第20話 ステータスウィンドウ
響く金属音。
ステータスウィンドウが相手の剣を弾いていた。
実体を持ち。俺にしか見えない。
そうカスタマイズされている。
不可視の盾に阻まれた剣士の驚愕した顔が、苦痛に歪んだ。
だって俺はそいつの首に剣を叩きつけていたから。
鎧を砕いた感触にもう一撃。
骨と肉を打つ感触。
血飛沫きがかかる。
まだだ。
もう一撃叩き込む。
どさりとそいつが倒れた。
手が震えるので俺は痛みにも構わず強く剣を握り締める。
再びステータスウィンドウが金属音を立てた。
俺を斬ろうとした別の傭兵の斧がはじかれている。
もう一撃来た。
ウィンドウを動かす。
大丈夫だ。それも弾いた。
「くそっ、魔法かっ」
そいつが驚いているうちに俺は剣を向けて歩く。
狼狽した男が後ずさる。
俺は突進した。
ウィンドウで相手を斧ごと弾き飛ばす。
剣を振る。
相手の顔を掠めるだけだったが、逃げようとした男がバランスを崩してうつぶせに転がった。
俺はそいつの背中に、鎧の隙間に剣をつき立てた。
男が悲鳴をあげるが俺は全体重をかけて剣を押し込むと、足をかけて梃子の原理でそいつのからだの中を切った。ぶちぶちっと何かが切れていく。
ぶばりとそいつが血反吐を吐いた。
敵の死体を足蹴にして剣を引き抜くと魔法使いに眼を向けた。
そいつは引きつった顔で呪文を唱えていて、真っ白な光が俺に飛んできた。
魔法の矢だ。
だがその矢はウィンドウの前で砕け散った。
危なかった。
ファイアーランスや火球ならこんな小さな盾では防げなかったかもしれない。
俺は叫びながら突進する。
飛んでくる魔法の矢をステータスウィンドウに当て砕くが、一矢だけ左肩に食らった。
でも俺は止まらなかった。
ウィンドウ盾でそいつの体を下からかち上げ、そのまま体ごとぶつかるように胴へ剣を突き刺した。
「な、なんの魔法だ……」
さあ。俺も知らないユニーク魔法だ。
俺が呟くと魔法使いは俺にもたれるようにして、ごばりと血を吐いてこと切れた。
「くそがぁぁぁっ」
レルドと呼ばれていた大男が襲い掛かってくる。
剣を――
だが、魔法使いの体から剣が抜けない。
俺はステータスウィンドウで剣を受ける。
魔法にも強打にもこの即席の盾は耐えているが、どこまで持つかわからない。
使い方もよく解っていない。
俺はレルドの蹴りを食らってしまった。
地面を転がる。
俺はウィンドウをいったん消して、そのまま転がって距離を取った。
立ち上がり、小剣を抜く。
相手の剣を再び出したステータスウィンドウで弾くと、俺はレルドの脚を小剣で突いた。
レルドの絶叫が響く。
俺は小剣を習った通りに構える。
レルドの攻撃をステータスウィンドウ盾で受け、小剣で刺す。斬り付ける。
防具に阻まれもするが、俺は小さい傷を与え続けた。
自分の攻撃が見えない盾に弾かれ、その度に切り刻まれるレルドの顔が恐怖に歪んでいった。
「ま、まってくれっ。降参するっ。た、たすけてくれ」
剣を放り出すレルド。
俺は小剣を構えたまま動きを止めた。
「あ、あのジョグってやつは冒険者ギルドの掟を破ったお尋ね者だ。賞金がたんまりでるぞ。そいつをやるっ」
今まで無我夢中だった俺はぼんやりとそいつを見ていた。
「た、頼む。み、見逃してくれ。ひゃ、百万エルド払うっ。お宝だってあるんだっ」
こいつは何を言っているんだろう。
するとそれでは俺が不満足だととったのか、レルドがさらに言った。
「た、助けてくれっ。なんでもする。たのむっ薬をくれ。死んじまう。いくらだって払うっ」
跪いて懇願してくる。
そうだ。薬を速く村に届けなければ。
ゾラさんたちの治療も早くしなくては。
一瞬だけ視線を切ったのが悪かった。
しまった。
俺は致命的なミスをした。
ステータスウィンドウが、俺がゾラさんたちの方を向いた時にずれてしまった。
俺はタックルを受けて地面に転がった。
小剣が俺の腕から離れて跳んでいった。
レルドに圧し掛かられて首を絞められていた。
「ひひひっ、油断しやがって。どんな魔法かしらねえけどな。唱えられないだろっ。く、くびり殺してやる」
巨体にこの腕力だ。
俺はなんとか腕を外そうとするががっちりと首に食い込んでいる。
ステータスウィンドウでこいつを。
だめだ、上手くウィンドウが使えない。
近すぎるのか。
どう変えればいいのか。
早くカスタマイズしないと。
一度消して、変えるのか。
だめだ……
意識が――
突然、ぱたぱたぱたっと何かが赤いものが俺の顔にかかってきた。
さっきは気がつかなかったが、血というのは暖かいものだなと俺は思った。
レルドの顔が見えた。目を見開き首筋を抑えている。
そこから血が溢れていた。
「さきに地獄に行っとけ」
レルドの体を誰かが蹴るのが見えた。
圧し掛かっていた体がどさりと転がった。
レルドを押しやった足が履いていたのは、焼け焦げているけどいいブーツだった。
「ぐはぁっ……げほっ」
開放された俺は咽ながら必死に息を吸った。
「リョータ!」
「リョータさんっ。大丈夫ですか」
ゾラさんとグリアスさんが近くに来ていた。
ゾラさんは焼けどが酷い。
グリアスさんも怪我をしている。
俺は喉がつぶれていたので息を整えながら、何とか親指を立てて無事の合図をする。
傍らを見れば俺を助けてくれたジェイグさんが、地面に横たわっていた。
皮鎧もこげてぼろぼろだ。
風の魔剣士の技と火魔法の複合攻撃からゾラさんを庇ったんだ。
「ジェイグ。ポーションを!」
グリアスさんが抱きかかえると彼は首を振った。
「抜かった……あんな複合技、隠してやがった……この傷じゃ限界だ……どうせ死罪だ。このまま……」
グリアスさんが抱きかかえ、ポーションを飲まそうとしても拒否してしまう。
ゾラさんがクリエイトウィータで傷を洗った。
俺もゾラさんもヒールをかけたが負傷が酷すぎる。
「何を言っているんだ、ジェイグ! 飲んでっ!」
グリアスさんが吼えながら強引に飲ませたが、黒く焦げたところが僅かに変化しただけだった。ただ、話をするだけの時間は得たようだった。
「ゾラ……グリアス……すまなかった……」
「ジェイ。なぜだ? なぜあの時、俺達を裏切った」
ゾラさんは立ったままじっと彼を見据えていた。
「すまねえ……金が……治療に……サスレンダに家族……妹が……」
ゾラさんとグリアスさんは驚きの表情を浮かべた。
サスレンダ地方は15年程前に魔呪禍病が流行った場所だ。それからサスレンダ魔呪禍病と名付けられた。
「サスレンダに家族がいるなんて一言もいってなかったじゃないか!」
グリアスさんが叫ぶ。
「グリ……俺達に親類がいるのはまずいだろ。それにあの頃の俺達に何ができた……だがなジェイ。それでも言うべきだったんだ。俺達はパーティなんだから」
ゾラさんは最後は怒鳴り声だった。
「そうだよ。僕たち仲間だろっ。友達だろっ」
グリアスさんは泣いていた。
「すまねえ……俺が馬鹿だったんだ……ほんとうにすまなかった……」
「ジェイグ。いいから! 僕、怒ってないから!」
「グリアス、ゾラすまねえ……会えてよかった……そこの若いの、巻き込んじまって悪かったな……ブーツは大事な装備だぞ……」
「はい」
この人はもうすぐ死ぬ。
俺はそう返事するのが精一杯だった。
「三人で森を……俺が道を見つけて……ゾラが狩って、グリアスが上手くさばいて……美味かったな。たのしかった……カラハのとこで騒いで……みんなでAランクを……」
ジェイグさんは意識が混濁してきているようだった。
「ジェイグっ。ずっと友達だよっ。皆で帰ろうよっ」
ゾラさんはゆっくりとしゃがみこみ、彼の手を取った。
「あの世でまたな、ジェイ。ブラウオリゾンのレンジャー。俺のダチ」
グリアスさんも手を重ね、声を上げて泣いている。
ジェイグさんは目を閉じた。
「ありがとう……ゾラ、グリアス…………ああ……美味いぜ……カラハの飯は最高だな……冒険者になって、よ、かった……」
長い長い沈黙の後、ゾラさんは握っていた手をそっと離し立ち上がった。
グリアスさんはジェイグさんの死体を抱いたまま離れない。
「グリ。立て。今は薬を届ける依頼が先だ。行くぞ」
拳を握り締めて言った。
そのゾラさんの瞳からも涙が溢れていた。




