森の中の惨劇
「それはオニギリっていうご主…聖呀さんの故郷の食べ物です」
「鬼斬り?」
流石は傭兵ギルド、物騒な空耳だが験をかつぐ意味で食べられる地方もあるので強ち間違ってはいない。
「ほんのり塩味なんですが食べている内に甘味が感じられて……」
ティコは一度食べた事があるのを思い出したのかトロ〜ンと瞳を潤ませ恍惚としている。
(調教と餌付けのコンボ……やりますわね!)
アスタシアが瞳を妖しく輝かせてサムズアップしたのを誰も気付かなかった。何故なら皆の視線はアユミエルの持つオニギリに集中していたからだ。
ゴクッ……
「……なぁ、この“オニギリ”っての、もう無いのか?」
リンクスの瞳孔が縦長になり、獲物を狙う獣のような気配を発し始めているのに気付いたアユミエルは慌てて聖呀の後ろに隠れると物凄い早さで口に詰め込んだ。
「いや、無くは無いけど……この人数分は……」
いくらアユミエルが居るとはいえ、聖呀は一人パーティーなので一食に付き3個+小3個、飯盒で炊けるご飯も多くて4合が適量だ。一応予備としてもう一食分作ってはあるが、そうなると一人につき1個。とてもじゃないが足りない。
「…ちなみに皆さんの食料は?」
一斉に件の燕麦パンを掲げる、……つまりそれだけ。
「……調理担当は誰が?」
全員の顔が勢いよく別々の方角に背けられる。駄目だ、このパーティー……。
何故この五人が傭兵をしているのか何となく察してしまった聖呀は一人1個ずつ手渡して頭を抱え込んだ。
「ウオオオオオッ!何だコレッ!?何だコレェェェェェェッ!?」
リンクスが雄叫びをあげる。どうやら“おかか”があたったようだ。
「鰹節っていって、魚を加工した物。主に出汁をとる為に使うんだけど、それを薄く削って味を付けたやつだよ」
猫の好物だというのは臥せておく。
「ン〜〜!?これ酸っぱい……」
珍しく表情を変えたダリアのは“梅干し”だろう。嫌う人もいるが食べ続けている所を見るとイケるくちらしい。
「こっちには少し甘辛いモノが…」
アスタシアのは恐らく“昆布の佃煮”、個人的に聖呀は胡麻入りが好みだったりする。
「で…さっきから聖呀は何してんだ?」
何が当たったかは分からないが、頬にご飯粒を付けたフェリスが聖呀が掻き混ぜている鍋を覗き込む。白っぽい液体に野菜が入っているのが見える。
「シチューだよ。どうにかこの固いパンを美味しく食べられないかと思って」
幸いこの世界の野菜や果物は聖呀の世界の物とあまり大差は無かったので、買い込んで置いた物をアイテム欄から取り出した。
周りに枯れた木や大きめの石があったので簡易のかまどを作り、火をおこした。お陰でかなり水を使う事になってしまったが。
本来、移動しながら食べる為のオニギリが無くなってしまったので新しい料理を作らざるを選ない。一番近い村に到着するのが遅くなってしまうが、空腹では戦も出来ないというし、多少のズレは仕方が無いだろう。
「……意外だな。ただのスケベだと思ってたんだが」
「俺も男だからスケベなのは否定はしないけど……って、ウワアッ!?」
シチューの匂いに釣られたのだろうか、振り向くと全員が覗き込んでいた。
「っかあああ〜、美味ェェェェェェ!」
「ホント、身体が温まりますわね」
「流石はご主……聖呀さん」
「……おい、変態。お前をパーティーの料理番に任命してやってもイイ」
シチューに割り砕いた燕麦パンを入れて煮込んでいると程よく柔らかくなり、とろみもついた。ルーは顆粒のインスタントだが美味しく出来たので良しとしよう。
ただ、アユミエルとリンクスは猫舌なのか食べるのに少し苦労しているようだ。
「いやぁ、聖呀と同行する事になって良かったぜ。まさかこんな美味ぇモンが食えるとわなぁ。最初、依頼を聞いた時はどうしたもんかと頭抱えたが、むしろ得した感じだな」
どうやら請けざるを選なかったようだが、請けたら請けたでパーティー内で一悶着あったらしい。
「何せ対象者がお前さんだろ?中々意見が纏まらなくてさぁ。ああでも無ぇ、こうでも無ぇ…って、お陰で結構散財しちまったぜ」
「「「「ちょっ…、フェリス!?」」」」
フェリスの軽口が気に障ったのだろうか?皆、顔を真っ赤にして伸しか掛かるように口を塞ごうとしている。だが、それが何故散財に繋がるのか解らない聖呀は首を傾げるしか無い。
「だ…だってよぉ、いつまた剥かれるか分かん無ぇし、下手なモン穿け無ぇじゃんよ」
つまり、とっておきのお気に入りを何枚も購入した訳である。可愛いのやシンプルなのや、やたら透けてるのや、コレ…意味あるのか?と疑いたくなる物まで。
「いや…だからってやって良いって訳じゃ……いや、やるってのはそっちじゃ無くてだな……」
テンパって余計な事まで言い始めたフェリスを誰も止めようとしない、むしろ口をポカンと開けて呆けている。見詰めるその視線の先は耳まで真っ赤に染めてプルプルしている聖呀だった。
・・・・・・・
「その……何だ…スマン」
「意外とウブでらしたのね」
「そっかぁ、“攻め”には弱いのか〜、イイ事知ったぜ」
「ご主人様……カワイイ」
「…………ガキ」
そういえば剥かれただけだったなぁ……と思い当たった。他のメンバーはともかく、ティコに至っては全部剥かれた挙げ句に手を後ろで縛って首に縄付きで歩き廻せたのに指一本も直接は触れられていない。やりたい放題出来た状況であるにも拘わらず…。
「紳士……ていうかヘタレ?」
「裸にまでしておいて手を出さないのは逆に失礼ですよ?」
「子供っぽいご主人様、カワイイ」
「……まさか…ソッチ系…とか?」
「……それはそれで色々捗る」
「ナルホドですヨ……」
チャッカリ混じっているのがいるが後で捏ねくり回そうと決めたらしい。
「か〜ッ、食った、食った〜」
鍋一杯にあったシチューは瞬く間に無くなってしまった。女性とはいえ、流石は身体が資本の傭兵たちだ。
聖呀が持ち込んだ鍋は10分足らずで根野菜類に火が通り、最適な煮上がりのまま維持していた。これはいつ襲われるか分からないこの世界では大変有り難い。
なのですぐに追加分も用意出来るのだが、作れば作るだけたいらげてしまうだろうメンバー相手では材料がもたないし、これ以上水を使いたく無いのでさっさと切り上げた。そして今後の為にもこれだけは言っておかねばならないだろう。
「【蒼天の嵐】の皆さん、知っての通り、俺は実質的に一人パーティーですので、その分の準備しかしていません」
フムフムと頷く女傭兵達に厳しい現実を突き付ける。
「なので条件上、同行するのは仕方が無いけど、パーティーを組んだ覚えは無いので食事等は別に自分達で用意してくださいね」
・・・・・
「「「「「ええーーーーーッ!?」」」」」
大地を揺るがすような慟哭が轟き渡る。
「そりゃ無ぇぜえええええ!?」
「あんまりですわーーーっ!」
「こんな美味い食い物の横で燕麦パン……」
「ご…ご主人様のお預け…ハァ…ハァ」
「…………鬼畜、外道、人で無し」
言いたい放題言われているが、そもそもそのシチューだって分け与えたオニギリの不足分を補う為に作っただけで、フェリス達に食べていいとは一言も言ってない。
お陰で夕食はをまた作らねばならなくなってしまったのだし。
「た…頼む!金なら払う。いや、払わせてください。だからアタシらに毎日美味しい食事を……」
聞き様によってはプロポーズだが、先程の嘲笑や罵倒は聖呀に嫌な記憶を甦らせる。
(チッ…、何処の世界でも女ってヤツは……)
元の世界で気を遣って対応していたらドンドン調子に乗っていったクラスメイト達の姿が脳裏に浮かぶ。そのくせ陰では馬鹿にしている上に、それが当然の事であり、悪いなどと全く思っていないのだから質が悪い。
「聖呀…流石にちょっと可哀相なのですヨ」
アユミエルのフォローに少しだけ悲壮感が和らぐのを一瞥して気怠く呟く。
「そう…燕麦パンが気に入ったんだ……」
「私の居場所は聖呀のアイテム欄なのですヨ!」
「「「「裏切り者ぉぉぉぉぉっ!!」」」」
ビシッと最敬礼で答えるアユミエルに女神の慈悲は何処にも感じられなかった。
ピピッ!
聖呀の視界にウインドウが展開する。自動で開いたという事は害意または悪意を持っている……つまり敵だ!
(……盗賊ギルドか……面倒臭いな)
傭兵や商業ギルドならある程度の目的は絞れる。だが盗賊ギルドは正規の冒険者ギルドを介する事の出来ない“裏”の仕事を請け負う事が多く、そのクライアントも貴族や大商人など厄介な相手が多い。
相手の目的が判らない以上、迂闊に動くべきではないが……揺さ振りを掛けてみようと聖呀はその場を離れてみる事にした。
「何処に行くんだい?」
「生理現象、違うもの出されて良いならついて来る?」
そんな軽口など本気では無いとバレているのでアッサリと流される。その方が都合がいい、自分を追って来ないなら目的は彼女達【蒼天の嵐】という事なのだから。
様子を窺っているの男3人女2人の合計5人、いずれも布で顔を隠した上で【気配遮断】を使っているが、既に聖呀にロックオンされているので無意味だ。
たった一人で森の中に入って来る聖呀を確認するとリーダーらしき男が目で合図をし、回り込むように移動を始めた。
大きな樹の前でゴソゴソとさせる聖呀。5人は獲物のベルトに下げたナイフがすぐに取り出せる状態では無い事を確認し、ギリギリまで近付いて一斉に襲い掛かる。
「………ッ!?」
「……ちょっと遅いですわね」
「何やってんだアイツ?本当にナニしてる訳でもあるまいに…」
フェリスに様子を見てくるよう言われたアスタシアと鍋の縁に残っていたシチューをあさっているリンクスは渋々聖呀が歩いて行った方向へと向かった。
「……ったく、何処まで行きやがったんだよ」
「居ませんわねぇ…」
アスタシアとリンクスが聖呀が入って行ったであろう森の中を足跡を辿り捜していると。
バサバサバサ…
鳥が一斉に飛び立つ。反射的に各々の武器を握り締め、全感覚を研ぎ澄ますと、奥の方から聖呀が現れた。
「フゥ…焦らすんじゃ無ぇよ、ったく」
「本当ですわ、アラ?少し服が汚れて…」
聖呀の左袖と脇腹が僅かに破れ、膝に泥が付いている。
「いやぁ〜、森に入ったは良いけど、ちょっと引っ掛けちゃいまして…。ところで何か拭く物持ってませんか?」
「引っ掻けた…って、怪我でもしたのか?」
「それは大変、すぐに治癒魔法を…」
慌てて近寄って来る二人に掌を下に向けて何かを払うように振りながら制する。そこで漸く言葉の齟齬に気が付いた。
「……うわっ、汚えッ!?コッチ来んな!馬鹿」
逃げ出したリンクスを手をワキワキさせて愉しそうに追い掛けていく聖呀。……子供かっ!?
そんな二人をお姉さんモードで微笑ましく見送るアスタシアは聖呀が戻ってきた更に奥でガサッと物音がしたのに気付いた。
「こ……これは……?」
そこには縄で縛られ、自由を奪われた半裸の男女が5人…。一度だけ顔を会わせた事がある盗賊ギルド【黒狼の牙】のメンバーだ。 実力も高いが、目的の為には手段を選ばない事でも知られている残忍で厄介な相手だ。
だがリーダーを含む3人の男が猿轡を噛まされ、座禅転がしの状態で呻いている。突き上げられた剥き出しの下半身にはそれぞれの武器の柄の部分が捩込まれている。
女2人の内、1人は亀甲縛りで脚をM字に抱える様に細めの木に括られており、もう一人は菱縛りの上に逆海老で吊られている。共に全身をピクピクと痙攣させ、だらし無く開かれた口許から涎を垂らしながらアヘ顔を晒している。
見た事の無いその緊縛法は相手の自由を奪うと同時に美しさを兼ね備えていた。その研究し尽くされ、研ぎ澄まされた完成美と僅かな時間でここまで【黒狼の牙】を追い込んだ聖呀にアスタシアは興奮と恐怖を覚えずにはいられなかった。
「や…やりますわね…」
不様な格好で睨みつける男達の尻から生える金属の尻尾をメイスで軽く叩くと、情けないまでの呻き声を漏らす姿にアスタシアは自身が濡れるのを止められ無かった。
「遅かったじゃ無ぇか、アスタシア」
「ええ、ワタクシもちょっと…」
紅潮させた顔は何故かとてもツヤツヤとしてイキイキとしている事にリンクスは首を傾げるしか無かった。
「遅かったな。何だ、お愉しみか?」
フェリスの冗談にリンクスは激昂して異を唱えたが、アスタシアは「ええ、とても」と微笑みながら耳打ちした。
「薄汚いワンちゃん達が隠れてましたわ」
“薄汚い犬”という比喩の意味を理解したフェリスが一瞬真顔になる。
「……で?」
「残念ながら調教済みでましたわ…」
溜め息を吐くアスタシアの視線の先を確認したフェリスはフン…と鼻を鳴らすと一同に促した。
「さぁ、休憩はお終いだよ。美味しい飯にありつく為にさっさと先を急ごうじゃないか」
手荷物を手に取ると無言で頷き、北へと歩みを向ける。目指すは最初の村、“バトゥ”だ。
今だに口喧嘩の最中の聖呀とリンクスを羨ましそうに見詰めるティコと冷めた目のダリア。そしてフェリスの背中を眺めアスタシアは【黒狼の牙】が縄を切ろうと武器が突き刺さった尻を必死に振る様を想像し、一人ほくそ笑むのだった……。