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魔剣と世界と命とを  作者: 豊後要
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合成獣

 剣を手元に置くことを決めた亮ではあるが、未だ触れても居なければ話にならない。もしも操られたのならその時は潔く諦めよう。そう決意して鞘を持ち柄を握る。


 ピリッという静電気にも似た刺激が走る。驚いて身体が震えたが、手を放してしまうことはしなかった。意を決し、一息に鞘から抜く。


 鞘からは想像も出来ないほど白銀に煌めく刀身が嫌でも目に入る。もちろん刀身にはくもり一つなく、陽の光を反射してまばゆいほど。


 気になっていた重量もそれ程でもなく、むしろ重さのバランスが取れていて扱いやすい。2、3度振るってみると、まるで腕の一部かのように自在に操ることができる。もう少し柄が長ければ全く文句はないのだが。


『今の接触で主の事を理解した。主の経験を有効に使う為にはこの方が良かろうな』


 そんな思念が届いたかと思うとググッと柄が伸びる。刀身も少し伸びたかもしれない。扱いなれた竹刀とほぼ同じ長さである。


『主が慣れ親しんだ武道、剣道の練習具である竹刀を模した。こちらの呼び名で言えば両手半剣、バスタードソードというのが正しかろう』


『うん。これなら両手でも片手でも扱える。問題ないよ。と、そう言えばあなたの銘をまだ決めてなかった』


 呼びかけようとして気が付いたのはそれである。こうして手に持ったにも関わらず、呼び方が「あなた」のままでは格好がつかない。堅苦しいのはやめると決めた以上、呼び名も早急に考えなければならない。


『銘か。先ほども伝えたが、確かに我には銘がない。主の思う通りに決めてほしい。それがどのようなものであっても主との繋がりが増す。それは即ち我が力の増強を意味する』


 剣にとって銘を付けるという事は意外と重要なことであるらしい。繋がりが増すことで力も増し、どんなに離れていても一瞬で持ち主の手元に戻れるようになる。例え盗難に遭ったとしてもそれならば安心だろう。


 説明を受けて一呼吸。剣を頭上に掲げて声を上げた。


「『ラナブラック』! 今からあなたは『ラナブラック』だ!」


『承知! 我が銘はラナブラック! これより主の身が滅びるまで共に歩む事を世界に誓う!』


 今まではそこまで大きく感情が込められていなかった思念に、隠しきれない歓喜が混じる。それと同時にブルッと震える剣。掲げていたそれを目の前にして、どこか違和感を感じた。ほんの一瞬前に比べても、宝玉の透明度が上がり刀身も一層輝いて見える。これが剣としての力が増強するということなのだろうか。


『でもラナブラック。覇を約束すると言ってもどうやって? 別に僕は世界征服なんて望んでいないよ?』


 至極当然な疑問が亮から出てくる。文字通り、身一つでこの世界に転移してきたのだ。世界征服を望むどころか、これからどこへ向かえばいいのかさえわからない。


『主の疑問に答えたいのは山々なのだが、詳しいことは我にもわからぬ。ただこの世界に生み出された瞬間から、そうなることが決められていた。という事だけは確実』


 この世界によって定められている、それと同義なのだろう。手にした者をそのような運命に導くのかもしれない。もちろん、神ならぬ身であってはそれ以上のことなどわからないのだが。


『それより主、何者かが近づいてきている。明らかに人ではない。そして明らかにこちらに対して敵意をもっている』


「それはまずい。どこかに隠れて」


『否。相手はこちらを捕捉している。今更隠れるのは不可能。我を構えよ、主。

 主の世界、主の国では命のやり取りなど滅多に起こらぬようだがここは違う。一瞬の躊躇で命を落とす危険な場所だ。殺らなければ無抵抗に殺られるのみ』


 剣から伝わる思念に感情はない。事実のみを伝えられている為だろう。そんな世界に迷い込んだ自分を呪ってやりたくなるが、今は目の前のことを何とかするのが先である。そしてそんな状況の中で、今の自分には必要なものがある。


 体の底からくる震え。手足は特にそれが顕著に表れる。そしてガチガチと打ち鳴らされる自分の歯。服を着ておらず、水辺にいる為に寒いのは間違いない。だがもちろんそれが原因ではない。


『ラナブラック、今だけは僕の心を操ってほしい。こんな状態じゃ剣を構えるのもおぼつかない』


『承知。それに繋がる事象を伝えよう。主の世界で一般に魔法と呼ばれるモノ、それがこの世界には実在する。魔法を発動するのに最も必要なのはイメージだ。

 魔力ももちろん必要ではあるが、それについて主は心配する必要はない。この世界で大魔導師と呼ばれる人間の百倍近い魔力を主はもっている』


 音もなくスッと広がる『何か』。それと共に体の震えが嘘のように消える。恐怖心が完全に消えたわけではない。恐怖はある種の第六感。恐怖があるからこそ避けられるモノもある。それをラナブラックは理解している。それは亮が考えたとおりの事である。


 鞘を地面にそっと置き、剣を両手で持つ。切っ先が視線の中心にあるよう意識する。大きく強く息を吐く。ラナブラックが伝えるその方向に剣を向ける。



 ガサリと茂みが揺れる音がした。



 瞬間。とびかかる影。とっさに避ける。

 ガチンと何か堅い物同士がぶつかる音。

 左肩から走る痛みに顔をしかめて振り返る。

 その目に映ったのは襲いかかる蛇。

 身体を左に揺らして避ける。

 何故か蛇は一定の長さで引き戻った。


 体勢を立て直し、剣を構えなおした彼が見たのは醜悪な動物。いや、それは動物と分類してもいいのか疑問が残る。獅子の頭に身体、そこまではいい。その肩には角が大きく捻じれ曲がった黒山羊の頭が備わり、ウネウネと動く尾には蛇の頭がついている。


『合成獣、キマイラか。なぜこんな場所に? 失敗作で廃棄でもされたか?』


「考察は後にしっ!?」


 最後まで言う暇はない。黒山羊の頭がのけ反り、すぐに突き出される。その前に淡く光る円が浮かんだかと思うと、槍のような炎が空中に生み出されたのだ。数は五。


 まずいと思う暇もない。魔法はイメージ。出来る限り具体的なイメージを思い浮かべる。


(魔法から身を守る壁! 自分を中心にした直径二メートルの球体!)


 彼の魔法が発動したのは、炎の槍が発射されるのと同時であった。だがそれで充分であった。射撃系の攻撃は、発射と念じてから目標に到達するまでにどうしても時間差が生じてしまう。その時間差の内に対処ができればよいのだ。


 もちろん、相手の攻撃を見てから対処する為には相当な修練が必要である。普通なら彼にそんなことは出来るはずもないが、ラナブラックのおかげで精神的な余裕があった為に可能になったのだ。


 生み出された壁は飛来した炎の槍を悉く防いだ。多少の熱は感じたものの、それまでである。キマイラは防がれたことを意にも介さず、すぐさま次の行動を起こす。身を低くし前足と後ろ足を合わせたかと思うと、素早く跳びかかってくる。


 それに対して亮は屈んで身を低くする。獅子の爪が頭上を通り過ぎたことを確認すると同時に素早く立ち上がる。そのバネを利用して下から真上に剣を振り上げる。


「グルアァァァァッッ!!!」


 もはや獅子か山羊かの区別もつかない唸り声を上げるキマイラ。激痛か憤怒か、その両方か。亮が振り上げた剣の途中には蛇である尾があった。肉を斬る独特な感触に顔をしかめながら振り切ったかいはあったようだ。蛇そのものの尾は斬り飛ばされると同時に動きを止めた。


 キマイラの尾から吹き出す血は青く、とても普通の動物とは思えない。そしてそれで逃走することもなくむしろ敵意を増しているようだ。普通の動物ならこの時点で逃走してもおかしくはない。振り返ってそれを見、キマイラが戦いを強制されているように感じた亮はため息をついた。


「なんだか、アレを見てると悲しくなってきたよ」


『然り。だが手加減は無用。せめて苦しまぬよう、速やかに冥府に送ってやるのが情けだ』


 思念を受け取った亮が大きく息を吸い、強く吐き出すと同時に息を止める。彼と同様、振り返って攻撃の体勢を整えていたキマイラ。先程と同じように、否、先程よりも早く強くとびかかる。


 しかし亮は避ける素振りすらしない。曲げていた腕をまっすぐ正面に突き出す。剣も動きに沿って突き出される。そこはキマイラの素体となっている獅子の頭の正面。


 狂いなく腕と一直線になった剣は折れることも曲がることもなく、キマイラの突進を真正面から受け止めた。獅子の眉間を貫き、そのまま刀身全てが入り込んでいく。鍔の部分が引っ掛かると、腕を緩めて曲げることで突進の慣性を逃がす。当然、獅子の頭が亮の目の前まで迫る。


 ほんの数瞬、キマイラと彼の目があう。そしてグパッという音と共に青い血を吐き出してキマイラは息絶えた。慣性がなくなったキマイラの体は重力に従って地に落ちる。肩に足をかけ、剣を強引に引っ張りぬいた。なぜかそれ以上血が噴き出ることもなく、キマイラの体は白い灰になり、灰は風に煽られ散らばっていく。


「ゴッ!? ぐぶっ!!」


 わずかな黙祷までが限界だった。強烈な吐き気に耐えかねて、彼は胃の中にあった物を吐き出してしまう。手足が吐しゃ物で汚れ、胸についた青い血はそのまま。それでも気にならなかった。ある程度の大きさである生物の命を自分の意志で奪う、そんな経験は今までなかった。蚊や不快害虫を殺すのとはわけが違う。


「大丈夫ですか、我が主」


 ある程度吐き気がおさまるのを待ってくれていたのだろう、ラナブラックから声がかかる。そしてその事に違和感を覚えて顔を上げる。


 目の前に絶世の美女がいた。

H27.11/21 加筆修正いたしました。

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