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第十八話 避難前夜

「まいったな」

キノさんは冒険者ギルドの、俺が磨き上げたカウンターに肘をついてもたれ掛った姿勢で、何度目かになるセリフを言ってため息をついた。難しい顔をしている。

時刻は一〇コクを過ぎ。夜の八時くらいだ。

冒険者ギルドエリネルト村出張所では、さっきまで避難の準備が行われていた。業務に使う魔道具などが魔法で封印されてから荷造りされる。今はそれも終わって、残っているのは俺とレイナとキノさんだけだった。ジョシュアは出張所の中には入らず、外で待っている。


「キノさん、これからどうするんですか?」

ビントくんが声を上げた後、村人から残って戦うと言う人が出た。冒険者達からも依頼料によっては考えるという者が現れた。

冒険者には命懸けて依頼に挑んで報酬を望む人もいるし、強い魔物を倒して名を上げようという人もいる。避難一択に納得していなかった人もいる。ビント君を可愛がっていた人もいた。

「冒険者ギルドとエリー村長が決めていた通りにはいかなくなったということか」

レイナがそう言うとキノさんはうーんと唸って頷いた。

「ああ、そうだよ。避難でまとめたかったのだけどな」

え。エリー村長とキノさんで?

「どういうことですか?」

「リョータ。避難することは私と村長とで決めたことなんだよ」

首を捻る俺にキノさんは説明してくれた。

もし仮出張所とはいえ冒険者ギルドへ呪災害魔獣を倒してくれと依頼がされた場合、村から逃げ出す冒険者が多ければギルドの評判が悪くなる。避難護衛の人手も減ってしまう。それならば最初から村人の命を優先して全員非難として、格安で護衛に冒険者が付くことに決めたのだ。


「見事にひっくり返ってしまった。今日明日に襲撃は無いだろうけど。全員避難の計画は見直しだ」

村人にも冒険者にも、一晩考える猶予が与えられた。

戦うのか逃げるのか。

明日の朝、集合するまでに各自が決める。

「泣く子には勝てないというけどね。だが、退治してくれじゃなくて、力を貸してくれだからな。それもちゃんと報酬を出す意志を見せた」

それは俺も思った。

ただ魔物を倒してくれじゃなかった。

依頼だった。

だからみんな考え始めたんだと思う。

「ギルド職員としての教育が良かったってことですかね」

「嬉しいやら、困ったやらだ」

俺の言葉にキノさんは苦笑した。


逃げるか戦うか。

俺とレイナは避難することを決めている。

何か急があれば、見張っている魔法使いが空に信号の火球魔法を上げることになっている。このまま巣に篭っていてくれればいいけど、でも中で繁殖していたらさらに恐ろしいことになる。


「戦う者がいるのはギルドにも村にとっても、いいことなんだが……」

キノさんが難しい顔でカウンターを撫でながら言った。

「村にとってもですか?」

ギルドの評判という意味ならわかるけれど。

レイナを見ると今度は俺と同じく解っていない様子だ。

「呪災害魔獣が活動を停止するまでは過去の記録からおおよそ一、二ヶ月と予想される。この村を襲った後は、近隣に村は無い。巣を作り。そして次は人を襲うためにジュラーハを目指すだろう」

「ジュラーハに……」

「既に領主へ急報が届いている。今頃は戦力を集めているはずだ。ジュラーハ防衛の為に」

「キノ。領主はエリネルト村を助けないのか」

レイナの口調には静かな怒りが込められていた。

「領主の軍は来ない。間に合うかわからないからな。それに今は救援を出すよりも、ジュラーハの戦力を整える方が急務だ……ならば少しでも魔物を足止めするために村が戦えば、領主へ避難民援助を要求しやすくなる」

「……エリネルト村は捨石ということなのか」

「距離と時間、人の数を考えれば仕方無いんだ。それに相手はカースドモンスターだ。捨石になるかさえわからない。だからこそ全員避難を決めたんだが……」

そう言ってキノさんは壁の地図を眺めた。目が森を辿っている。

俺も地図を見ていた。

ジュラーハが襲われて大きな被害を受ければ領主の経済力は著しく減少する。そこに土地も財産も職も全て失ったエリネルト村の人々が行って、充分な援助を受けられるのだろうか。


「この国の王はどうするのだ。何もしないのか」

レイナは静かに問うた。

「もちろん動いてはいるだろう。宮廷魔術士団と騎士団をジュラーハに派遣しているはずだ。だが、その後のことはわからない。援助は何かしらあるだろう。けれど開拓村が魔物に襲われるのはよくあることなんだ。何かあっても全て保証されるなんてことは無い」

「そうか……」

レイナは俯いていた。彼女も王国や領主の対応は仕方ないと解っているだろう。故国で起こった政争による領民の犠牲とは違うのだと。それでもエリネルト村の人が受ける苦難にレイナは心を痛めている。


「リョータ、レイナ。そろそろ休んだ方がいいぞ。明日は避難するのだからな。今夜は良く休んで避難に備えるんだよ」

「ありがとうございます。あの……キノさんは、どうするんですか」

俺はこの質問をするのが怖かった。

キノさんは軽く肩を竦めてから言った。

「正式な開設前の所長に残れというのもね……けれど冒険者ギルドの職員が逃げるわけにはいかないさ」

「そんな……」

やっぱりキノさんは残るんだ。

キノさんは俺がアンファングに来て冒険者ギルドへ初めて行った時、ルナちゃんと一緒に登録を担当してくれた人だ。

それからいろいろ助言してもらったり、すごくお世話になった。

「キノさん――」

キノさんは俺の言葉を遮って言った。

「リョータ、レイナ。村人の護衛依頼をしっかり頼んだよ」

「キノさん……」

「大丈夫だ。残るといっても戦うのが無理そうならすぐ脱出するさ。大人数で逃げてるそっちの方が大変かもしれないんだぞ」

「……はい。頑張ります」

俺はそう返事するしかなかった。


「お待たせ」

ジョシュアが軽く頷く。

俺達は村を歩いた。

魔法の外灯の下をちらほらと歩いている人がいる。

逃げるか戦うかの準備をしているのか、あるいはまだ迷っているのか。

ジョシュアがとっている宿の前に来た。

俺達の宿の数件隣で、この建物もまだ作られたばかりで新しい。

「それでは明日。団長、リョータ。おやすみなさい」

ジョシュアは一礼して去ろうとした。

そういえば彼は夕方から一切言葉を発していなかったな。


「ジュシュア。うちの騎士団が戦ったとして。カースドハーベストアントに勝てると思うか」

レイナ、一体何を。

「元々の習性が残っていると聞いています。我が騎士団が対ハーベストアントに用いている戦術の幾つかは有効でしょう。ですがカースドモンスターを倒し消滅させることはできません」

彼は淀みなく答えた。

「……民を守る騎士ならば、村を守る戦いに参加するべきだと思うか」

レイナ、待ってくれよ。何を言っているんだ。急激に体温が冷えて行くような感覚がした。

ジョシュアは首を振った。

「いいえ。理由がありません。ここは我らが領地ではありません。他領の民のために命を懸けても騎士とはいえません。何より、今のあなたは騎士ではありません」

「質問に答えてくれて感謝する。おやすみジョシュア」

「いえ。では。お二人とも、おやすみなさい」

ジュシュアは今度こそ宿の中に入って行った。


「いやあ、えらいことになったよね」

部屋に戻ると着替えたりクリーンをしながら俺はレイナに話しかける。

「明日から森の中だよね。虫除けの薬は買ってあるけど、こんなことなら虫除けの生活魔法を覚えとくんだったよ」

レイナはベッドに座ったままだ。

「通ったこと無いルートだから心配だね。そういえばさあ――」

「リョータさん。聞いて欲しい」

レイナが立ち上がって俺の正面に立った。

「明日に備えて早く寝ないと。たくさん歩くんだから」

ブーツだ。

冒険者ブーツの点検をもう一度しよう。

「リョータさん。今、聞いて欲しい」

紫に輝く瞳が俺をじっと見つめている。

いつもはただ綺麗だと思っているのに、何故か今日は冷たく感じた。

「まさか、残るなんて言わないよね」

レイナは答えなかった。

その瞳の輝きの冷たさが嫌だったのだろうか、俺は無意識にレイナの肩をそっと掴んでいた。まるで温かみを求めるかのように。

レイナは答えなかったけれど視線を外しもしなかった。

「まさか、カースドモンスターと戦おうなんて考えてないよね。呪災害魔獣なんだよ。僕らはCランクなんだ。A級冒険者が何十人も束になって、ようやく戦えるかどうかって相手なんだよ」

レイナはジョシュアに「騎士団が戦えばどうなるか」と訊ねていた。有効な策があったとしても、それは普通の収穫蟻の魔物の話だ。カースドモンスターとなったハーベストアントには通用しない。

「レイナ。アンファングに帰ろう」

俺はレイナを抱きしめた。

レイナも抱き返してくれたけれど。

「ごめんなさいリョータさん。私は残りたい。この村と村の人達を助けるために戦いたい」

俺の胸に顔を押し当てながら、レイナがそう言った。


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