厄介者
「な…何じゃこれは…?」
横から見ると糸のようにか細い光、それを辿るとビシッと差し向けられた聖呀の人差し指から発せられていた。その人差し指をユックリ下ろすと一本の線が引かれ、そこを中心に左右に別れて大きな音と共に瓦解していった。
「う…うぎゃあああああぁぁぁ!?」
ストーンゴーレムの瓦礫が老ダークエルフへと降り注ぐ。
「何なのじゃその魔法は?……いや、魔道具か……貴様魔道具使いじゃったのかああああ!?」
「レーザーポインターだよ」
ご存知な射撃系の照準を合わせる為の道具。因みに、光を集束させて照らす道具→名前にレーザー→だったら当然、斬れるよね…という無理矢理にも程がある解釈だ。
更に言うと、先程の白地に青い文字の筒は筋肉の炎症を抑える冷却スプレーだ。
高温に熱した物を急激に冷やすとその組成は異常に脆くなる、こんなことは聖呀の世界なら子供でも知っている。魔法による直接的な結果のみを追い求めてきたこの世界では到底辿り着けないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……何と言うか……大義であった」
ここは謁見の間。未曾有の脅威を退けた事への感謝と功労への報奨を国王様直々に……と例の騎士団長ら三人に無理矢理連行されてしまった訳だが……。
「……プッ!」
「…ク…ククッ」
普段なら姿勢を正して無表情で立つ近衛兵や侮蔑した視線で偉そうに踏ん反り返る大臣たちが皆プルプルと震えていた。流石に王様は威厳ある表情を保っているが、頬が微かに痙攣しているし、王妃に到っては堪え切れぬ衝動を顔を逸らし扇で隠す事で体裁を保っていた。
理由は中央で片膝を着いて頭を垂れる少年、この国を救った英雄が只今絶賛羞恥プレイ真っ最中である。
(クソ…せめて着替えさせろよ!)
黒髪に黒い瞳の奇妙な異国の少年がたった一人で不死の魔獣群を殲滅したとの一報は即座に伝えられ、誰しも耳を疑ったが堅物で有名な騎士団長の言である事から信用せざるを選なかった。
……大体ここに来るまででもが大概だった。
首に魔力封じの輪を嵌められ、魔力を喰らう植物で拘束されたダークエルフの老人、数十年前の手配書からもこの男が主犯である事は間違いない。だが、ならば縄で拘束され、騎士に抱えられるように連れて来られた少年は何者だろう?事情を知らない都の人間は誰もがそう思っただろう。
ただ、王都に来ていたフェリスやティコら聖呀に下着を抜き取られたセクハラ被害者パーティーは『ザマアミロ』と言わんばかりにニヤニヤしながら指差していた。ちなみにティコだけは何故か頬を紅潮させて羨ましそうにハァハァしていたが……。
そんな城下街の大通りを晒し物にされた上にこの有様なので聖呀はアユミエルが違う世界の扉を開く事に絶賛協力する事に決めた。
「ンン…、聖呀と申したな?そちのような髪と眼の色をした者は殆ど見掛けぬ。そちは何れの出じゃ?更にそ…その出で立ちはそちの国のは一般的なのであるか?」
「んな訳あるかあああああああッ!!!!」
咄嗟に立ち上がり、思いっ切り叫んでしまっていた。本来ならその場で処断されても仕方が無い程の蛮行だ、聖呀は自分を連れて来た三人の騎士に取り押さえられてしまう。近衛兵達も国王達の盾となるように各々の武器を聖呀に向けて身構えている。
―その時、不思議な事が起こった。
「それについては私が説明致しましょう」
国王達が座る玉座と聖呀の中間に眩い光が降り注ぎ、そこに一人の女性が姿を現した。それはこの世界では誰しもが知っている。教会や家庭の祭壇に飾られたステンドグラスや絵画に彫刻、そして語り継がれる話の中にあるそれそのものにとても酷似していた。
神々しさと慈愛に充ちた微笑みと透き通る声、最も崇拝される女神が光臨召されたのだ。
「王よ、今この世界に滅亡の危機が迫っています」
サラッと超爆弾発言をかましながら…。
「つ…つまりこの者はこの世界を救う為、女神様が遣わされた使者であり、その姿は敵を欺く作戦の一環であると……」
普段のエコモードであるSDサイズと異なり、ここぞとばかりに神聖なるオーラを放出させて自分の存在をアピールする女神アユミエル。ちゃっかり自分の加護の賜物みたいに喋っているが、そもそもこのダ女神自身が全ての元凶だという事を知っている聖呀はその隙だらけの後頭部を思い切り叩きたい衝動をどうにか抑え込んでいた。
「ええ、ですのでこの聖呀の奇行……いえ、行動には制限をかけないで頂きたいのです」
背後からお尻の辺りにピリピリとした刺すような怒りの気配を感じ、「頼みましたよ」とだけ言い残して姿を消した。まあ結果的にはアユミエルに助けられたのだから良しとしよう。
…………20回で。
アユミエルへのお仕置きが決まった事もあり、聖呀は謁見の間を退出する事にした。その際「そちは【イグニスの呪い】も解呪したと聞く。どうじゃ、余の…この国の為に働いてはくれぬか?」との勧誘を受けたが、特異な力の占有は各国間のパワーバランスを崩し、争いの火種になるからと丁重にお断りをした。本音は聖呀が単に“面倒臭い”からだろうが。
頭を下げて踵を反すとそれまで押し黙っていた王妃がニコニコと微笑みながらこう言った。
「王様、かの者の私大変気に入りました。我が国でも正式に採用してはどうでしょう?」
確かにこの国の女給達の制服は地味過ぎて可愛くない。実用性重視といえば仕方が無いのだが、王妃の考えは遥か斜め上を突き抜けていた…。
「近衛騎士をはじめとして騎士団の制服として」
(止めて差し上げろォォォォォォ!!!!!)
騎士団全員辞表出すぞ!王妃はこの国を滅ぼすつもりなのだろうか。十代の可愛い系の男子ならまだしもいい歳した厳ついオッサンに到っては着る側も見る側も罰ゲーム処では無い、忠誠を誓った剣を折って反乱や暴動が起きるレベルだ。
国王が宥めたお陰で最悪の展開は回避出来たが、王妃といい、成金貴族婦人といい、ダ女神といい、何故こうもこの国の女人はロクなのが居ないのだろうか。
蒼白な頬を引き攣らせて震える近衛兵達の姿を見て少しだけ溜飲が下った聖呀はソソクサとその場を後にした。
―ギルド直営宿屋―
宿屋に戻ってから、そういえば報奨金とかの話は無かったな…と思い出した。ひょっとすればギルドを通じてギルドカードに振り込まれるかもしれない。
ギルドの依頼を請ける前に倒したので文句は言われるかもだが。
「ハァ…ハァ…これからどう…ハァ…するで…すヨ…」
SDサイズでグッタリと俯せで倒れ込んでいるアユミエル。突き上げられたままのお尻は真っ赤に腫れ上がっている。サービス(お仕置き)が過ぎたのだろうか?その表情は恍惚としている。
大衆の面前でメイド服姿などという恥辱を味あわされた聖呀はアユミエルにも同じ姿に装備変更をさせていた。………ただしエプロンのみで。
お仕置き後、早々にSDサイズに変化してくれたのは聖呀にとって幸いだった。途中から悲鳴が艶声に変わっていった為、若きパトスは“お尻ペンペン”から“お尻パンパン”への変更を激しく要求し始めていたからだ。
「色んな意味で動きにくくなっちゃったからなぁ〜。ここでのアクシデントが無いなら別の町に行こうかと思う」
現に今、この宿屋の周りには噂を聞き付けた商業ギルドや貴族に雇われた者達が様子を伺っており、冒険者ギルドには問い合わせが殺到しているらしい。
殆どの荷物はアイテム欄に収納してあるので買い物にでも出る様な気軽さで町を出て行けるだろう。
だが他の町に行ったとしてもギルドのサーバー(結晶石柱)を通じて情報が渡っているならバレてしまうので面倒臭いには変わりはないのだが。
―翌朝―
「おはよう、アユミエル」
「おはようなのですヨ」
一晩中考えてみたが良い案は浮かばなかったのでギルドの依頼を受けて町を出る事にした。
水差しから桶に移した水で顔を洗い、服を着替える。一度アイテム欄に入れてから出すと何故か洗い立ての仕上がりになっていて綻びなども直っているから不思議だ。ちなみに殺虫剤などの消耗品も中身が増えている。もっともこちらの世界で入手した物はちゃんと消費されるので聖呀が持ち込んだ物だけに適用される仕様らしい。
ガシッ!
ウインドウを開いてアイテム欄の【装備変更】からいつもの私服に替えようとカーソルを動かした時、下からコッソリとメイド服にズラそうとするダ女神の頭を鷲掴みにして振り向かせると何やら期待めいた表情をしている。
(拙い……アユミエルの目的が俺をからかう事から、からかう事でお仕置きされる事に変わり始めている。少しでも早く問題を解決して少しでも早く元の世界に帰らねば……)
そう直感した聖呀は冒険者ギルドへと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―ギルド本部―
「えっ!?単独では依頼を受けれない?」
王都にあるギルド本部の受付職員の説明によると、町から出る場合、聖呀の身の安全をはかる為、指定されたパーティーと常に行動をとるよう指示がだされているようだ。
「申し訳ありませんが、そう国王陛下からの御達示が出ております」
“出るな”では無く“出てもいいよ”なのだ。何をしようと、何処へ行こうと聖呀の自由、ただしゾロゾロと金魚のフンがついて来るだけで……。
流石に未成年の聖呀が娼館に行く事は無いだろうが、プライバシーの侵害ではないのか?
依頼自体は聖呀一人で充分な物を選んだのだが、内容を知ってしまった以上、達成する義務がある。反故にした場合、厳罰に処されるので幽閉する口実を与える事になる。
仕方なく正門前に居るというパーティーに会う事にしたのだが、そのメンバーを見て聖呀は絶句した。