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ダ女神と悪執事の救世術  作者: 式神 影人
17/21

酔客共の港《ストーレン》

 

 

「……む〜〜〜」


 さっきからダリアが頻りに腰の辺りを気にしている。


「どうしたんだよ、妙に落ち着かないじゃ無ぇか」


 答えはない、ただ細めた眼で聖呀を睨め付けている。他のメンバーと違い、何枚も重ね穿きしているので違和感は生じ易いかもしれない。心当たりが無いとばかりに顎に手をもっていき、ドヤ顔でポーズを決めたら「……ハン」と蔑まれた。


「だがよう、何でアタシらはあんな所で寝てたんた?」

「何かトラップでもあったのでしょうか…」

「衝撃的な事があった気がするんだけどなぁ」

「身体中痛いです」

「…………」


 どうやら覚えていないらしい。それならそれでいい、全ては聖呀のスマホだけが知っている。何故かまたダリアが聖呀の方を睨んでいるが、その事に関して聖呀は無実だ。ただその後、“写した”だけで…。


 …だって証拠は必要だしねw。


 残念ながら“壮行会”に参加出来なかった彼女達には理由は判らないだろう。それはこの世界にやって来てアユミエルに出逢った自分の役目なのだから。





 ―北の湯治場―



 フローザンでの確認作業を終え、冒険者ギルドに達成報告をした聖呀達はアイジアに戻ってきていた。

 温泉が湧いているのに入らないのは日本人として生まれた甲斐が無いというもの。

 報酬も結構な額だったので、どうせならとギルド直営宿に町から外れた部屋付きの秘湯を教えて貰う事にしたのだが、窓口職員は何やらニタニタと笑いながら「お好きですねぇ、コノコノ〜」と突いてきた。

 確かに風呂は好きだし、騒がしいよりゆっくりと情緒に浸りたい。なので貸し切りなのはとても有り難い。

 決して“ぼっち”だからとか、“自信が無い”という理由では無い。風呂は騒ぐ場所では無いのだと独りごちる。




 研究所などの“居残っていた方々”が無事旅立たれて安全が確認出来たのでギルドから鑑定士が派遣され、差し押さえられた資産は被害への補償に充てられる事だろう。

 問題はこの北の地でも食料の減少により魔獣達が人里付近にまで現れ、畑や家畜に被害が出始めている事だ。

 自分に何が出来、何をせねばならないか、聖呀は湯に浮かべたお盆の盃を手にそう思うのだった。


 何だろう?妙に脱衣所の方が騒がしい。熊か猿でもやって来たねだろうか?念の為に脱いだ服も全てアイテム欄に収納してある。脱衣所にあるのはバスタオルくらいだ。

 折角不便で人が来ない露天風呂を教えて貰ったのに台無しじゃないか。何処にでもマナーをしらない人はいるらしい。



「……ちょ…待…」

「…流石に……ってば…」

「…大丈……しな……」

「あな……しますよ」


 どうやら複数名らしい、ならまぁテンションも上がるか。嫌な予感はするが……。


 そしてパーティション(仕切り)の向こうから現れたのは…、


「おぅ、邪魔するぜ!」

「湯浴み着くらい着ろおおおおおおおっ!」


 手桶がフェリスの顔面にクリーンヒットした。いくら護衛とはいえ、風呂にまで乱入してくるのは如何なものか。


「痛てて…、そう照れんなよ。可愛い奴だなぁ」

「せめて隠せ!あと男湯に堂々と入って来んな!」

「そうですわよ。女性たる者、慎みを持たねば」


 流石はこの傭兵ギルド【蒼天の嵐】にて唯一の常識人、高貴なエルフにして聖職者のアスタシアだ。


「男性から“覗く”“脱がす”“破る”の愉しみを奪ってはいけませんわ」

「…………」


 その服の中身と同じくらい頭の中も怪しからん人だった。



「大体、何処の世界に素っ裸で仁王立ちする馬鹿が居るんだよ」

「え〜、別に良いだろ?女は最初から隠れてんだし…」

「意味解ん無ぇよ!」

「つまり、女“の”ってのはな、こう肉の間の奥に……」

「そっちの意味じゃ無ええええええッ!」


 折角脱衣所に連れ戻してアスタシアとダリアが無理矢理着せた湯浴み着なのに拡げて見せようとするな!あと近い。何故隣に座る?


 脱衣所との仕切りの向こうに隠れていたリンクスとティコを強引に引きずり出すと湯の中に放り投げ、ダリアを小脇に抱えたまま、アスタシアの腕を掴んで飛び込んでいったので間欠泉のように飛沫が上がった。お陰で辺りがビショビショだ。ちなみにフェリス以外の4人は反対側で固まって湯に浸かっている。




「フゥ…、いい気持ちだぜ。ところで面白い事してんな」

「ああ、俺んとこの風習で“雪見酒”っていうんだ」


 酒というワードに反応したフェリスは聖呀からお銚子を引ったくり、いっきに飲み干した。


「……何でぇ、果実水じゃ無ぇか」


 未成年だから仕方ないだろとぼやいてみたが“成人”の定義が無い為か首を傾げていた。


「汗をかいた分の水分補給だからこれで良いんだよ」

「……チッ、ツマンネ」


 だが何故か微かに酒の匂いがする。何処からだろうと見回すと湯に浮かんだ桶の中でダ女神が一杯やっていた。道理でたまに量が減っていると思った。


 

 

「何ですかソレ?とても美味しそうな香りですが…」


 日本酒の匂いに誘われたのか向こうの4人までが近寄ってきた。


「米を発酵させて造った酒だよ。料理用に持って来ただけだから量は無いよ」


 と言ってあるのに勝手にやり始めた。


「美味え!」

「初めはピリッと辛口、そして仄かな甘さが…」

「何だよ、こんなイイ物隠してやがって、ケチンボ!」

「美味しいです、ご主人様」

「………イイ」


 900mlしかないのであっという間に無くなってしまった。


「らい丈夫らのれふヨ、聖呀が錬へいひてくれるのれふヨ」


 サイズに合わせて少量で出来上がったダ女神が呂律の回らない舌で安請け合いしている。


「無理だよ!」


 そもそも米だけで作る物じゃない。麹箘が無いし、牛乳だけでヨーグルトは錬成出来なかったので発酵物は不可なんだろう。


「「「「「何だってぇッ!?どうにか出来ないの(ですか)かよ〜〜」」」」」」


 完全に味をしめてしまった暴食の従達は眼を見開いて迫って来る。顔がほんのりと赤いし、息が酒臭い。湯に浸かりながら呑んだ為、いっきに廻ってしまったようだ。

 よく見ると湯浴み着が濡れて薄く肌が透けている。何というか色々と浮いてたり、へこんでたり、盛り上がってたり、色が違ってたりと大変宜しくない。


(うわっ!?むしろ全裸よりエロい!)


 流石に刺激が強過ぎる、なまじお湯に浸かっているから余計血の巡りが良過ぎてしまう。

 どうにか出来ないかと辺りを見回すと看板が目に入った。



【子宝の湯】



「ギルド宿の受付がやたらニヤニヤしてた理由はコレかーーーーーーーッ!!」


 思わず絶叫した聖呀の声は山々に木霊するのだった。


「ヒドイれす聖呀しゃん、ワタクヒ達をこんなにひておいへ」

「そうらぜ、アタヒ等はもうお前(の料理)無しじゃ生きていへ無へ」

「アレか?タラらからラメなのか?出ふモノ出へば出ひへふれるのか?」

「解りまひた、ご主ひんはまのお望みれひはら…」

「………ひょう売りょう手め」


 それぞれ病院の検査服のような湯浴み着の結び目を解いて肩を出し、摘んだ裾を口に啣える。

 妖しく瞳を潤ませ、艶やかや唇を近付け、縋るように肢体を寄せ、艶めかしく手を滑らせてくる。


「出すモノって、ソッチかッ!?」


 温泉成分に媚薬効果でも混ざっているのか?早めに出なければ色々危ない。

 這うように後退ると遂に押し倒されてしまった。手足はそれぞれ押さえ込むように座り込まれ、擦り付けられる何かが言い表し難い感触を伝える。フェリスが背中向けでマウントポジションを取り、身体を押し付けるように俯せになると遂に腰のタオルに手が……。




「「「「「…………zzz」」」」」



「………寝やがった」


 日本酒は聖呀の世界の物である為、その効力は異常に高い。なのでこんな少量で酩酊してしまったのだろう。しかし湯の中は温かいがここは露天の洗い場だ。周りには雪も積もっている。このままでは風邪をひいてしまう。

 聖呀は“ゾリ…”や “ヌチ…”という感触を頭の隅に追いやり手足を抜くと覆い被さっているフェリスを横にずらし、一人ひとり脱衣所まで運んでバスタオルらしき布を掛けていった。

 勿論、用意されていた火の結晶石を発動させて脱衣所内を暖房する。ちなみに元凶のアユミエルはアイテム欄に放り込んだ。


 濡れた身体を手早く拭うと私服に着替えて離れの部屋に戻る。流石に女性とはいえ5人もの人間を運ぶのは疲労が半端じゃないので水の結晶石を利用した冷蔵庫の栄養剤を飲む事にした。


〔ギンギン(グレート)

〔ビンビン(ハイパー)


「…………|||」


 今、一番効いて欲しく無い処にしか効かなそうなのでそのまま扉を閉じた。しかも手書きのPOPには《HEY!ブラザー、マッスルドッキングだ!!》と記されていた。……訳が解らない。

 この北の地には少子化問題でも起きているのだろうか?



 離れなだけあって簡単な調理場も備え付けられていたので、目が覚めたら二日酔いでも食べられそうなお粥を作ったが、これが聖呀に更なる悲劇を呼ぶ事になるとは想像だにしなかっただろう。

 日本酒は米で出来ている、お粥も米だ。体内で混ざりあって更に発酵し、丸一日色ボケな酔っ払いと格闘する羽目になってしまうのだった。




―翌日―


 チェックアウトの手続きに向かう間、町の人々からドン引きされてしまった。完全に二日酔いな【蒼天の嵐】メンバーが真っ青な顔で生気無くユラユラと歩く様は例の不死の魔獣群を彷彿とさせたからだ。


「ゥエ〜〜、気持ち悪ぃ〜〜」

「頭がガンガンしますわ〜〜」


 隈の出来た虚ろな目、ダラリと下げた腕、背中を丸めて脚を引き擦るように歩くので本当に屍人のようだ。皆、それぞれに折角の美人なのに台無しだ。


 

 

「でもこの状態も馴れれば中々……」

「ぁぁ……暫くは酒の匂いも嗅ぎたく無ぇ……」

「………ウップ」


 何故自分達が脱衣所で半裸のまま寝ていたか聞く余裕も無いのだろう。


「勝手に全部飲んじゃうからですよ」


 押し倒しにかかる酔っ払い達を躱しながら看病し続けた聖呀も心なしか元気が無い。


「でもよぉ〜、酔っ払ってたとはいえ、乗っかってきた女を何で拒否るかね〜」

「女としてのプライドがズタズタですわ……」

「テメェ…マジでソッチ系じゃ無ぇのか?」

「………ウップ」


「酔っ払いに跨がられて腰なんて振られた後の事なんて考えたく無ぇよ…」


「「「「「………ウップ」」」」」



 きっとマーライオン宛らの水流ショーを齧り付きで見させられた事だろう。縦四方固めの状態で助かった、恋人のように抱き合う形だったら誘惑と衝動に負けていたに違いない。

 だから一人の時間が欲しい、“単独行動”をさせてくれ。聖呀とて齢17歳の健康過ぎる程健康で性春真っ盛りな男の子なのだ。

 本音を言えばしたい。だが、自分は異世界の人間、いつか帰れる日が来るだろう。その時に(しからみ)は残しておきたくない。無責任にはなれないと考えてしまう。





 アイジアを旅立った聖呀達は南では無く、西に向かっている。目的地はストーレンという町だ。ここは海沿いの町で当然漁業が盛んである。近くに大きめの河もある為、塩水・淡水にかかわらず魚介類の宝庫だ。また交易の拠点でもあり、様々な種族がごった返している。当然、気性が荒い者も多く、他の町と比べるとあまり治安も良くない。




―海沿いの町ストーレン―


「スイマセン、こっちの小さな二枚貝はお幾らですか?」


 鮮魚店横の路地に山と積まれた箱の横にぞんざいに扱われた小さな黒い貝が分別されていた。それを買いたいという客に店主はポカンと口を開けた。


「いや、欲しいってなら持ってってくれて良いが、見た通り小さくて身が少ないし、食っても砂だらけで美味く無いぞ?」


 川底に居る海老や魚を大きな巻き貝を採る際に結構な量が入ってくる。ここでは邪魔物扱いされる事が多いがそれこそが聖呀が探していた物だ。


「大丈夫です、ちゃんと砂出しするんで」


 ホクホク顔の聖呀はフェリス達にも手伝って貰い、相当量の蜆をギルド直営宿に持ち帰った。

 食堂で使ってない大きな寸胴を借りると水を張って蜆を投入、次に塩を一掴み混ぜ入れた。


「何だよソレ、幾らアタシ等でも石は食え無ぇぞ?……ゥェ…」

「そ…そうですわ、ゥプ…」


 あれから二日も経っているのにまだ酒が残っているメンバー達は野生の魔獣達との戦闘でも本領を発揮出来ず、少々困った事になっていた。

 町に着いてもいつもみたいに酒場や食堂に直行せず、宿のロビーでグッタリしている。

 しかも何故か人々も皆元気が無く、町自体に活気が無かった。


 本来なら一晩置かねばならないが、流石は聖呀の世界の塩。あっという間に砂出しは完了してしまった。取り出した蜆を綺麗に水洗いして再び洗った寸胴へ。水から炊き上げると汁が淡く白色を帯びていく。

 それを大きめの二つの鍋に取り分け、片方に塩と念の為別に分けていた酒を少しと白出汁と刻みネギ、もう一つの鍋には塩の代わりに味噌を溶いて刻みネギを散らした。蜆のお吸い物と味噌汁の完成である。ちなみにティコとリンクスはネギ抜きにした。


「ホラ、好きな方を飲んで。二日酔いに効くから。でもこれで解ったろ?俺の持ち物はここじゃ効力が高過ぎるんだ、もう勝手な事はするなよ」

「ぅう…有り難え…」

「本当にごめんなさい、助かります」

「ふぅ…身体が洗われるみてぇだ」

「ご主人様の優しい味がします」「………身は食えるのか?」


 結局、両方飲んでいたが、やはり味噌汁の方が磯臭さが抑えられる分、飲み易かったようだ。

 その様子を見ていた褐色の肌の厳ついオッサンが近寄ってきた。


「済まねぇ兄ちゃん、悪ぃがその汁を俺にも分けてくれねぇか……」

「………?」


 ドルスと名乗った男は代々漁師をしている漁業ギルドの長だが、最近沖に海竜が出没するようになり、船を出せ無くなったとの事。なので毎日酒を呑んで過ごすしか無く、二日酔いに迎え酒の日々だったようだ。


「それで冒険者ギルドに討伐依頼を出そうと?」

「いや、出したのは出したんだが、何故か討伐隊が出航した日に出没しなかったり、霧が出たりでな、成果が上がん無ぇ。このままじゃこの町そのものが潰れちまわぁ」


 漁業と交易で成り立つストーレンで海に出られないのは死活問題だ。そう言えば鮮魚店に並んでいたのは殆ど河川で採れる物ばかりだった気がする。岸壁で釣れる魚もあったが圧倒的に少ない。


(待てよ?だから砂糖であれ程の過剰反応していたのか……)


 聖呀は成金貴族夫人と窃盗団のダーナを思い出していた。現状では大陸を大きく迂回して東の港町から陸路を使う遠回りの道しか残っていなかった。その場合、日数が遥かにかかるので運送料だけで無く、関税や護衛にかかる費用、そして事故の危険性が桁違いに高くなるだろう。


「こちらに結月 聖呀さんはいらっしゃいますか?」


 災難はいつも御丁寧に向こうからおいで下さるようだ…。


「ハイ、俺です」


 聖呀とその愉快な仲間は冒険者ギルドに向かう事にした。






 何故か列をなしてシジミ汁の配給の順番を待つ酔っ払い(ストーレンの人)共の処理が済んでからね……。

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