第6話 ステータスウィンドウの盾
「この森に来るのは久しぶりだよね」
俺とレイナはまばらに木々が生えた森の中を歩いていた。
6の月の終わりで緑が眩しい。
「そうね。あの時はロングテール蝶の採取の依頼だったわね」
俺がCランクに上がってからはレイナと二人で依頼を受けたり、ゾラさんが組んでいたゴラゾンさん達のパーティに混ぜてもらったりしていた。
護衛依頼や遺跡探索もこなした。アンファングから数日離れた村に遠征して、周囲の森で特殊な蝶を探したこともあった。
ステ盾の実証実験と良く解らなかった上位鑑定も終わって一段落したので、今、俺とレイナはアンファングからこの村に二人で来ている。今回は薬草採取や魔物討伐の簡単な依頼だ。
ステ盾はいろいろ試したり使いこなせるように練習をしているが、自分の意思で動かすのは難しい。普通の盾を動かす方が簡単だ。
小さいほうが速く動かせる。大きいとほとんど動かせない。
3メートルの箱型にして、土や岩に出現させたら斬り取れるだろうかと試してみた。これができたらかなり凶悪な武器になりそうだなと期待したが、うん、安定の「無理」だった。何かがある場所には出現しないようだ。
でも、水や空気には出来た!
液体や気体はいいようだ。
ステ盾の中に水を入れて水槽にしようと思ったけど、ウィンドウを消した途端に、ばしゃーっと水が落ちた。
ゲームでよく出てくる物品を異次元に収納する「アイテムボックス計画」が水に流れてしまったよ。水だけに……
そんな風に思いついたことを試してはみたものの、まずはステータスウィンドウの盾本来の使い方に習熟しなければいかん。
あ、盾として使ってる時点で本来の用途じゃないけど、まずは防御からということで。
サイズを俺が使っている盾に合わせた縦80センチ横60センチ厚さ3センチくらいのステータスウィンドウにした。
冒険の合間には装備のメンテナンスや休養も取らないといけないので、ステ盾の修練は地道に続けしるしかない。
パルセルはステ盾のことは大っぴらにしない方がいいと助言してくれた。不思議な現象なので、貴族などが興味を持つと面倒なことになったりするからなと。そしてステ盾の秘密を問われたら「普段は使うことはできないが、ピンチになると発動する。一族の者にごく稀に現れるの名も無き古の魔法だ! っていう設定はどうだ!」と満面の笑みで付け加えてくれた。ありがとうよ。
そうだ。冒険者ギルドの依頼にパルセルを誘ってみるのはどうだろう。ステ盾のことも知っていて、戦力としてはもの凄いと思うんだけど、どうなんだろう。
周囲を警戒しつつそんな考え事をしていると、レイナが俺の肩をそっと叩いてから前方を指差した。
木々の向こう。
かなり遠い距離に四足歩行をする茶色い毛皮が見えた。
ワイルドボアだ。
巨大な猪でその突進力は凄まじく、まともに食らうと大怪我だ。打ち所が悪ければ死んでしまう。その突進攻撃はホーンラビットの比では無いのだ!
いや、ホーンラビットの攻撃ですら俺は死にかけたことはあるけども。
ホーンラビット5匹分の攻撃力だと思えば、その恐ろしさも納得だ。
うん。要はあんまり強い魔物ではない。
むしろお肉ゲットである。
稀にアグリュムという全身緑色で枯れた木の枝のような肌をした醜い小妖魔が、このワイルドボアを使役していることがある。
アグリュムは強くは無いがワイルドボアを突進させたり、アグリュムが騎馬のように乗って突撃してくることもあると冒険者ギルドの資料に書いてあった。
周囲を観察するが、どうやら辺りにはそのワイルドボア一匹だけのようだった。
レイナと俺は目を合わせ頷いた。
いつものように誘い出して斬りかかれば俺達なら楽に倒せる。
ワイルドボアは突進してくるだけなので、避けざまに攻撃をしていけば簡単に倒せるのだ。
ギュヒィィィー
突然絶叫のような声を上げてワイルドボアが駆け出す。
突進だ。
つまり何か得物を見つけたということだ。
森の奥から悲鳴と叫び声が上がった。
声からすると被害者は獣じゃなくて人のようだ。
ワイルドボアに誰かが襲われている。
「行こうリョータさん!」
レイナが駆けだす。
「おう!」
俺も慌てて走る。
三人いた。皆かなり若い。まだ子供みたいだ。
村の子供たちか。
一人が地面に倒れて足を押さえて呻いている。傍らには盾が落ちていた。
短杖を持った少年と槍を持った赤毛の少女が、助け起そうとしている。
ワイルドボアは少し離れたところで、彼らに再度突進する構えをみせていた。
「アンファング冒険者ギルド所属のレイナだ! 加勢する。そこの二人は負傷者を助けて下がりなさい。リョータさん。彼らを頼む!」
レイナは何の躊躇も無く、剣をバンバンと盾に叩きつけながら躍り出た。
音を出して威嚇することでワイルドボアの注意を自分に向けるためだ。
「わかった!」
レイナって迷い無く前に出るよなあ。
ワイルドボアなら危険は無いけど。
そう思いながら俺は彼らに話しかけた。
「もう大丈夫だ! 君達、ワイルドボアの突進はホーンラビットと同じです。進行方向に身を置かない。突進してきたらまず避ける。距離があるから大丈夫。ポーションはある?」
「え。ホーンラビットと同じって……あのっ。ぽ、ポーションはありますっ」
赤毛の女の子が答える。
俺的には重要事項である「ホーンラビットと同じ」という言葉にも反応が無く、ポーションは持っているが、装備は普通の服だ。靴は……冒険者ブーツではないが、ちゃんとしているな、よしよし。
それにしても子供達だけで森に来たのだろうか。
「二人で彼を支えてあげて。ほら、ポーションだ。ゆっくり落ち着いて半分飲んで。半分は傷にかけるから」
これくらいの怪我なら魔物を退治してから治療するんだけど、下手に周囲警戒などさせるよりは落ち着かせた方がいいだろう。
「あ、ありがとう」
少年の体は震えていた。
二人も俺に礼を言いながら負傷した彼を支える。
俺は周囲に気を配りながら負傷した少年にポーションを飲ませ、傷に振りかけた。
ワイルドボアは前足を何度も地面に踏みつけている。
突進してきそうだ。
もしこちらに向かってきたら、三人を移動させよう。
ギュォヒィィィー
再び絶叫するようなワイルドボアの声が響いた。
レイナに向かって突進していく。
彼女なら大丈夫と解っていても思わず腰が浮いてしまうが、レイナはひらりとワイルドボアをかわして剣を一閃させていた。
レイナとすれ違ったワイルドボアが、どどっと前のめりに地面に倒れる。
そのまま動かなかった。
かっけえええ。相変わらず見事な腕だ。惚れ惚れするなあ。
うむ。俺の出番無しだぜ。
「君達。大丈夫か」
レイナが安心させるためか、にこりと笑いながらこちらにやってくる。
なんて凛々しい騎士姿なんだ。
今晩抱いてもらっ、いや、そこは逆でないといかん。
よほど怖かったのか、三人は何度も礼を言ってきた。
「君達。どうして森に入ったの?」
魔物の出現が一般的なこの国では、村人が森に入って戦うことはおかしなことではない。けれど子供だけというのは変だ。
すると三人は困った顔で話し出した。
彼らは村の子供達で、村の自警団に連れられて何度も魔物を見たことがあるので、大丈夫だろうと思ったそうだ。聞けば彼らは冒険者に憧れていて、村に立ち寄る冒険者の話から冒険者登録へ行く旅費と登録料金を稼ごうとしたらしい。
確かに登録料は必要だ。俺はマテウスさんのお陰でお金があったからすぐ登録できたけれど、払えない人もいるだろう。自分で稼ごうとするのは偉いとは思うけど、知識の無い子供だけで探検するなんて危険すぎる。
アグリュムもワイルドボアも大人が倒すのを見たこともあったが、いきなりワイルドボアが突進してきたので驚いて戦うことができなかったようだ。
「子供達だけで森に入ってはいけないのではないか?」
レイナの問いかけに彼らは頷いた。
大人たちに叱られるとしょげていた。
冒険者になるには村の自警団で経験を詰んでからでもいいのになあ。講習で知り合ったゼールト達みたいに、村が冒険者登録や講習を助成しているところもある。ゼールト達、元気かな。
「初心者だけで森に入るのは危険だ」
とレイナが諭す。
ギルドに入ったばかりの冒険者でも講習やベテランパーティの手伝いから始めるのは本人の危険を減らす意味もあるが、初心者が焦って仲間を危険に巻き込むこともあるので、それに対処するべく慣れた人と組ませるのだ。
「命があってのことだ。しっかり叱られなさい」
ますますしゅんとする三人。
「だが、冒険者に憧れる気持ちはわかる。冒険者はいいものだぞ」
レイナは三人へ冒険者の厳しさと同時に巣晴らしさを話した。
「気概は大事だが知識や鍛錬が必要」「いきなり冒険に出ることがとても危険であること」そして「私もギルドに入ることで大事なことを得た」と語った。
三人の少年少女はきらきらと憧れの目で彼女を見ている。
そんな俺も。俺の彼女かっこいい! おおい。三人とも、その綺麗なお姉さんは俺のだからな!
という思いで見ていた。
もちろん周囲への警戒も怠らない。
レイナが紫の瞳でこちらを見る。
うん。次はレイナがギルドで得た最大に大事なこと、つまり俺のことを彼らに紹介してくれるんですよね! せっかくだから初心者講習の大人気講師ドコン先生と紹介してくれても良くってよ?
キヒャヒャヒャヒャヒャ
ギュォヒィィィー
キヒュヒャヒャ
ギュヒィィィ
おおう。そんな奇声を上げての紹介って。
「リョータさん!」
「おう!」
2匹のワイルドボアがこちらに向かってくる。
それぞれに全身緑色の不気味な小人妖魔が乗っていた。
おお。これがアグリュムのワイルドボアチャージか。
さっきの一匹は荷馬代わりだったのかな。
昔の俺ならば、ややややばい、どどどどしようと大慌てするところだが、非童貞の俺はもはや余裕のある男だ。
うわっこわっ、くらいでなんとか耐えれるのだ。
距離はあるし俺とレイナなら充分倒せる。
避けてすれ違いざまに攻撃して倒す。
けど。
俺はちらりと後ろを見る。
「わわあっ。アグリュムがワイルドボアにっ」
後ろの三人はパニックになっている。
うん、初心者が慌てると危険な例そのものですね!
さっきの一撃が余程怖かったのだろう。
彼らが狙われたら拙いな。上手く避けられないだろう。
その彼らを庇ってレイナが前に立つのが目に見えるようだったから。
俺は、突進してくるワイルドボアに向かって歩を進めた。
「リョータさん!」
「ちょっと頑張ってくるね。その子達を頼むよ」
レイナに手を振って俺は突進してくる魔物に対峙した。
盾を構える。
ど根性はオーケーだ。よし。
俺は叫んだ。
「おら、こいやあ猪鍋にしてやるぜ! もちろんアグリュムは除く!」
「ギュヒヒヒ!」
具材から除外されたアグリュムが喚いている。
うーん。醜悪な顔をしてるなあ。
俺はただ立って盾を構えているだけ。
どんどん迫ってくるワイルドボア。
ゴキンッ
グキンッ
ベギャッ
ゴギャッ
と、いう悲鳴と音が四つ重なった。
約3メートル前の空間から。
俺は恐る恐るその様子を確認する。
まるで透明なガラスに気がつかずに全力で走ってきた人のように、俺の透明なステ盾に魔物達がぶつかっていた。
突進してきたエネルギーがそのままダメージだ。
ワイルドボア二匹は首の骨が折れているようだ。
その背に乗っていたアグリュムも飛び出すようにステ盾にぶつかって、顔面や体を強打。そしてずずずっと、歯と血を撒き散らして地にくずおれていく。
少々悪趣味な防御方法だとは思うが、これがステ盾の強みだ!
見えないので突進してきて勝手に大ダメージを負ってくれるのです!
俺は素早くステ盾を消すと剣で止めを刺す。
一瞬で魔物を倒した俺って、けっこう凄くない?!
そう思って振り返ったが、パニックになっていた彼らには何が起こったかよく解らなかったようだ。
まあいいか。
「うん。そうだよ。ど根性盾は秘密だもんね」
そう自分に呟く俺であった。
第4章 ステータスウィンドウの盾 終わり
予告 次章『ラヴェンダの橋』 近日(2月内)公開予定




