中途(半端)リアル(2)
ジャーキング(寝ている時にビクッてなるアレ)を起こしたように目覚めた聖呀が周りを見渡すと既に太陽が傾きかけていた。朝一番に出立した筈だから結構な時間を仮死状態で過ごしていたようだ。
ひょっとして夢だったのかもと思ったが、辺りの樹木は聖呀の世界の物と違うようだし、相変わらずあの馬鹿デカイ鳥みたいなのも飛んでいる。
「ハァ…」と溜め息を吐きながら右腕で額の汗を拭うと何やら白い物に視界を塞がれた。何だろうと両手で拡げると……。
【アイテム:女神のおパンちゅ】
《脱ぎたてホカホカ、匂い付き》
と、【スキル:アナライズ】が告げていた。どうやら突き落とされた時に咄嗟に掴んだのはコレらしい。
アストラル体だった筈が何故実体化しているかはさて置き、衣服なので当然装備可能のようだが、こんな物を被る趣味は無いのでリュックから取り出したジッパー付きの保存袋に空気を抜きつつ平らに入れて、後で売れるかもしれないと封印した。
見知らぬ場所で不用意に動き回るのも危険だが、このまま夜を迎える訳にもいかないのでテントを張るに適した場所を探す事にする。
暫く歩くと水の音が聞こえてきたのでそちらに向かうと川縁に出た。
綺麗な清流には魚が泳いでおり、半透明のウインドウに飲んでも問題無い事が表示されている。
「一応、アユミエルGJかな?」
川の右側を少し上がった所に固そうな岩の切り立った高い絶壁があり、その前にはそこそこ広い平らな場所があった。
ここならば背後を絶壁、右が川。そして前と左が森となるので魔獣の進入経路もある程度限定でき、テントを張っても充分に火をおこすスペースも確保出来そうなので今宵の宿とするには及第点だろう。
集めてきた落ち葉のクッションの上にテントを張って寝心地向上、川原から平たくて大きな石を持って来て小さなかまどを作る。念の為に時代劇で観た触れると音が鳴る仕掛けを施したロープを張り巡らせておこう。
こうして一通り準備を終えるとウインドウのアイコンがチカチカと点滅しているのに気付いた。タッチパネルのようにダブルクリックをすると新しいウインドウと共に三等身大にデフォルメされたアユミエルが現れた。
細長いウインドウには
《さあ、チュートリアルを始めるですヨ》
と書かれてあり、その横ではちびアユミエルが踊っている。
妙な既視感があるなと思ったら某電話会社D社のヒツジみたいなナビキャラなのだろう。
チュートリアルには幾つかの項目が並んでいた。
《アイテムを整理しよう》
《スキルを使ってみよう》
《武器を装備しよう》
《防具を装備しよう》
《アイテムを使ってみよう》
《敵と戦ってみよう》
などがあり、まずは一番最初の《アイテムを整理しよう》から始める事にした。アイテムを出す場合は必要なアイテム名をクリックすればいいのだが、収納する場合はどうするのかと、アイテムのウインドウと対象物を前後に重ねてクリックするか、アイテム欄空白部分に直接ほうり込むかだった。
万が一を考え別段無くなっても構わないどうでもいいアイテムを選んでほうり込んでみるとアイテム欄にちゃんと
[*女神のおパンちゅ]
と表記された。
安全が確認出来たのでサバイバルナイフや薬箱など、すぐに取り出せた方がいい物を別にしたリュックをウインドウに重ねてクリックした。
[*リュックサック⇒]
と表記されているのでリュックの中身を取り出す際はまた新しいウインドウが開くのだろう。
次に《スキルを使ってみよう》でお馴染みの【アナライズ】を使ってみて“ある事”に気付いたが取り敢えず今はスルー。
今度は《武器を装備しよう》と《防具を装備しよう》を試してみる。
サバイバルナイフのホルスターを腰のベルトに通し、ゴーグル型のサングラスを掛けるとアイテム欄から装備欄に移り、それぞれ
[E:サバイバルナイフ]
[E:サングラス]
という表記になり、
AP+30
DP+5
に増えていた。ちなみにサングラスには【魅了】や【混乱】などの精神系バッドステータスへの抵抗力UP付与があった。
さて…と、そろそろある項目に手を伸ばそうとしている挙動不審者に構ってやるとしよう。
「さっきから何してるのかな?ア・ユ・ミ・エ・ル」
「はわわ、何でバレ……ち、違うですヨ。私はただのナビキャラですヨー?」
頭を掴まれたね○どろ○どが短い手足を振って暴れながら必死に誤魔化している。
何でもナニも、アイテムのウインドウを移動させる度に追い掛けるようにアッチにうろうろ〜、コッチにうろうろ〜して、しかもスキル発動後はステータスウインドウが一緒について行ってるし。
「……も…」
「……も…?」
「……盲点だったですヨーーッ!!」
こっそりと自分のパンツを取り返そうとこんなチュートリアルまで仕組んだくせに、そのチュートリアルが原因でバレるとか…。もう苛立ちとか呆れとか通り越して哀れみと同情を感じ始めていた。ちなみに神々しさは最初から感じていない。
「あう〜、ス〜ス〜するのですヨ。風邪引いちゃうですヨ」
流石にいつまでもノーパンって訳にもいくまい。このダ女神に至っては自分が風邪を引いたまま悪化している事にすら気付かないで過ごしそうだ。
元の姿に戻ったアユミエルはモジモジと内股をすり合わせ、頬を紅潮させて上目遣いに訴えてこられると罪悪感を感じない訳ではない。全ての元凶が中身はともかく、観てくれだけは美少女なのだから。
「わ…分かったよ、返してあげるからちょっと待……」
「アリガトウなのですヨーーッ!!」
「……あ、コラ!?」
言葉途中なのに満面の笑みでウインドウに飛び込んでいくアユミエル、そうなれば必然的に……。
『はわわ、何事ですヨ?ここは何処ですヨ?出れ無くなったですヨー!?』
アイテムのウインドウに新たに追加された[*女神:アユミエル]という項目がカタカタと震えながら必死に叫んでいる姿は実にシュール窮まりなかった……。
「一時はどうなる事かと思ったですヨ…」
まさかのアイテム登録されてしまったアユミエルを無事取り出すと一緒にパンツも返却しておく。
「はぅ〜包まれているって、落ち着くですヨ〜」
見た目も中身もまんま幼児レベルの残念ダ女神に何の魅力も感じないが、目の前でパンツを穿かれると目のやり場に困ってしまう。
「う〜、アユミエル復活!復活のお知らせなのですヨーッ!!」
真っ平らな胸を張り、勢いよく両手を天に翳すアユミエル。聖呀は取り返しのつかない事をしてしまったのではないかと内心焦っていた。何故ならアユミエルがおとなしい方がこの世界の為な気がして仕方が無いのだから。
「安心したですヨ〜、ひょっとしたら私のパンツに顔を埋めてクンカクンカしながら一人で励んでいるんじゃないかとドキドキしてたですヨ」
ピキッ…と頬を引き攣らせた聖呀の右手がゆっくりと上がるのを見たアユミエルの顔が蒼白に変わり、両手でお尻を隠す。
「ご…ごめんなさいですヨ、調子こいたですヨ。これ以上叩かれたら違う世界の扉が開いちゃうですヨー!!」
渡界境門が閉ざされた今、アユミエルの言う“違う世界”とはおそらく趣味嗜好の事ではとの推測出来るのだが、そんな扉を開かれても迷惑なだけなので怒りを無理矢理抑え込んで右手を下ろした。
「助かったですヨ…、実は少し気持ち良くなりかけてたですヨ」
……既に手遅れだったのかもしれない。
パチ…パチパチ…
誰かの所為で少し遅くなってしまったが夕食となった。メニューは簡単にあらかじめ家で握ってきたお握り3個と豚汁、野菜などもカットしておいたので手早く出来る。
山では街中よりも早く日が沈んでしまう、森の中なら尚更だ。これは聖呀のこれまでの経験から学んだ事で、特に誰かに教わった訳ではない。
別に時間を掛けてもよいのだが、ここは聖呀が暮らしていたのとは別の世界、不測の事態に対応する為にも準備は必要だ。明日の分のお握りも用意しておかねば。
「いただきます」
全てに感謝を捧げて一口頬張る。塩気が全体に馴染んでいて、お米の甘さを引き立てている。具はお婆ちゃんが送ってくれた自家製の梅干し。個人的に人気のツナマヨなんかは邪道だと思っている。
口の中のご飯が少なくなってきたら豚汁を啜る。味噌もお婆ちゃん家の手作り、塩分は控え目にしてもらっている。
名前こそアレだが、聖呀は日本人に生まれて良かったと思う。そんな聖呀を凝視する者がいた。件のダ女神、アユミエルだ。
「今、食べてるその白いのは何ですヨ?」
「コレ?お握りっていって、炊いた米を塩を降って握った食べ物だよ」
フ〜ン…、と生返事をして凝視している。
「ちなみに神様に供物を捧げると良い事があるらしいですヨ」
「ヘェ〜、でも我が家は代々仏教徒だから関係ないかな」
2個めのお握りを掴んだ頃にはだらし無く開かれた口許から涎を垂らしつつ何度も聖呀の口とお握りを交互に見詰めていた。
「ハッ!?今、天啓が降りたですヨ、私にお握りを捧げないと大いなる禍に巻き込まれるですヨ!」
「天啓が降りた…って、貴女が降ろす側だろうが!サラッと脅迫してんじゃ無ぇよ!大体、禍ならとっくに巻き込まれてるんだよ。貴女自身によってな!」
実の所、聖呀にはアユミエルが何を言いたいかは解っている。だが、他人に要求するならちゃんとお願いするのが筋だという考えなので察してやらない。女性、ましてや神様となれば大人しく従っていると調子こいて図に乗ってしまうからだ。
「あう…お腹空いたのでお握りくださいですヨ…」
最後の1個を手渡すと瞳をキラキラさせてパクついた。「美味しいですヨ」だの「酸っぱいですヨ」だのと騒がしい姿は最早ただの子供にしか見えない。
予備のマグカップに入れた豚汁も渡そうとした時、ある疑問がわいた。
「何で普通に食べられるんだ?」
アストラル体なら物質をすり抜けてしまう筈、そういえばナビキャラ化してた時も掴めていたような……。
「実体化すれば問題無いですヨ?」
「ああ、そうなんだ…」