第八話 エリネルト村
森を抜けると青々とした畑がどこまでも広がっていた。
「みなさん、あれがおらたちのエリネルト村だあ!」
馬車の御者台に立ち上がったハルデンさんが前方を指差した。
「あはは、ハルデンさん。興奮して転げ落ちるなよぅ」
肩に藍色鷹を留まらせたニンブルのチョピヌが笑った。
他の冒険者からも笑い声があがる。
ジュラーハから森や荒野を歩き、小さな集落を経由して、終にエリネルト村にが見えた。
森を抜けたところに小さな詰所が設けられていた。村の自警団が周囲の警戒をしているのだ。もちろん俺達の任務のことを知っているので歓迎してくれて、今はハルデンさんと喜び合っている。
遥か先に石と木で作られた防塁が見えていた。
丘を中心に広い範囲を囲っているのがエリネルト村だ。
防塁の中にたくさんの建物が見える。俺が想像していた「村」というよりも、「小さな町」という感じだった。
その周囲には緑色の畑が広がっている。
ハルデンさんの長い話の中から得た情報によると、村ではホルス麦とか太陽麦と呼ばれる品種を栽培している。元の世界の麦にあたる植物だ。小麦と違い収穫期は秋で、夏の強い太陽をいっぱい浴びて美味しく栄養価の高い麦になるそうだ。
「あぁ。いいところですね」
俺はしばしその光景に見とれていた。
遠くに見えているのは城塞式の西洋の町村だけど、周囲の畑には夏の強い日差しに太陽麦が青々と美しい絨毯のように育っている。それが元の世界の夏の田園風景をどこか思い起こさせたからだ。
「そ、そう思うだか」
「うん。素晴らしい風景です。ね、レイナ」
「ええ。素晴らしい畑だわ」
正直エリネルト村については散々聞かされていて食傷気味だったけど、実際に見たら、素晴らしい風景だった。
青い空と太陽に伸びていく緑は、心地良い夏の風景だ。
ああ、これであの村に夏祭りと屋台と浴衣女性があれば最高にいいのだが。
「う、嬉しいだあ。おらたち、一所懸命作った畑なんだ」
村と畑を褒めたのでハルデンさんは嬉しそうに顔を赤くしていた。
風景を堪能しながらしばらく歩くと村の門についた。
「エリネルト村へようこそ!」
俺が「おじゃまします」って挨拶すると、門番が笑いながら言ってくれた。
防塁の中には街があった。
まだ開いている土地も多々あるが、石や木と土でできた建物が多く建ち並んでいる。建物が魔物の侵入を阻む防壁を兼ねているからだ。
中央の丘の上には石造りの館と木で作られた塔がある。館は村長宅か教会かな。
塔には鐘が吊り下げられていて、人が周囲を見張っている。
鐘は時刻を知らせるのと有事には鐘をついて村人達に知らせるためだ。
「活気がある村だね」
「ええ、住んでいる人達の顔も明るいわ」
メインストリートの両脇には店が並んでいて村人の往来もたくさんある。名前はエリネルト村だけど、小さな城塞町といった感じだ。
ロデックさんの先導で村役場へ依頼完了のサインを貰いに歩いていく。町の中心近くの広場に、良く日に焼けた顔に笑顔をうかべた女性が立っていた。
「ようこそ冒険者の皆さん、護衛依頼を果たしてくれてありがとう! わたしが村長のエリーです!」
大きな声だった。
この人がハルデンさんの話で聞いていた女村長のエリーさんか。前村長である旦那さんを亡くした後、子育てをしながら村を纏めてきた女傑だ。思ったより小柄な人だったけど、自身に満ち溢れた顔をしている。物見の塔からの報告で、俺達を出迎えてくれたのかな。
「アンファング冒険者ギルド所属のロデックです。村長自らお出迎えありがとうございます」
ロデックさんがにこやかに返す。
「村長! おら、無事に帰っただ!」
「おかえりハルデン。ありがとう。よく役目を果たしてくれました」
笑顔が魅力的な女性だった。
ロデックさんは村長さんにサインを貰うと今後の予定に関して話していた。
依頼は完了したがギルド経由で報告書が村役場に提出されるし、ロデックさんを含む数人が報告会に出席する。
カルドンさんも呼ばれるのは間違いないだろう。またいろいろと細かい意見を出すんだろうなと思いつつふと彼を見ると、なぜか惚けたようになっていた。その視線はロデックさんと村長さんに向いている。
「どうしたんすか?」
ホー君が話しかけると、はっとして慌てて視線をそらした。
「な、なんでもねえ。早くエールを飲みたいだけだ」
その声が村長さんに届いたのだろう。
「そうだわ、皆さんお疲れのところをお留めしてごめんなさい。何もない村ですが、どうぞゆっくりご滞在を。できたら村を拠点に依頼を受けてもらえると嬉しいわ」
すかさず営業とは、さすがはエリネルト村を大きくした村長さんだ。
「あ、ああ。気が向いたらな」
あれ。カルドンさんにしてはマシな返答だな。こんな村さっさと出てくぜとか言いそうなのに。
ハルデンさんは俺とレイナが畑を褒めたのがとても嬉しかったらしく、採れた作物をご馳走したいからぜひとも滞在中に家に寄ってくれと言ってくれた。
そして村長さんハルデンさん達と別れ、俺達はぞろぞろと一軒の新しい建物に向かった。
「わー。小さいっすねー」
槍使いのホー君が言う。
それでも2階建ての大きな一軒屋くらいあるんだけど。
「かわいい建物ね」
「アンファングと比べるなっての」
そんなことを言いながら、ぞろぞろと中に入る。
新しい木のにおいがする。
強い日差しから屋内に入ったので薄暗く感じるが、奥にカウンターがあるのはどこも一緒だ。
そのカウンターには青い髪の男性が居て。
「うん。全員無事なようだな。冒険者ギルド、エリネルト仮出張所へようこそ!」
キノさんの声が迎えてくれた。




