて早々引っ張って来られたんだ、疲労も溜まってるだろうし」

「では……」


 感謝を捧げ一匙掬って口に含む。


「こ……これは……ッ!?」

 

 司祭の目がクワッと見開かれ、全身がブルブルと痙攣しだす。


「お…おおお……」

「し…司祭様!どうなさいましたッ!?」

「ホ…ホラ、ご覧なさい!毒ですわ、毒が入っていたのですわ!」


 狼狽えながらも勝ち誇ったかのような貴族夫人を無視して傭兵達が司祭に近寄るが何か様子がおかしい。


「…し…司祭様?」

「おお…な…何という事だ。わ…私は神の御導きに感謝します」


 司祭は感動にうち振るえ、涙していた。

 ――それはあまりにも衝撃的だった。冷たいと感じたのはほんの一瞬、濃厚でありながらあっさりとした甘い味わいはまるで雪解けが告げる春の訪れの如く、生命の力強い息吹は老いた身体の隅々にまで新たなる潤いと活力を巡らせた。


「さて、どうやら司祭様の祝福も戴けたみたいだからどうぞ」


 “冷たい”は喉元に、溶けた“美味しい”はお腹の中にと指示をするとコクンと頷いて一匙口に入れた子供の目が見開かれる。


「……美味しい!ホントに美味しいよ、お兄ちゃん」

「だろ?朝市で買ってきた新鮮な卵とミルクに砂糖を入れて作ったんだ。本当はハチミツの方が美味しいんだけど、小さな子供や身体が弱っている時はそれこそ毒になるからな」


 瞳を輝かせ満面の笑みを浮かべる子供に今日一日はおとなしく寝ているように告げると何事も無かったかのように扉へと向かう。


「さ…砂糖ですって!?」


 この世界では砂糖の原料となる植物が南方の大陸にしか存在せず、海を越えて輸入となる為に大変貴重で高価だ。国主導で砂糖作りをしているので安定した価格と生産量があるが、輸送時の天候により出回る量は安定し無い。

 貴族の地位を買い得たこの大商人ですらおいそれとは使えない贅沢品を一介の冒険者である少年が使える事がさも当たり前のように話す事に驚愕する。


「お待ちください、貴方は一体…」


 すれ違いざまに司祭から掛けられた問いに「ただの冒険初心者ですよ」と答える。その肩辺りから聖霊らしき小さな少女が手を振っているのが見えた。


「何者でぇ、アイツ…」


 訝しげな視線で見送る傭兵達の後ろで司祭だけがよく知るその姿に驚愕の表情で震えていた。


「な…なんて無躾な男てしょう。き…貴族への礼儀というものを…」


 やり込められた事が余程悔しいのか、掠れ気味の喉を潤そうと無意識にサイドテーブルのコップに手が伸びる。


「あ…それ、お兄ちゃんが…」

「………ッ!?」


 あの少年が用意した物と聞いた瞬間、思わず吐き出しそうになったが、身体が…生命としての本能がそれを拒絶した。


………コクン


 味としては柑橘系の薄い果実水といった感じだろうか、甘味の中に僅かに塩気を感じる。水結晶石で適度な温度に冷やされたそれは喉を過ぎると全身に染みるように拡がっていった。同じ温度の水であれば腹部までズンと落ちるような感じが残るのにこれには一切そういうものが無い。不思議な水だ…。


「……聖水…でしょうか?」


 聖水とは教会などが儀式の際に神の加護を以って成聖された水である為、果実水などは使わない。ましてやただの冒険者が持つものでもない。

 甘くてしょっぱい水など存在自体知らぬ事であるし、イグニスの呪いに効果があるなど考えも及ばなかった。


 この俄かには信じ難い一件も程なくギルドへと伝わる事となる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



―翌日の夕刻―


「……まったく、愉しませてくれる少年さね」


 報告書をヒラヒラとさせながらギルド支部長は笑っていた。いや、あまりにも理解の範疇を超えて笑うしか出来ずにいた。

 先日の窓口職員と鑑定士の報告だけならまだ納得は出来る。生れつき高スペックな冒険者も稀にはいるし、戦闘方法によっては低レベルであろうと個人での大量討伐も可能だ。現にこれまでも他支部から何件もの報告は受けている。 だが、本来食材などを保存する為に使う水結晶石を使って凍らせる調理法など聞いた事も無いし、ただの冒険者が超贅沢品の砂糖を持っているなど信じられない。

 ましてや治癒魔法も使わずに重度の火傷を治した挙げ句、高位な聖職者ですら困難といわれる【イグニスの呪い】を解呪したなどと…。

 商人にとっては金のなる大樹程度の価値しか見出だせないだろうが、彼の持つ我々にとって未知の知識と技術は国家間において新たなる紛争の火種に成り兼ねない危険なものだ。


 “結月 聖呀”…彼の存在を知られてはならない。


 幸いにして司祭という信用のおける地位の人物の証言と書面は手に入った。これで万が一の際も本部への説得にも信憑性を持たせられる。まずは彼の身柄の確保を優先し……。




「町から出て行ったああああああああっ!?」


 ギルドのホールに叫声が響き渡る。件の貴族商人の護衛を務めたパーティーに聖呀を組み込み、その身の確保と監視を謀ろうとした矢先、窓口職員から聞かされたのは驚愕の事実だった。

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