第二〇話 ウィンターゲート
村役場前の広場に設営された幾つもの日よけテント。
その下に集合しているのは、自警団と村人合わせて五十人くらい。
そして冒険者達だ。
「あのな、みんな……」
キノさんは護衛依頼についた者達を村から送り出してから、俺達に向かって口を開いた。けれども上手い言葉が浮かばない様子で、冒険者一人一人の顔を見て行き、あ、やっと何言うか決まったみたい。
「集まりすぎだ。避難計画組み直すの大変だったんだぞ。だから冒険者は馬鹿ばっかりだって言われるんだ」
村に残ると決めた冒険者達が五十名くらい集まっている。
そこから明るい野次がとんだ。
「ヘイヘイ、なんだよぅ」
「せっかく集まったのにそりゃねーよな、みんな」
「そうだそうだ、おまえだって元冒険者だし、残ったじゃねえか」
その声にキノさんは笑い出した。
「ちがいない。たしかに馬鹿だな」
冒険者達がどっと笑い声を上げる。
ほとんどが戦士やレンジャーで、魔法使いが五人と僧侶が六人。
そして俺とレイナとジョシュアだ。
レイナを置いて行くなんて出来ない。俺は残った。戦う理由が無いと言っていたジョシュアも残った。
エリネルト村が提示した報酬は一人一〇〇万エルドと低いが、村の居住権と農地と三年間の無税が付く。報酬としては充分かもしれないが相手は呪災害魔獣だ。そして村が魔物にやられてしまったら一〇〇万エルドしか手に入らない。普通の冒険者なら依頼を受けないだろう。
残ると決めた村人とエリネルト自警団員の中心に居るのはエリー村長だ。他にも女性も数人居るが子供は一人もいない。
泣いて戦うと言ったビント君は最後まで残ると抵抗した。自分が言い出したのだと引かなかった。ハルデンさんまでおらも戦うと言い出して説得するのが大変だった。
最後はタッガさんが一喝した。
「戦えない子供を参加させる余裕は無い。作戦の成功率が下がる」。そして「依頼人が死んだら誰が契約を果してくれるんだ? 村長の息子として、生き残って俺達との契約を絶対に履行しろ」と諭した。
ビント君はエリー村長とも話し合ってから、「避難する村人を助けて必ず契約を果しますのでお願いします」と深々と頭を下げた。
そうして残ったのは作戦に参加する、戦う意志を持った者達だけになった。
「まずは現状だ。ハーベストアントはまだ動いていない。先制攻撃をかけたいが巣の周りは呪いで瘴気毒が漂っていて確認できない。斥候隊が巣穴と思われる場所を遠距離から魔法で攻撃してみたが無駄だったようだ」
キノさんの説明は続く。
「村からは多くの人が残って戦うことを決めたわけだが……彼らも立派な冒険者になれるかもしれないな」
そう言うとみんなまた笑った。
村人達の集団は緊張した面持ちだが、冒険者達の普段と変わりない様子を見て驚いている人もいた。
「巣穴に近づけないとなると奴らが動き出してから戦うことになる。まだ時間の余裕はありそうだ。エリネルト村の人達とどう連携するか。作戦と誰が指揮をするかを決めないとな」
冒険者と自警団を纏める大将が必要だ。
エリー村長か、実力と経験を考えてA級冒険者となると……この場にいるのはバトルアックスが得物の髭面熊獣人タッガさんか、ロデックさんか。
「あの。ロデックさんがいいと思うんすけど。どこいったっすか。偵察パーティにいるんすか?」
槍使いのホー君が推薦する。
俺もロデックさんなら適任かもしれないと思ったが、年配の戦士があれはダメだというように手を振った。
「とっくに逃げたぞ。避難護衛依頼も受けせずにパーティ組んでとんずらさ」
えっ、そうなの。
ホー君もびっくりだ。
話によると「村の酒場で受けた急ぎの依頼でパーティを組んで出発した」そうだ。どうりで見ないなと思った。
冒険者がギルドを通さずに依頼を受けることは少ないが、今はまだ正式に開業していない。村人避難護衛はあくまで通常依頼扱いだから、問題なく他の依頼を受けられる。
ロデックさんが村の依頼を積極的に受けていたのは、そうすることで村にいいポジションで居座ろうとしていたらしい。でも、村が危険になったのでさっさと逃げたというわけだ。
「自分で依頼して自分で受けたらしいぞ。頭のいいヤツは違うぜ」
「ああ。ちがいねえな。どうせ俺達は馬鹿だからな」
皮肉を言って笑ってる冒険者とはうってかわって、ホー君は見た目にも随分とがっかりしているのがわかった。
ギルドの掟を破っているわけではないけれど、俺もロデックさんがそういう人だったと知って驚いた。そして広場に現れた人に、もっと驚いた。
「キノ。斥候パーティは無事に戻った。チキの班が交代で監視をしてる。俺も休ませて貰うが、もう一パーティあったほうがいい。死眼持ちの相手は距離をとっていても疲労が激しいからな、いやになるぜ。それからポーションだ。装備ももう少し何とかならねえかな」
報告の後もその人はぶつぶつ言っている。
「ありがとうカルドン。もう一パーティだな。それとポーションと装備もだね。わかった。何とかしよう」
カルドンさんだった。偵察に行ってたんだ。
村を出て行ったと思ってた。
「おう、カルドン。疲れているところわるいんだがな、良い手はないか。カースドハーベストモンスター相手の作戦と、作戦頭はどうしたらいいと思う?」
タッガさんが声をかけた。
あれっ、カルドンさんって意外と信望あるのかな。
「森に罠を張って数を減らしたいが難しそうだな……作戦は俺にわかるわけねえだろ。元の習性が残っているらしいから、ハーベストアントと戦ったことがあるヤツの意見を参考にしてくれよ」
面倒くさそうな態度はいつものカルドンさんだった。
「作戦頭はどうだ」
「こういう時はゾラがいるとちょうどいいのにあの野郎……誰がいいか知らねえけど、あー、残ってるエリー村長に頼めよ、村の代表だからな。でも戦闘隊長はタッガ、おまえがやれよな。A級冒険者なんだしよ。あと撤退戦の殿もおまえで」
「なんじゃ、しんどいとこだけ俺かい」
そう言いながら苦笑するタッガさんは、迷惑がっているようには見えなかった。
「わかりました。戦闘指揮はできないけれど、この村の責任者である私がなるべきでしょう」
エリー村長が即答する。
「お。おう。でもあくまで名目上だからな。戦闘にはでしゃばってくるなよ」
カルドンさんは迷惑そうにそっぽを向いて言った。
「ええ。ご迷惑はかけないわ。ありがとう」
「お、俺は。とにかく眠い。次の交代まで休むからな」
そう言って立ち去ろうとする。
「ああ、こいつでもやってゆっくり休んでくれや」
そういってタッガさんはカルドンさんに金属の水筒を放り投げた。カルドンさんはキャッチしてさっそく口をつけて言った。
「なんだ、安い酒だな、ありがとよ……」
ぶつぶつ言いながらカルドンさんは立ち去る。装備を整えて休息をとるんだろう。それにしてもロデックさんが逃げててカルドンさんが残ったのは意外だったな。
「さて。いろいろ決めなければならないが、カルドンの助言に従うか。ハーベストアントと戦ったことがあるのは……」
キノさんがギルド員としての知識から、何人かの名を上げて意見を聞いていく。
「他にはいるかな?」
そこでレイナとジュシュアが手を挙げた。
「私とジュシュアは騎士団で何度も討伐をした」
冒険者達で戦ったことがある人は作戦も何も無く倒しただけだったが、レイナとジョシュアはどのような手段で退治していたかを説明した。
騎士団では蟻の嫌がる柑橘類の果汁液を撒いて遠ざけたり、巣穴を破壊したり、罠や戦闘蟻を長槍で囲んで倒す方法など、幾つか戦い方があるという。
それから戦闘蟻がいなくなると運搬蟻の動きが鈍ること、一番いいのは女王蟻を倒すことらしい。群れの統率者を無くせばハーベストアントは行動がさらに緩慢になりまとまりを無くすので楽に倒せるそうだが、女王蟻が巣の外に出ることは稀だ。今回も存在は確認されていないし、いても巣穴に引っ込んでいるのだろう。
そこからいろいろと作戦が提案された。
カルドンさんは無理そうだといってたけど、森に罠を張って撃退しようとか、落とし穴を作ろうとか防護柵を強化しようとかだ。
神聖魔法を付与した武器や防具を作ろうという案が出た。
老神官ガデムさんはいろいろな経験をしている。大変だが魔法使いと残った村の鍛冶師と組んで、唯一有効であると思われる神聖魔法を付与した武具を作ろうと提案した。急場凌ぎでどのくらい作れるかわからないが、これはやってみる価値があると決まった。
でもその後のことが決まらない。
カースドモンスター化したハーベストアントにどんな作戦が有効か解らないからだ。蟻の忌避する果汁もここでは手に入らないし、今は瘴気漂う毒の中に巣を作っているのだからこちらからの攻撃も出来ない。皆でいろいろ意見を出し合ったが、これだというものが出なかった。
「レイナ。意見は?」
キノさんはちらっと俺の顔を見てからレイナに尋ねた。
「ある」
レイナは立ち上がり、はっきりと答えた。
「騎士団の戦法は、普通のハーベストアントだから効いたのだろうと先ほどお主自身が話していたではないか」
蜥蜴人の戦士ベルシュが問いかける。
「違う。カースドハーベストアントだからこそ有効な策がある」
どういうことだろう。
「具体的に。どうするのだ」
首を傾げながらちろりと長い舌をみせるベルシュが怖かわいい。
皆もレイナの次の言葉に注目している。
「周囲の畑の麦を刈り取り破棄する。そして、わざと刈り残した箇所に陥穽罠を仕掛ける」
レイナの瞳は静かに煌く紫水晶のようだ。
どよめき声が上がった。
「刈り取って、捨てる?」
「どうして? なんで?」
「落とし穴を作るのか」
「罠って、そんなことできるのかよ」
「そんなんでどうやって倒すのよ」
みんな口々に疑問の声を上げている。
ベルシュはぱかんと大きな顎を開いていた。
俺も驚いた。そりゃあ避難したハルデンさんは感謝の言葉と、村を救う為には何でもしてくれと言ってたけども。
「レイナさん。どういうことですか」
厳しく詰問するような声。
エリー村長だった。
いつの間にか近くまで来ていた。
後ろには村の人達もいる。レイナの発言も聞こえていたようで村人達も困惑した顔や怒りをあらわにしている人もいる。
レイナはまったく動じなかった。
「倒せなくていい。村の周りの太陽麦を一箇所だけ残し、他は全て刈って焼くか埋めるかして廃棄する。麦を狩り残したところに落とし穴を作るのだ。底に神聖魔法を付与した槍の串刺し罠を仕掛け、動けなくしてカースドハーベストアントが死ぬのを待つ」
倒せないならば倒さなくていい。時間を使ってタイムアウトを狙うというのか。
「そうじゃなくて、私が言いたいのはっ」
エリー村長が叫ぶ。
皆で魔物を倒そう村を守ろうというのに、作物を諦めろと言ったのだから当然だろう。俺はレイナと村人達の間にすぐに入れるよう、静かに立ち位置を移した。
「レイナさん。そんなことをしたら収穫が無くなるわ」
エリー村長は気持ちを押さえ込むかのようにゆっくりと言った。
「それこそがこのエリネルト村の勝利だ」
レイナは即答だ。村人達からどういうことなんだと声が上がるが、レイナは良く通るしっかりした大声で言った。
「村の周囲の畑の、どこを刈りに来るかわからないままではこちらが不利だ。そして収穫されればヤツらに巣を作られる。そうすればこの地は呪われる。だから収穫させてはいけない」
みんな黙ってレイナの言葉を聞いていた。
「カースドモンスターは凶暴化して人を襲うが、トーネ集落のことからもわかるように、残った作物を刈るだろう。だからこちらがその場所を限定するのだ。罠を作り、我々に有利なように。そして持久戦へ持ち込む」
今損をして後の決定的な損失を防ぐということだ。それは解るが、村人には受け入れ難いだろう。苦労して育てた麦を自分達で刈り取って廃棄するのだから。
「おいおい。理屈は通ってるが自分の畑ではないからそう言えるんじゃないか。彼らが納得するかね」
タッガさんがは鬚をさすりながら村人達の方を顎で指した。
レイナはエリー村長を、その後ろにいる村人達の顔を見渡してから言った。
「エリネルト村の人達よ。そうだ、私は。冒険者だ。ここの村人ではない。だからこそ、村とあなた達を守るために必要なことができる」
彼らに説くレイナの姿は堂々としていた。
凛々しくて美しかった。
レイナはかつての自分を視野が狭くて拙い団長だと言ってたけれど、この目的を果たす為の果断さと誠実さが、騎士団長として認められ慕われた理由なんじゃないか。
「敵はカースドモンスターだ。どのようなことが起こるかわからない。失敗するかもしれない。たとえ成功しても。エリネルト村の人達よ、冬は辛く厳しいものになるだろう。だが、乗り越えられるはずだ。倒せなくとも、ここで巣を作られてしまったらこの村は永遠に終わる。だからこの一度の不作が必要なのだ。この村の未来のために」
私の提案は以上だ、そう言うとレイナは村人達から下がった。
そして議論が再開された。
「かっこよかったよ」
俺は彼女の手をそっと叩く。
「リョータさん……今からでも」
さっきの凛々しさと違って彼女の声は弱々しかった。
俺とレイナは朝方またしても揉めていた。
避難してくれと言われたのを俺が拒否したからだ。時間がなくて一八禁的展開にはなれなかったのが残念だ。
「俺も冒険者の端くれだからね。そして君のパートナーだもの」
もちろん無理してる。強がりだ。ロデックさんにレイナと一緒にパーティにどうかって誘われてたら、もうここには居なかっただろうことは内緒だ。
「リョータさん……ありがとう」
「よ、嫁に無理はさせられねえ」
「……はい」
レイナはこくりと頷いた。
長い話し合いの結果、大将はエリー村長に。
戦闘指揮はタッガさん、そしてレイナの策が採用された。
作戦名は某村人が提案した「ウィンターゲート」と名付けられた。
エリネルト村はカースドハーベストアントを撃退して厳しい冬を潜り抜け、再び輝く春を掴むのだと。
俺は確信した。「あの村人さんはちょっと厨二病にかかっています!」と。しかし、かっこいい作戦名がみんなのモチベーションを上げていて、そんなこと言える雰囲気ではなかった。それに俺には他に話すべきことがある。
皆は防護柵の点検や、収穫用農器具を点検に村の倉庫へ行ったり、武器作成など、班に別れて行動を始めた。
エリー村長やキノさん達はこれから役場の中に場所を移して作戦会議だ。
作戦にはどの条件で作戦を止めて撤退戦にするか基準を決めたり、どこを刈り残してどう罠を作るかなど、さらに細かい分担も決めないといけない。
その前に話しておかなくては。
「あの。キノさん。お話が――」
俺はキノさんを声をかけた。




