第3話 ステ盾の実験 後編
「ふう。疲れたな」
ついにステ盾検証実験が終わった。
「ありがとう、パルセル。お世話になりました」
俺は水筒を差し出す。
パルセルはどういたしまして、と受取ってごくごく喉を鳴らす。
パルセルはかなり腕のいい魔法使いだ。
複数系統の上位呪文を使えるし精霊魔法も使えるっていうのは知ってたが、魔法研究も出来る。そして何より、ファイアブレスはスクロール使用であってもコントロールの難しい魔法だ。
覚えて唱えるだけでも大変なのだそうだ。
それを俺に危険が及ばない角度できっちりと制御してくれた。
もし俺の盾がさっきの魔法に耐えられなくても、ちゃんと俺の体にはあたらないようになっていたし、耐火の魔法とポーションと屋内待機の神官さんで安全対策もばっちりだ。
こんな才能溢れる魔法使いがどうして魔法ギルドの一職員なんだろう。パルセルほどの腕でも大魔導士や王宮に仕えたりは出来ないのだろうか。魔法使いってよくわからんなあ。
「ふむ。そのシールドは素晴らしい強度を持っているが、何よりも衝撃が消滅していることが最大の特徴だな」
パルセルが説明してくれた。
さっきステ盾を触ってもまったく熱くなかったように、攻撃が盾を通してこちらに伝わってこない。
「その遮断能力は異常なほどだ。耐久力だけでも土系上位魔法にも見当たらないし、さらに上のクラスの魔法となると俺にも不明だ」
詳しくない俺にはよくわからないが、このステータスウィンドウは上位魔法にも破壊でいないということだと教えてくれた。
「さらに上のクラスの魔法って何? 魔道奥義とか禁呪みたいなの?」
実際に禁呪があるのか知らないから適当に言ってみた。
とたんにパルセルの顔色が変った。
「禁呪……魔道奥義だと……」
「え……」
俺は何か言ってはいけない魔法の秘密について発言してしまったのだろうか。
「かっこいいな!」
パルセルは輝くような笑顔で言った。
俺はずっこけそうになった。
このパルセル。ちょっと中二っぽいところがある。そのおかげでこうして話が合うのだが。
その後は居酒屋にて「拳で相手の体に魔法印を打ち込み、内部から破壊する一子相伝の必殺魔法奥義を受継いだムキムキ魔法使い」という設定について二人で熱く語り合った。
魔法使いなんだから有利な遠距離から魔法を打てよ、という発想は酔っ払った俺達には無かった。
「リョータ。どうしたんだ。まだ心配なのかい?」
そんな居酒屋やからの帰り道。
宵闇の賑やかな通りを歩き、ちょうど俺が鍛錬をしている公園の前にさしかかった時だ。パルセルが急に言い出した。
「え、な、なんのこと?」
「見え見えだぞ」
ごまかそうとした俺にパルセルは足を止めて言った。
顔に出ていたのだろうか。
「……うん。ごめん。こんなに協力してもらったのに」
俺とパルセルは何となく、暗くて誰もいないグランドを見る形で並んだ。
「……いや、しょうがないだろう。そのシールドは不可解なほど強力だ」
不安になるのも当然だ、と言ってパルセルは穏やかに頷いた。そして「ちょっと酔い覚ましにそこで話そうぜ」と公園のベンチを指差した。
パルセルが何か呪文を唱えた。
これで周囲には会話が聞こえないし、読唇術も防ぐという。
守秘契約をした内容を話すからかけたと言う。
安心して話せるようにしてくれたことはありがたいが、俺はしばらく無言だった。
数ヶ月掛けたステ盾実験は一まず終了した。
火にも氷にも風にも稲妻も分解魔法にも、神官の聖なる魔法も精霊魔法も、物理攻撃にもこのステータスウィンドウは破壊されなかった。
傷一つつかなかった。すごい固有魔法だと証明された。
でも、俺は不安なんだ。
やっと出た言葉は。
「なあ、本当に大丈夫かな。壊れないのかな」だった。
いつ砕けるのか。
俺は砕けてもいいと思っている。
ただ、誰かを護る手段にしていて、これが壊れる時に護りきれなくなったら。
そう考えると怖いんだ。
階段からすっころげてここに来ただけの俺だ。なぜ俺にこれが備わったのか理由が解らない。
するとパルセルはこう言った。
「そんなに心配なら上位鑑定魔法で見てみるか?」
は?
上位鑑定?
「今、何と?」
「だから、上位鑑定魔法だよ。はじめに鑑定をしただろ?」
「うん」
確かに調査のはじめとして鑑定の魔法をかけてもらった。
材質不明で、強度は高いとしか解らなかった。
「もっと高精度の鑑定魔法があるんだ。完全では無いが物体として存在する物なら、どういう物か調べられる」
ほう。上位の鑑定の魔法か。
なるほど、そういう素敵な魔法があるわけね。
「俺も気になるしさ」
俺は長い沈黙の後に叫んだ。
「はやくそれを言わんかーい!」
そんな魔法があるなら早く言ってよ。
俺の使ったエルドが無駄じゃん!
そしたらパルセルは「実際に格安の値段で実験して確かめたからこそ、耐久力が実感できただろ」と言われた。
ぐぬぬ。確かにそれも一理ある。上級魔法にも破壊されないのだと解ったのだから。
「俺も上位魔法を試せたし、良かったよ」
パルセルがしれっと言った。
「ああっ、それが目的だったんだな!」
「あはは。それは冗談だが、俺が担当したからあんな値段でいろいろできたってのは本当だよ。そもそも普通の魔法使いにあのレベルの呪文スクロールは書けないし、唱えられないから」
うーむ。それはそうだ。あんなにほいほいと上位呪文を唱えられたら、魔法使も苦労は無いだろう。
うん。ランジュはさくっと唱えてたけど。
「で、どこに行ったらできるんだよ、その上位鑑定魔法ってのは。いったい誰がしてくれるんだ」
言いながら俺は悟っていた。たぶんそれをするのは。
「ギルドで俺がするよ。助手にベテランの鑑定士も欲しいし、準備あるから。後日来てくれよ」
やっぱりか、やっぱりおまえなのかーー!
「ところで。リョータ」
「なんだいパルセル」
パルセルはぽりぽりと頭をかいてから言った。
「……その能力が何なのか理解できなくて不安ってのはわかる。だが、そいつは凄い防御力を秘めていることは証明されたんだ。だから切り札として使いこなした方がいいのはわかるだろう?」
「うん。それはわかってるよ。けど」
「だったら。いつ無くなっても、突然壊れてもいいように備えて練習すればいいんじゃないか。それって普通の武器や防具だって同じことだろう?」
俺はパルセルの言葉にはっとなった。
確かに通常の武器は損傷の度合いがステ盾よりも解り易いというだけで、いつ壊れるかは解らない。魔物の特殊攻撃で武器や防具が溶けたり錆びて使えなくなることもある。
「リョータ。人は誰もが。才能だろうと金だろうと何だろうと、自分が持ってるものでやっていくしかない。そこから頑張ってさらに力をつけていくしかない。だからさ。せっかく何か持っているなら、全力でそれを使わないと。使えるものなら使えるうちに使っていけばいいんじゃないか。なりふり構わず自分に備わったものを必要とすることって、冒険者なら、そういう時があるだろ?」
な、なんてかっこいいセリフを――じゃないや。
「パルセル……」
そうだった。戦いは俺の悩みなど待ってくれなかった。
生死をかけた戦いは不意に起こることを俺は知っている。
だから鍛錬する、自分にできることをする。
マテウスさんに教わったじゃないか。
いきなり最強に成れる極意や強化なんて無い。地道に剣を振りなさいって。
「……えらそうなこと言える身じゃないけどな」
そう言ってパルセルはどこか自嘲気味に笑った。
「いや。ありがとうパルセル。そうだよな。悩もうがなんだろうが、戦い始めたら関係ない。せっかく自分に備わったものなら使う、上手く使えるように工夫する。それが大事だよな。それで無くなっても大丈夫なように覚悟しておけばいいだけだよな」
そうだ。
迷いが晴れた気分だ。いや、ステ盾に関する悩みはある、でも。
俺は迷っていてもいいと思った。それはそれで心に留め置いて。備えておけばいいと。
「ありがとうパルセル! なんかスッキリした!」
「あー。はは。お易い御用だぜ」
パルセルは照れたような困ったような顔で言った。
上機嫌で帰った俺にレイナは、帰りが遅いとお冠でした。
お、男には友と飲んで語らうのも大事なんでぇい!
と啖呵をきったら。
ええええっ。本当は女性の居るいかがわしい所で遊んできたのではないかと。男同士の語らいをそんな風に言うなよと思っていたら、なんとレイナが泣き出したので俺はおろおろした。
なぜ泣く。解せぬ。
女という存在は実に不可解だ。こんな事態が発生しようとは全く備えも無い。
くっ、やはり異世界は待った無しなのか。
とにかく俺はレイナに謝り、褒めて、こっ恥ずかしい言葉を並べ続けた。




