プロローグ
ふと気が付くと目の前に泉があった。その周囲は木々に囲まれ、どうやら森の中であるらしい。
泉はわずかに波打ち、陽の光をキラキラと反射する。透明度はかなり高いらしく、底まではっきり見えている。
聞こえてくるのは木々が風に揺られる音。鳥のさえずる声。
彼は自分がなぜこんな場所にいるのか理解できなかった。納得などできるはずもない。それでも事実として、目の前には泉がある。
彼の名は岸本亮。私立大学に通う3年。趣味はライトノベルやゲーム、アニメなど。俗にいうオタク予備軍の一人だろう。
そんな彼でも理解できない状況が目の前にあった。少なくとも数分前はバスに乗っていたはずだ。このような景色に見覚えはない。もちろん、降りた覚えもない。降りたとしても目の前の景色はまずあり得ない。
彼の住む場所は大都会とは言わないまでも、そこまで田舎でもない。ビルが立ち並ぶある程度の町中である。アパートの前には道路があり、車が走っている。少し歩けば鉄道路線も見える。
だが目の前に広がる景色にそんなモノはない。車も電車も飛行機もない。人の住む場所には必須であるはずの電線すらみかけない。どう考えても数分前のバスの中ではない。
加えて時間。陽の光を反射するということは朝から昼にかけての時間だろう。だが彼がバスに乗ったのは学校が終わり夕方近い時刻だった。暗くなることはあっても日が改めて出るようなことはありえない。
(夢でも見ているのかな?)
そう考えるのが一番自然である。講義を受けてそれなりに疲れていた。バスに揺られて居眠りをしてもおかしくはない。
だが。
夢と判断するにはリアルすぎる感触である。陽の光を反射する泉、鳥のさえずる声、肌をなでる風、森林の独特な空気。そのどれもが今が現実であると示しているように思う。
(もし現実なら、説明役のキャラが出てきてもいいものだけど)
夢ではない。そう考えた彼が思いついたのは、オタクらしく異世界への転移である。そういう場合は大抵、神様やそれに準ずる存在が今の状況を説明してくれる。だが、少なくとも今までそんな存在には出会っていない。
そして何より『常識』がそれを否定していた。オタクだとしても空想と現実を混ぜて考える者はほぼ皆無である。現実にはあり得ないからこそ面白いのであり、物語として読むことができるのだ。
(説明もチート能力もなしで異世界への転移とか、どんな無理ゲーだよ)
『・・・・・・』
今は役に立たない事を考えていると、小さな小さな声が不意に聞こえた。唐突すぎてびくりと全身が反応する。そして辺りを見渡すが誰も、何も居ない。
『・・・・・・』
再び聞こえる声。最初と同様、小さすぎて意味を捉えられなかった。だが何故かわかる。
この声は自分を呼んでいるのだと。
呼ぶからには、その相手は自分に用がある。それがどんな相手であってもいきなり攻撃などはされないだろう。それが誘いである可能性もあったが、それでも現状よりも酷いことにはならないだろう。そう考えて彼はその方向へと歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございました。誤字脱字、感想などよろしくお願いします。
H27.11月 加筆修正いたしました。