中途(半端)リアル(1)
「え〜っと、砂糖、塩、酢、醤油、味噌、油、酒、各種香辛料に米2kg、水………」
何してるかって?見て判るでしょ。リックサックに詰めてるんですよ。他には飯盒2個とサバイバルナイフ、ロープ、ライター、手押し式充電可能な懐中電灯、雨具、タオルと着替え、洗剤か……。そうそう、加熱済みの肉に野菜など、あとはカレーのルーか……。
最後に簡易テントを括り付けて……完成。
手慣れた手つきで要領良く荷造りを終えた少年、結月 聖呀17歳。ワンダーフォーゲル部所属、登山家であった父親の影響もあり、野生動植物や鉱物に詳しい。また科学研究者の母親の所為で幼い頃から一人で家にいる事が多く、心配した親が叔父が経営する剣道場に通わされていた。また家事なども気が付いたら出来るようになっていて無駄に自活スキルが高かった。
一応、年の離れた姉がいるのだが、家事全般が駄目な上に淋しがり屋の甘えん坊で我が儘。無駄に容姿だけは良く、過剰なスキンシップやラフな言動は聖呀に異性への憧れや幻想を抱かせる機会さえ逃させていた。
無駄な脂肪の無い均整のとれた身体、母親譲りの整った顔立ち。さぞやリア充なスクールライフを送ってきただろうと思うだろうが、聖呀にとって女は鬱陶しいだけの生き物である為、相手を持ち上げつつ不快にさせずに煙に撒く交渉術や不要な接触から逃れる為に気配を消す技術なども必然的に鍛えられていった。
では同性はというと、やたらと言い寄られる聖呀が羨ましいのか何かと因縁をつけてくる者もいた。理由は様々で、例えば意中の相手が聖呀の周りで一方的にキャイキャイと囀っているのが気に入らない、これはまだ話せば納得してもらえる。だが中には単純にヒエラルキの構築や、自然の摂理に反して聖呀自身を目的とする輩がいたりする。厄介な事にこの手の手合いには通常の会話が成立しないので聖呀は大きな溜息を漏らしつつ、生物学上“雄”にのみ有効である古代共通言語、所謂“ボディランゲージ”に切り換えるのだった。
先日も一瞬で“説得”を終わらせたので記憶に残らなかったらしい5人組が再びやってきたので今度は“精度”を下げて“会話”する事になったのだが、お陰で『ギャアァーーーッ!!』だの『グアアァーーーッ!!』だのとSEが煩くてかなわなかった。
……という事でストレス軽減の為に綿密に何度も検討を重ねた登山計画を実行に移す事になったのだが麓から暫く登った森の中で一瞬視界が暗転した後、どうも違和感を感じて仕方が無い。何と無く樹々の様子が違う気がする、空気の質までが変わったようだ。
―――生命の躍動感に充たされた“活きている”森―――
と表現が一番しっくりくる。
「何処だよ、此処……」
以前来た時はまだ人が歩いて出来た道があった筈なのに、これはどう見ても獣道くらいの細さだ。
(迷った?……まさか)
シルバーコンパスと地図を組み合わせて確認、間違いない………筈だ。
……ガサッ
何だ…?胸近くまであるの高さの草むらから突然飛び掛かってきた“何か”を咄嗟に思いっきりぶん殴ったら『ギャンッ!?』と吠えて逃げて行った。
(犬っぽい声だったな……)
“っぽいと”称したのはこん棒の様な物を持っていた気がしたからだ。
そんな事を考えていたら突然目眩に襲われ、気付いたら軽い浮遊感と共に目の前に見知らぬ少女が立っていた。
目に映る背景は薄い青一色にうめつくされた世界、その少女は登山には全く相応しくない薄手の白いワンピースという軽装。すべてが異様な状況で少女はとても良い笑顔でこう言った。
『話があったんで、ちょ〜っと死んで貰ったですヨ』
アユミエルと名乗った少女は自分を“神”だと明かした。
俺が居たのはエーデルハイムという大陸の一角にある森の中、どうやらうっかり異世界間を繋ぐゲートを潜ってしまったらしい。
(夢…かな?)
一つの仮定としてこの少女が実は妄想癖甚だしいイタイ系な不思議ちゃんの可能性がある。それならば言葉が通じるのは理解出来るが、向こうで飛んでいる見た事も無い鳥らしき生物………何よりも足の遥か下で転がっているもう一人の俺は何だ?という疑問が生まれる。
「……明らかに浮いてるよな、俺」
結構な高度で浮いているにも係わらず地平線の端まで見渡しても自然が続いている。乗ってきた筈の自動車や列車が走る道も無く、ビル群どころか精々が集落程度の小さな村があるだけだ。
では夢だった場合。
夢はこれまで体験してきた記憶が複合されて再生されたものだとか、何らかのメッセージ性を持ったものだという学者がいる。
勿論こんな素っ頓狂な経験など無いし、学生でしかない現実に役立ちそうなメッセージすらない。水溜まりで溺れる夢を見て危うく粗相をする寸前でトイレに飛び込んだっていう方がまだ理解しやすい。
で、最後が一番有り得ないがこの馬鹿げた状況が全て“リアル”だと、現在進行形で進んでいる事実だとした場合……。
俺は異世界に迷い込み、状況説明の為だけにこの馬鹿女神に殺された事になる。
「いやぁ、時空の異なる別世界間を渡り歩く為の門の鍵を閉め忘れてたのを思い出せて良かったのですヨ。お陰で迷い込んだのが一人で済んだのですヨ、やはりアユミエルは出来る娘なのですヨ!」
鼻を膨らませ、得意げに薄ぺったい胸を張って自賛しているこの神様(馬鹿)がどうやらそもそもの原因らしい。
駄目だ……あまりにも次元が違い過ぎて理解出来ない。まずは深呼吸して気持ちを落ち着けよう。 次にリラックスする為にクキクキと首を鳴らしてから肩を回す。そして手をプラプラと振って、何回か指を開いて閉じてを繰り返す。最後に左の掌に右拳を打ち付けて気合いを入れる。
――さぁ、会話を始めようか――
いつもの様に営業スマイルを顔に貼付け、ユックリと近付いていく。
「僕は結月 聖呀、ちょっとお話ししませんか?」
おかしいな……こんなに友好的な態度で接しようとしているのにアユミエルは顔を引き攣らせちょっとずつ後退りをしている。
「い…いくら私が魅力的なナイスバディ美少女だからって、不埒をはたらくのは赦されざる罪なのですヨ。…っていうかどのみち神はアストラル体だから触れる事すら……」
「……出来るじゃないか」
左手で胸倉を掴まれ、そのまま捩り上げられたアユミエルは何が起きたか解らないように大きく眼を見開かせ瞬きを繰り返している。
「え……あ……何で?」
そしてやっと思い当たった理由を大声で叫ぶ。
「ああーーッ、そういえばこの人間も今はアストラル体だったですヨーーーッ!!!!」
「……ぁうう、痛いのですヨ〜〜」
しこたま引っ叩かれたお尻を摩る涙目のアユミエルに笑顔で問い掛ける。
「…で、そのどこでも○アだかはどうなった?」
「《渡界境門》ならキッチリ鍵を閉めたですヨ。二度も同じ間違いを繰り返さないアユミエルは良い子ですヨ、存分に誉めるがいいですヨ」
間違いない、コイツはお馬鹿な上に超ド級のドジっ娘ダ女神だ…。
「……で、俺はどうやって帰ればいいんだ?」
・・・・・
「何で此処にいるですヨーーーッ!?」
「仕舞いには嫁に行けない身体にするぞ!ゴラァーーーッ!!」
最早我慢の限界だった。このダ女神に指導や教育など生温い、調教レベルの対応が必要かもしれない。
さっさともう一度門を開けて元の世界に戻せという聖呀の要求にアユミエルは窮めて冷静に答えた。
「それが何故か上司に怒られて門の使用を禁止されたですヨ…」
そりゃ過失とはいえ、別世界の人間の進入を許してしまうと失態を犯したのだ。これまで積み重なってきた件もあり、いい加減上位神の堪忍袋の紐も切れかけているのだろう。つまり事実上、聖呀はもう帰れないという事だった。
「何てこった……」
愕然と項垂れる背中に神の御手が差し延べられる。
「方法が無い訳では無いですヨ」
――聖呀が迷い込んだこの世界は今、魔獣の増加や食料問題など様々な危機に直面している。それらの諸問題を解決して神に功績を認められれば願いを叶えて貰えるかもしれないらしい。
「聖呀がこの世界に対応出来るように調整しておいたですヨ。頑張るのですヨ!」
【スキル:アナライズ】
聖呀の視界にゲーム画面のようなウインドウが開かれる。試しに目の前のダ女神を観てみる。
【アユミエル】
ジョブ:女神(下級)
性 別:女性
H P:そこそこ
M P:バリバリだぜ
B :いや〜ん
W :あは〜ん
H :うふ〜ん
体 重:ひ・み・ちゅ!
性 格:愚鈍・単純
スキル:女神の祝福
「・・・・・」
――あまり役に立ちそうも無かった…。
まぁ、最初だしレベルが上がればその内詳細に見えてくるだろう。
「それで、この世界を管理している神様って誰なんだ?」
「アユミエルっていうですヨ」
・・・
・・・・
・・・・・
「テメェじゃないかッ!要は自分の失態の尻拭いさせる気かよ!!」
「ちょ…ちょっとした入力ミスですヨ、年度計画の数値を一桁だけ魔獣を多く、食料を少なく間違えただけですヨ〜」
……壊滅レベルだった。
計画が実行されるまで後1年弱あるらしい。つまり来年度の予定を上層部に提出し、承認されれば担当神の能力範囲で実行されるという事か……。よくもこんな馬鹿げた計画表が通ったものだ、可能ならその上層部とやらに話を聞いて貰う必要があるかもしれない。
………一方的に。
「……という事で、この世界の運命は貴方の双肩に掛かっているですヨ。頑張るですヨーーーッ!!」「……っちょ!?…おま…」
ドン!と遥か下の身体目掛けて突き落とされた瞬間、伸ばした右手が何かを掴んだ気がした。猛スピードで小さくなっていくアユミエルが何やら「返せですヨーーー」と叫んでいたようだが、まあいいか…。