旅の目的……北へ
「ヨォ!遅かったじゃねぇか」
待っていたのはフェリス達のセクハラ被害者パーティーだった。
「あ…先日はドモ…」
予想外の事に間の抜けた返事しか出来なかった。
「アタシはこの【蒼天の嵐】の頭やってるフェリスだ。国王様よりアンタの護衛と監視、そして場合によっては暗殺を命じられているんで宜しくな!」
「「「「ちょっ……リーダーーーーーー!?」」」」
「あんだよ?アタシが面倒臭いの嫌いなのは知ってるだろ?それにコイツだってそれぐらいは気付いてるさ」
聖呀も当然想定はしているだろうが、そこまでぶっちゃけられて宜しく出来る人間がいるのだろうか?
「いやぁ、コッチとしてはアンタが何かやらかしてくれた方が堂々と剥かれた借りを返せるから有り難いんだけどね」
「……ソウデスネ」
正直、気が重い旅になりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『…で、アタシらに何を頼みたいって?』
傭兵ギルド【蒼天の嵐】リーダー、フェリスは昨日の事を思い出していた。
『ハイ、ですから先程も申しました通り、冒険者【結月 聖呀】さんの護衛をと…』
ここは王都のギルド本部2階にある応接室、しかも目の前に居るのはギルドの本部長だ。ただの依頼である訳が無い。
フェリスはこの男が嫌いだった。物腰は柔らかく、対応も丁寧と評判だが笑顔以外の表情を見た事が無い。
依頼主はさる高位の貴族筋という事。だがあの世間知らずの少年がそうそう貴族と接点を持っているとは思えない。ましてやあの凱旋行進の後だ。
大規模に召集が掛けられた北からの魔獣群討伐依頼。どうにも嫌な予感がして見送ったが、参加したパーティーの話では低級な魔獣百匹ほど相手に王都の騎士や名だたる傭兵ギルドメンバー総勢千人近い猛者達が全く歯が立たなかったという。魔法も効かず、斬っても潰しても平然と向かってくる化け物ども。生還出来たのは奇跡だとも言っていた。
その奇跡をたった一人で起こしたのが一瞬で自分達の下着を抜き取ったあのスケベ野郎だという。
『何かおかしくありません?』
『ああ、アタシもそう思った』
精鋭千人を以ってしても危うかった戦局をたった一人で、一方的に討ち破った者、まさに一騎当千の活躍だ。だがそれはより強大な脅威が敵でも味方でも無い状態で自分の傍に居るという事でもある。その力がいつ自分に向けられるかもしれない恐怖、これでは権力や地位に固執する者は枕を高くして眠れはしない。つまり本心は…。
『対象者の監視……?』
『そしてあわよくば暗殺……か』
ならばわざわざ自分達が名指しで指名された事も無駄に報酬が高額なのも納得出来る。フェリス達【蒼天の嵐】は元々盗賊ギルドに所属していたパーティーだ。故あって今は傭兵ギルドに籍を置くが、その特異性は表だって動くより暗躍する方が得意なのである。
依頼主は恐らく反国王側の大臣か上位貴族あたりか…。例え暗殺に成功したとしても今度は自分達が闇に葬られるのは必定。
期限が切られていない以上、暗殺こそが達成条件であり、達成されなければ報酬は支払われない。何とも馬鹿馬鹿しい依頼だ。どうにか証拠を掴み、依頼主に“御挨拶”に伺っておいた方が良さそうだ。
――そして今に至る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「と、いう訳だ。こう言っちゃあなんだが、これだけの美人に囲まれて過ごせるんだ。役得だろ?」
そう言うと聖呀の肩に腕を廻し、豪快に笑った。
「そうだ!これから昼夜を共にする男女が名前も知らないのは拙いよな。アタシはフェリス、傭兵ギルド【蒼天の嵐】の頭をやってる、ヨロシクな」
次はおっとりした感じの女性と無表情な女性だ。
「ワタクシ、僧侶のアスタシアと申します」
「ダリア…攻撃魔法を得意としている」
次はよく知っている顔だったが、何故顔を赤らめて内股をすり合わせているのだろう?
「お…お久し振り…です……ゴシュジンサマ」
物凄く危ないワードが聞こえた気がするが、多分空耳だろう。
そして最後に物凄く勝ち気で聖呀を睨みつけている吊り目の少女。
「剣士、リンクスだ」
「……エッ!?」
思わず声か漏れてしまった。【アナライズ】に表示されている名前と違うからだ。その瞬間耳まで真っ赤になったリンクスの目付きが更に鋭くなる。
周りを見渡すとフェリスはニヤニヤしているし、ティコはオロオロ。アスタシアはアラアラ…と口許を押さえているし、ダリアは鼻を鳴らしていた。
「お前…、やっぱり“視える”タイプだったんだな」
聖呀はそこで初めて自分の迂闊さに気が付いた。
リンクスと名乗った少女の本名はスイートキティ。山猫では無く、可愛い仔猫ちゃんという意味だ。所謂“痛ネーム”なのだろう、フェリスが「彼女の事はリンクスと呼んでやってくれ」と笑いながら念押しする。聖呀自身も似たような経験があるので二つ返事で了承した。
「さて…そろそろ人目のある所で話せる内容じゃ無くなりそうだし……。済んでんだろ?準備……」
そう言ってフェリスは北へと指差した。
依頼は例の不死の魔獣群の通った跡の調査。正確には聖呀一人で出来るのでは無く、聖呀一人にしか出来ない事だった。何故ならまだ残存部隊または、当時生きてはいたが後日不死化した被害者が居るかもしれないからだ。
「ところで聖呀は何処まで“視える”んだい?アタシを“視て”くれていいからさ」
「それがかなりアバウトで、大体はパッと見でも判るのと変わらないんであまり意味無いんですよね…」
例えば防御力なら“ガッチガチだぜ”とか“豆腐の角で死ねる”とかだと教えたら「何だソリャ〜」と笑われた。
「まぁ、さっきのでも解る通り、名前や性別や種族、他には職種やスキルとレベルは判ります」
これもフェリスなら“人間”だが、スイー…リンクスなら“ほぼ人間”と表示される。つまりスイー…リンクスは先祖に猫系の獣人がいて、幾分か隔世遺伝が起きていると判断出来ると…。
「成る程ねぇ」
「あとは年齢ですね」
先程はスイー…と言いかける度に睨み付けられたが、今度はアスタシアが過敏に反応した。
「フェリスさんは21歳で、アスタシアさんは……アレ?」
どうやら生きてきた年数が表示される仕様らしく、かなり妙齢な数値が示されていた。
「ああ、そうか…エルフは10歳までは同じ成長率だけど人間の3倍くらい寿命があるんでしたね。なら人間の寿命で換算すれば20歳位ですか」
「そ…そうですわよ、幾つと表示されたかは知りませんが人間ならまだまだ若輩ですわ〜」
ならば何故焦るという視線がアスタシアに集中する。実は聖呀は根本的な計算違いをしていて、成長率は年を経る毎に緩やかになるので実際はアラサーだったりするから気付かない方が身の為だ。
そして最後にダリアの方を振り向いた瞬間、「……こっち見るな…スケベ」と無表情で罵られた。
「何だか本当に微妙だな〜」と呆れた風にリンクスが呟く。
「そうなんですよね…熟達者が肌で感じる感覚を文字にしてるっぽいです。もっとも、数値化されてもスリーサイズや体重は基準が解りませんから」
それは外見上ナイスバディでも、バストが“………チッ”と表示されたらパッドによる上げ底だとバレてしまう事で……。これにはダリアの肩がビクッと跳ねた。多分そういう事なのだろう…。
「「「「そ…それまで、み…“視える”のか?」」」」
興味を失いかけた四人が油の切れた玩具のようにギギギと振り返り、それぞれの武器を握り締めた。……護衛から暗殺者へのジョブチェンジの瞬間だった。
「……スマン、ちょっと取り乱した」
「まさか身体のサイズや体重までなんて……服は着てるのに裸を見られているようで少し気恥ずかしいですわ」
流石にこれは聖呀がデリカシーが無さ過ぎた。“年齢”“体重”“スリーサイズ”という女性にはタブーな地雷を立て続けに踏んだのだから仕方が無い。
職種上、フェリスやリンクスなど物理攻撃を主とするタイプは脂肪より比重の重い筋肉質だろうし、アスタシアやダリアの様な魔術師系は運動量が少ないのでスタイルが気になるだろう。
ちなみに一番年若くて割と出ている所は出て、へこむべき所はへこんでいるティコはというと、「は…肌で感じ…」とか「裸を…」とか呟きながら一人悶えていた。
朝一に都を出てからそろそろ太陽が中天に差し掛かろうという時間帯。例のアラームが鳴る頃だろう。
「女神に供物を捧げるお時間ですヨーーーーーッ!」
聖呀のジャケットから飛び出した愛すべきSDサイズのダ女神様の雄叫びだ。
「「「「「…………エッ?」」」」」
「………あッ!?」
やはり本人に威厳が無いからかミニなアユミエルは妖精と思われたようだ。二人の出会いなど女子トークに華がさいていたが聖呀が異世界から迷い込んだ人間だという事は上手く誤魔化している。
設定としては遠い海の果ての地図にも載ってないような小さな島国の出身で、奴隷商に攫われて荷馬車で搬送中に魔獣に襲われたチャンスに逃げ出して森で彷徨っている時に出遇った事になっている。
「ハァ〜、やっぱコレかよ……」
【蒼天の嵐】メンバーが手にしているのは燕麦パンだ。栄養価が高くて値段が安くて保存が効くという旅の必需品だが、固いわ苦いわ酸っぱいわと味に関しては一部のマニアを除いて概ね不評である。
「いただきますですヨ!」
アユミエルの半音高い声が上がる。聖呀の故郷の食べ物“おにぎり”は今やお気に入りであり、SDサイズ用に小さなおにぎりが提供されている。口いっぱいに頬張る姿はリスの様に愛らしく、フェリス達の注目を集めた。
で、当然抱えながら食べている物にも目がいく訳で……。