悪夢
「良く来てくれたデロ。我輩がストーレン支部長のデーロスだデロ」
「秘書のヴァイアでございます」
如何にも好色そうな脂肪……もとい、海象の獣人が椅子に座って踏ん反り返っていた。その横には分厚い手帳を抱えた色気過多な女性が立っている。うわぁ…如何にもな組合せだ。
「ご用件は何でしょう?」
「…ヴァイア君」
「ハイ、支部長。聖呀さんも既にご存知と思いますが、ここストーレンでは最近出没し始めた海竜により大変な被害を受けております。………もう、支部長ったらン!」
バゴッ!
机で死角になっているが、どうやら秘書のお尻を触ったらしい。というか、あの分厚い手帳はツッコミ用の対セクハラ兵装だったのか……。
「痛ぅ…という訳で、不死の魔獣群を退け、巨大な魔犬をも手懐けたという手腕を我輩に貸して欲しいのデロ」
(成る程……、他人の功績を横取りして成り上がったタイプのクソ野郎か…。本当の意味での支部長は横の乳尻だな)
そう直感した蒼天の嵐のメンバーは呆れたように蔑んだ視線に変わった。また聖呀も違う理由で同じ表情を向けた。衿元を捩上げたダ女神に……。
理由は聖呀とアユミエルにしか見えない【アナライズ】のウインドウ。デーロスは見た目通りクズそのものだったが、問題は隣のヴァイアだった。
【ヴァイア】
ジョブ:秘書(海竜王女)
性 別:女性
・
(中略)
・
性 格:傲慢・狡猾
追 記:主犯なのですヨ
「・・・・・」
折角買ってきたミステリー本なのに「それ面白いよな〜、特に犯人の○○のトリックが××でさ〜」された気分だ。ネタバレにも程がある…。
「という訳で宜しく頼むデロ」
「お願いしますわ」
「承知しました」
バチバチィッ!
聖呀達の姿が闇に包まれた。
「どうしょうも無ぇバカだなコイツ…」
「いい気味ですわ」
「クズはやっぱクズだな」
「自業自得です」
「………下衆」
散々な言われ様だが仕方あるまい。聖呀と握手している時なら報復は出来まいと踏んだデーロスがスリットの隙間から手を忍ばせた為、一緒にスタンガンの電撃を喰らったのだ。
聖呀の指示で支部長室内を調べたら所有ところから出るわ出るわの証拠の数々。
贈収賄に横領、書類の改竄、密輸に横流しと不正のオンパレードだ。勿論、聖呀の【アナライズ】が切っ掛けなのだが、隠し扉や二重底や床下収納から二重帳簿や禁制品や大人な玩具的な物まで発見された。全て巧妙に隠蔽されて施錠や封印されていたが、流石は元盗賊ギルド所属のフェリス達。それらをいとも簡単に看破してしまったのだ。
まずデーロスのステータスを見た時、死活問題に直面している筈なのに装備品が無駄に高価な高級品ばかりだった。次に町ごと宿酔いできる程に酒だけは充分に流通していた事だ。
部下の内部告発という証言も得て、ギルド本部へと報告した。すぐに王都直属の騎士団が地下牢で芋虫のように縛られたデーロスの身柄を引き取りにくるだろう。聖呀の名で出てる以上、隊長は不死の魔獣討伐の時と同一人物に違いない。
次に主犯のヴァイアだが……。
「放せ、下郎!妾を誰だと心得る!?この様な仕打ち、ただでは済まさぬぞ!」
「海底王城ヴァティスの王女で海竜騒動の主犯、海竜そのものだろ。だから何?」
丁度、堅牢な地下の一室にデーロスの趣味部屋があったので使わせて貰う事にした。手足に枷を嵌められた状態でXの字の磔台に繋がれたまま部屋の真ん中で怒声を上げているヴァイアの上着の裾と腰巻きのスリットからはそれぞれ2本と1本コードが伸びており、聖呀の手元の機械に繋がっている。
「……ッ!?」
「ああ、ごめんなさい。俺“視える”タイプなんですよ。だからあの茶番で笑いを堪えるのが大変で……」
人化は完璧だった。喉の逆鱗も化粧で誤魔化してスカーフで隠した。なのにこの少年は“視える”という理由だけで看破した。……そうだ“視える”だけ。
「では何も証明出来まい。ならば即座にこの戒めを解き、妾の身体に触れた非礼、その身で購うが良い!」
「だから貴女から自供して頂こうと思いまして」
「フザケる……ギャアアアッ!?」
ヴァイアの身体が弾かれたように反り返る。
「ハァ…ハァ……な、何じゃ今のは?貴様、妾に何をした!?」
小刻みに身体が震え、背中に冷たい汗が伝う。
「低周波治療器ですよ。主に肩や背中、腰などの凝りを解すのに使います」
「たわけがッ!これの何処が“背中”と“腰”じゃああああああああッ!!」
「いや、だって“後ろ”は磔台が邪魔で……」
位置的には大体合ってる。ただそれが背後では無く、前面の突起がある3ヶ所なだけで……。
ご存知の通り、低周波治療器とはパッドから微弱な電気信号を送り、皮膚下3〜5ミリで拡散した信号が筋肉を弛緩促すが表面をピリピリとした刺激が走る。
また強くするとグワッと握り潰すような痛みを感じる場合がある。そんな物を繊細で敏感な部分に使われでもしたら……。
で、使った結果がこちらになります。
「ギヒイイイイイイイイイイイィィィィッ!?」
「アフェヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
「ウォブワォデキョグェビォグヮフヒェベヘォォォォ!!!!」
「∞∴♂℃§@*&◆△◇%¢∞○¥!!!!!!!!!!」
最初は高飛車に構えていた彼女も途中から「ヤメテ」「お願い」「赦して」に変わり、仕舞いには両方付いてるエロゲのキャラみたいな口調になり、否定も肯定も関係無く、ヴァイアが一言発する度にスイッチを入れるものだから最後には言語なのかすら怪しくなっていく。
甲板に釣り上げられた魚のようにビッタンビッタン跳ねる度に涎だか泡だか汗だかが飛び散り、絶頂を迎える毎にプシャーーーッ!と鯨のように何度も潮を噴いていた。
「アヒェ…あヒェひェ……」
最早ヴァイアに事件の黒幕である不遜さも海竜王女の尊大さも感じられない。
最後の一線を越えぬものの、段々お仕置きが鬼畜になっていく聖呀に「もしかして人選ミスったですヨ?」と今更な疑問を抱くダ女神がいた。
―ストーレン支部執務室―
「……つまりそれが原因か」
「御意、主様」
漁師に次々と奪われていく海の生物を嘆き、戦を起こす為、人間の世界に忍び込んだものの、チヤホヤされる事に快楽を見出だしてしまったヴァイアは贅沢という麻薬に酔い、己を失ってしまっていた。気が付けばロクデナシの支部長の不正の片棒を担ぐ事を辞められなくなっていた。
「漁船は出港出来無くして、密輸船は沖で停泊、小船で目立たない海岸に接岸か……」
対海竜討伐作戦の立案者の一人がご本人じゃ筒抜け以前の問題だわな……。
そんなやり取りをジッと見詰める5人と1柱。フラフラな状態で支えられる…というか、腕を組んで縋り付くような状態で地下室から出て来た二人を見て
(この野郎、またヤリやがったな……)
と思った。そして目一杯その撓わな膨らみを押し付けてアピるヴァイアに
(可哀相に……、無意味な事を)
と同情するのだった。
「それでは主様、寂しゅうございますが、ご壮健で……」
深々と頭を下げる海竜王女。これからストーレン代表と共に王都へと向かい、漁獲量の調整を行う事になる。数々の不正や海竜出現問題の罪はセクハラ親父一人におっ被せた。そもそも評判が悪く、信用の無い男だ。何を言った処で保身の為の出任せと思われるだろう。
そしてヴァイアはお忍びで遊びに来ていた処を拉致され脅されていた事にした。不審に思うものもいるだろうが、世の中表が在れば裏が在る。それで全てが上手く廻るならその方がいい、互いの面目も保たれるし、ことを荒立てても誰も得をしないのだから。
一般人には聖呀達が海竜を宥め鎮めた事になっている。漁業ギルドや商業ギルドからは感謝されたし、甘い汁を啜っていたであろう連中にはデーロスの失脚は“明日は我が身”、充分に抑制力となるだろう。ならなければ潰すだけだ。
《ソウダ……ツブセバイインダ…》
何かが聴こえたきがしたが、酷い頭痛がし始めた聖呀にその声は届かなかった。
「大丈夫か、聖呀?大分顔色が悪いようだが……」
《………潰セ》
《………壊セ!》
《………破壊セヨ!!》
「煩いッ!!俺の頭ン中で喚くンじゃ無エエエエエエエエッ!!!!」
「「「「「せ……聖呀ッ!?」」」」」
肩に手を置こうとしたフェリスが咄嗟に跳び退き、パーティーメンバー全員が反射的に各々の武器に手を掛けていた。
ハァ…ハァ…と息も粗く、全身は汗でびっしょり濡れていた。顔も蒼白で、眼は見開かれてはいるがその焦点は合っていない。
「……あ…悪い。宿で休んでくる…」
ツッコミで叫ぶ事はあってもこれ程豹変したのを見た事は無い。性癖に問題はあるが基本的にはヘタレでお人好しだと知っている。
「何でぃ、アイツ……」
「疲れているんでしょうか?」
「………溜まってる?」
「ご主人様……」
フラフラと危なげに歩く背中を見送るしか出来なかった。
バタン…
「どうかしたですヨ?」
「何でも無い……暫く一人にしてくれ…」
部屋に入るなり簡素な造りのベッドに倒れ込んだ聖呀はそのまま意識を手放した。
……疲れている?いきなり訳の分からない世界に迷い込んで、色々な事に巻き込まれて、それ以外は歩き通し、疲れない訳がない。
だがそんな表層的なものでは無い。もっと内面的で混沌としたもの。這い寄るような、粘つくような得体のしれないものだ。
ガサガサガサガサ…
ピシャビシャビシャ…
『ハァ…ハァ…ハァ…』
もうどれくらい走っただろう?行く手を阻む低木の枝、脚に絡まる草、泥濘るんだ地面が足を掬う。
『クソッ……何なんだよ!』
見えない何かが絡み付いてくる。縋り寄ってくる。振り払っても振り払ってもまた近付いてくる。這い寄ってくる。ヌメりのある触手のようで。悪意を持つ人の手のようで。いくつも、いくつも……。
「やめろおおおおおおおおおおおーーーーーーッ!!」
全力で走り続けたように全身汗でびっしょりだった。吐き戻しそうな程の不快感と頭痛、そして異常なまでの疲労……。まるで本当に全力で走り続けたようだ。
「ハァ…ハァ…ゆ…夢か……」
「目覚めましたですヨ?」
見渡すと石造りの壁と簡素な家具が置いてあった真っ黒な草も木も湿地も無い。窓から射す日も部屋を明るく照らしていて、暗闇など無い。
傍らには幼児では無く、本来のサイズに戻ったアユミエルが水を張った桶を持って立っていた。あの王都の謁見の間で見た大人の姿だ。
「身体…拭くですヨ」
アユミエルの持つタオルが汗を拭う度に肌表面だけでは無く、穢れそのものが拭われていくようだ。
淡々と作業を続けるアユミエルは恥じらっているというより、むしろ落ち込んでいるようだ。
「赦して欲しいですヨ…、きっと聖呀の変調は私の所為ですヨ」
聖呀に能えられたスキルは【能力の超強化】。聖呀が持ち込んだアイテムが凄いのでは無く、聖呀が使うからトンデモナイ能力が付与され発揮される。だがそれは“薬”であると同時に“毒”でもあった。
【能力の超強化】を使う度に“女性という生き物の言動への鬱積”と“破壊衝動”、つまり聖呀が抱えていた“心の闇”までも強化してしまっていた。それは過激化する“お仕置き”が証明している。
そして今、聖呀は正と負の心が互いに鬩ぎ合っている不安定な状態であり、知らぬ間に自分自身への大きな負荷となっていた。
「だからもう良いですヨ…。一ツだけ聖呀の世界に還る方法が在るのですヨ」
それはアユミエルの神威の全てを使い、自身が《渡界境門》の鍵となる事。それはアユミエルという存在が消失する事であり、管理者を失った世界は……。
「だ…だけどそれじゃあ…」
「直ぐのすぐそうなるという訳では無いですヨ。ただ聖呀が壊れればこの世界も……」
ならば聖呀だけでも助かる方がいい。そう目一杯の微笑みを浮かべて……。
「そうだ!確か聖呀の板みたいな魔道具は時間を切り取れたですヨ?写すですヨ」
「時間を?」
カメラアプリの事だと気付いた聖呀は頬が触れる程くっついてきたアユミエルと共に自分にレンズを向けた。
「ホラ、笑うですヨ。“笑う角には服着たる”ですヨ」
「それは“つの”じゃなくて“かど”だよ!その鬼は裸なのかよ!それと“福来たる”だよ」
つい反射的に突っ込んでしまった聖呀は頬を染め、顔を逸らしてしまう。
「それでイイですヨ。その方がらしいですヨ」
頬を挟んだ両手に無理矢理振り向かされた聖呀の視界がアユミエルだけになる。そして唇に柔らかな温もりが……。
パシャッ!
「………サヨナラ。有難うですヨ」
トン!……と突き飛ばされたのに背中は壁や床とぶつからない。ただ落ちていくような、吸い込まれるような浮遊感。
「ま……待って……」
闇に包まれ小さくなっていく円形の窓、手を振る涙目の笑顔が光の粒となり………消えた。
「…………………ッ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オハヨー」
「おはにゃー」
聖呀が再び登校を始めて3日め、いつもと変わらぬ風景だ。初日はアレコレと聞かれて騒がしかったものの、もう興味は無いらしい。
登山に向かった日の夕方、スマホの呼び出し音で登山道の脇に倒れていたのを発見された聖呀は救急隊に搬送され麓の街の病院で1週間入院した。幸い大した怪我も無く、精密検査でも問題は無かった。
ただどうして倒れていたかは分からない。恐らくは上の道から足を踏み外して滑り落ちたのだろうとの見解だった。そしてもう一ツ、僅か2週間ほどだが異世界で過ごした記憶も失っていた。
「結月く〜ん、悪いんだけどまた昼休みに手伝ってぇ〜」
猫撫で声で甘えてくるクラスの女子。
「ええ、“俺”で良ければ」
いつも通りの営業スマイル、だがその僅かな差異に女子は気付いていない。そして教室の隅で「相変わらずチョロイよね〜」と嘲笑っているのが聴こえている事にも……。
―視聴覚室―
呼び出しを受けた通り、昼休みに視聴覚室を訪れたが誰もいない。何をするかは聞いていないので暫く待つ事にした。
「いやぁ〜、遅れちゃったぁ。先生にさぁ、ロールスクリーンとプロジェクターとか片付けておくよう言われたんだけど、友達と約束有ったんだよね〜。って事で、後ヨロシクね〜」
呼び出しておいて遅れた上に、謝る処か全て聖呀に押し付けて去ろうとする女子の襟首を掴み引き擦り込む。
「ッチョ!?何すんのよ、痛いじゃないッ!」
だが、自分を見下ろす聖呀の眼が異常に冷たい事に気付いた。
胸倉を掴まれ、無理矢理立ち上がらされ、壁際に追いやられる。
ドンッ!!
耳のすぐ傍の壁に聖呀の腕が突き立てられた。