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ダ女神と悪執事の救世術  作者: 式神 影人
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イグニスの呪い(2)

 

 

「何を始めるですヨ?」

「この子の呪いを解くのさ、俺の世界のやり方でね」


 アユミエルに手伝って貰い、まずは水結晶で水筒と鍋に水を溜める。次に鍋に火結晶を入れてお湯を沸かし、蒸発する分だけ補充されるように調整。すぐにシュンシュンと湯気がたってきた。

 水の入った水筒に青い袋の粉を投入してよく振る、これでイオン飲料(ポ○リの事)の出来上がり。次は冷却ジェル付きシートを頸動脈近くに貼る。


「……冷たい」


 目を覚ましたようだ。だがまだその目は虚ろで焦点が合っていない。


「……お兄ちゃん、誰?」

「君の味方さ。お水飲める?」


 小さくコクンと頷くので上半身が少しだけ起きるように背中に枕を移動させ、コップに注いだイオン飲料を口に含ませる。


「少しずつ、ゆっくりで良いからね」


 飲むというより口に染ませる程の量を何回にも分けて、それでも身体が欲していたのだろう。コップ一杯分を全て飲み干した。

 これで熱と脱水症状は緩和されるだろうが、次が問題だった。タブレットの風邪薬である。

 聖呀が昔に観たテレビ番組で、発展途上国の人間には日本人の半分の量で充分効果が有ったと放送していた。だとすればこの世界の住人ならば更に少なくても良い筈だ。

 この風邪薬は大人1回3錠、子供なら2錠だ。その半分以下なら…。

 聖呀は1錠を半分に割り、更にもう半分に割った。そうして出来た1/4粒を1個、子供に与える。

 嫌がるかと思ったが素直に飲んでくれたので助かった。


「これでもう大丈夫だよ、ゆっくりお休み」


 枕を元の位置に戻してやるとゆっくり目を閉じ、寝息をたて始めた。


「終わったですヨ?」

「ああ、顔色も大分良くなったし、呼吸も落ち着いてるから多分大丈夫だと思う」


 本当は汗を拭いて着替えた方が良いんだけど、流石になぁ〜と笑う聖呀に、

(女子のパンツは脱がすクセに…ですヨ)

と心の中で突っ込んでいた。




 気が付けばもう空には赤みがさしていた。流石にこの時間から外へは(19〜20時に外壁の門が閉ざされる為)出れないので宿舎の部屋で大人しくしていよう。


 宿屋に戻るとまだ中年女性が傭兵相手に文句を言っていた。もうヒステリック過ぎて言語を成していない。じっとクライアントの理不尽に堪えるリーダーの後ろで殴り掛かろうと暴れるのを抑え込まれている火傷を負った傭兵とぶつかりそうになる。


「……失礼」

「いえ、こちらこそ」


 包帯に先程まで無かった紫色のシミがジワリと広がりながら染み込んでいった事には気付いていない。


「お帰り、鍋を持って行ったみたいだけど上手く煮えたかい?」

「どうですかね?今のところは何とも…、明日には多分……」


 まだ若い男ソロの冒険者が自炊するのが珍しいのか、初見の客だから警戒しているのか、宿屋の主が声を掛けてきた。機嫌が悪そうなのは恐らく成金女のせいだろう。




 パンツの話が出たのでフェリス達の下着を脱がす事が出来た種明かしをしよう。まずこれは聖呀が幼い頃から剣道場に通っていた事で【居合い】を習得していたからだ(パンツ抜き取るなんて最早別のスキルな気がするが…例えば【掏摸(スリ)】とか)。ではあの異常な移動速度は何かというと、履いていた靴から付与されたスキル【神速】、理由は運動会で大活躍のアレのシリーズだからだ。そりゃ曲がり易いよね…。

 つまり聖呀は自身のスキルに加アイテムを身に着ける事により一時的とはいえ、無限にスキルが使える事になる。まさにアイテム無双……。





―翌日―


「ワーッ!そっち行ったぞーーッ!」

「お兄ちゃん、こっち、こっちぃ!」


 朝から布の塊を追い掛けて子供達が走り回っている。その中心に居るのは聖呀だ。そんな状況を大人達は怪訝な表情して睨めつけていたり、手間が掛からずに助かったと思ったりしていた。


「何なんだ、あの少年は?黄色っぽい液体を入れた金筒の周りに水結晶をくっつけて布でグルグル巻きに固定したかと思うと突然転がして遊び始めるなんて……」


 仕入の為に出掛けていた宿屋の主が朝市で見掛けているので何かを買っているのは間違いなかったのだが、行動が謎過ぎだった。



「ハァ…ハァ…つ……疲れた〜」

「何だよ、兄ちゃん。だらし無いなぁ」

「あ〜楽しかったぁ。また遊んでね、バイバ〜イ」


 子供達はそれぞれの親元へ帰り、グッタリと大の字に横たわる聖呀の横を何処かで見た中年女性とやたら豪奢なローブを纏った老人とお付きらしい二人の男が通り過ぎる。


「お疲れのところ申し訳ありません。こちらです」

「あ…慌てさせんでくれ…ハァ…ハァ」


 少しでも急ごうとしているのだろうが完全にローブが邪魔をしている。まぁ、空気読まずにふん反り返るっている馬鹿よりましか。

 恐らくは会合から帰り着いた瞬間に引っ張って来られたのだろう、神様の使徒も大変だ。

 中年女性も我が子が危険な状態の時に大声あげて金の話をしていたクセに権力者には頭を下げて出迎えるのか……所詮は成金だな。貴族は決して頭をげないし、自分では動かない。




「奥様!奥様ぁーーッ!!」


 旅に同行していた使用人の一人が叫びながら慌てた様子で駆け寄って来る、何か有ったのだろうか?聖呀も気付かれないように付いていく。




「な……何故こんな……?」

「………な…何という事だ」


 その場の誰しもが驚愕した…いや、せざるをえなかった。

 母親とおぼしき中年女性、世話係、雇われた傭兵達、宿屋夫婦、そして司教さえもが目の前の光景を受け入れられずにいた。

 この離れには【イグニスの呪い】に苦しみ、死を待つばかりの子供がいる筈だった。だが現実は多少の疲れはあるものの、ベッドから起き上がり、何事も無かったようににこやかに微笑んでいたのだから。


「具合はもう良くなったのかな?」

「うん、もう大丈夫。知らないお兄ちゃんが助けてくれたから」

「……知らないお兄ちゃん?」


 司教の問い掛けに子供が説明したのはおおよそこの様な内容だった。


 ―朦朧とした意識の中、パタンと扉を閉める音がした。カタカタと何を置く音がしたかと思うと首筋にヒヤリとした何かが宛てられた。不快な冷たさでは無く、むしろ心地好いそれは焼かれたように熱い熱を吸い取っているようだった。

 それだけ熱い筈の身体のガタガタと凍えるような寒さも熱が下がると共に和らいでいった。

 部屋はポカポカと暖かく、僅かに湿気を帯びた空気のお陰で呼吸は楽になり、詰まるような感覚は無くなっていった。

 次に少年は優しく抱き起こすとコップ一杯の水を差し出した。その水は少しかわった味がしたが、飲み下す程に汗で水分を失った身体に拡がるように潤していった。

 最後に少年は取り出した麦の半分程の白い小さな石のような物を飲むように言った。それが何かは判らないが必要なものだと理解出来た。

 コクンと飲み込むと再びゆっくりとベッドに寝かせて


『明日になればきっと楽になってるから安心してお休み』


と言って部屋を出て行った。


―との事だった。


「良かったですね、そのお兄ちゃんの言う通りになって」


 司教が微笑むと子供も笑顔で頷いた。


 室内には世話係が持ち込んだであろう朝食が乗せれたワゴンと、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた水の入ったコップ。そして部屋の中央付近の台座に置かれた鍋。部屋が暖かいのはこれが理由だろう。まだ温かいお湯の中には火と水の結晶石が沈んでいた。


「…ちょっとお前さん、あの鍋」

「……ああ」


 この鍋は宿屋の備品であり、貸し出したのは一人しかいない。あの駆け出しの冒険者だ。


「ちぇ…結局、野郎のガキって事しか分かん無ぇんじゃん」


 腕に包帯を巻いた女傭兵が呆れたように頭の後ろで手を組んだ。


「もう、そんな事を言うものでは……って、貴女それは?」


 昨日、暴れかけた自分を征していたメンバーが指差した昨日に巻き直した包帯は部分的に紫色に染まっていた。


「…チッ、いつのまに。ま、どうせ取り替……」


 口は悪いが明るいムードメーカーな彼女が命懸けな戦いの最中ですら見せないような真剣な顔付きで自分の腕を睨みつけたかと思うと突然包帯を剥ぎ取った。

 違和感を感じたからだ……いや、正確にいうなら“違和感を感じない”事に違和感を感じたのだ。


「…な…何だよコレ?」


 そこには醜く爛れた火傷の疵があり、僅かに動かしただけで激痛が走る……だから腕を上げて組める訳が無かった……筈だった。

 だが包帯の下から現れたはのは叩かれた後のような赤い痣のみ。しかもそれさえ見る間に消え失せ、残ったのは火傷を負う前よりも綺麗な肌だった。


 誰もが己が目を疑った。この場にいる人間で治癒魔法を使えるのは司教のみ。その司教は子供との会話に集中しており、傭兵達には背中を向けているし火傷の事は知らない。司教の従者は外で見張りをしている。

 考えられる要因とすればこの包帯の紫色のシミ……。

 昨日の夕方、宿屋の主に包帯を巻いて貰った後、外には出ていない、そのまま寝身している。ではその間に何があった?理不尽な依頼者に殴り掛かろうとして仲間に……。


「「「……ッ!!!!」」」


“お湯を沸かすからと鍋を借りに来た者”

“擦れ違いざまにぶつかりそうになった者”

 ―そして…

“イグニスの呪いに苦しむ子供を助けた者”

 それらが今、一ツに繋がり、ある人物を浮かび上がらせる。


「あっ!お兄ちゃんッ!!」


 その思考時間を打ち破った子供の声に顔を上げると窓の向こうに件の少年が手を振っていた。


「よっ、具合はどう?」


 少年はまるで旧知の仲のような気軽さで室内の全員の視線を気にする事も無く、堂々と窓を乗り越えて入ってきて子供の額に手を当てた。


「良し!だいぶ熱も下がったみたいだな。食欲は?朝ご飯食べた?」


 少年の問い掛けに首を小さく横に振る。


「だろうな…、ちゃんと食べないと体力が回復しないぞ」

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