第11話 ブーツは大事な装備です
「あちゃー。まいったな」
アンファングから徒歩だと何日もかかる山間の町へ俺は来ていた。
届け物の依頼だ。
依頼も完了して一泊して、さあ帰ろうという時になって俺はブーツの膝当ての部分が取れかけていることに気がついた。
あれから冒険者ギルドへ急いだが、レイナは既に依頼を受けて一人で出かけてしまっていた。
森を探したがレイナは見つけられず、低ランク魔物には見つかった。
『通称。輝け! 楽しき憩い亭』に帰って来たが、彼女は既に就寝しているというし、次の朝は早く出かけてしまっていた。
明らかに俺を避けている。
何とか機を見計らって話しかけようとしても、装備の点検があるとか、急ぎの依頼があるからととりあってくれなかった。
「みんなわしがわるいんやー」
とカウンターの片隅で一人、俺がぐだぐだしていると。
「リョータ。妙な独り言中に悪いんだけど、そこ掃除したいのよ。いいかしら」
とカラハさんに言われてしまった。
そうだよな。いつまでも『通称。輝け! 楽しき憩い亭』の一階にいるんだからそうなるよな。
今日はもうギルドに行かずに「昂ぶる雄牛亭」にフラノワさんを見に行こうかなあ。
「ごめんねリョータ。そっちの拭いたとこ座っていいからね」
俺がとぼとぼと席を移動すると、カラハさんは手際よく掃除をはじめた。
そういえばカラハさんはどうして一人で宿屋をやってるんだろう。
「カラハさんはどうして宿屋をやってるんですか。誰か雇ったりしないんですか? けっこう大変ですよね」
するとカラハさんはへらっと笑って見せた。
「そうねえ。冒険者の宿をしているのは半分は趣味みたいなものね。いろんな冒険者がいるからね。たとえば何か悩んでぐだぐだしてる冒険者も泊まってるし、人と付き合うのがまだまだ下手な元騎士もいるしねえ」
ぐはあ。まことにもっとそのとおりです。
「すいません」
「あはは。いいのよ。でも、ちゃんと仲直りしなさいよ?」
「はい……でも、どうしたらいいのか……」
するとカラハさんはふぅとため息を付いていった。
「馬鹿ねー。女って男が近寄ってきて欲しいか去って欲しいかどっちかに決まってるでしょ」
「え……そ、そうなんですか?!」
どっちかなのか!
えらい極端な意見に思うんだけど。
「でもそう思いつつ逆の態度をとる時もあるし、とりつつも嬉しかったりイヤだったりもあるけどね」
どっちなんだよう!
「うわああ。ますますわからなくなりましたあ」
頭を抱える俺の肩をカラハさんは叩いた。
「あのね。悩むのはいいけど、いつまでも考えてちゃだめよ。冒険依頼だって受けたらいつまでも放っておかないでしょ?」
「はい……」
そうだよな。常時依頼の素材回収だって、偶然でも見つけて採取したらさっさとギルドに渡す。
「そうねえ。リョータの場合は何か依頼を受けて、その依頼が終わるまでに決める。そんな風に期限を決めるのもいいかもね」
「さ、参考にさせていただきます」
俺は礼とおやすみの挨拶をして自室に戻ろうとした。
「……なんて言いつつ、自分だって期限内になんて決められないこともあるけどね」
そういってカラハさんは肩をすくめて見せた。
期限か。
そうだよな。いつまでもぐだぐだしていてはいけない。
俺がギルドに行くとちょうどルナちゃんが新しい依頼表の束を手にしていた。ランクごとにボードに貼り付けをしていく。
もちろん俺は猫耳と尻尾を後ろからゆっくり眺める為に、じゃなくて何かいい依頼がないかついて行く。高いところに張るのを手伝いながら、「別の町に行く護衛じゃない依頼」はあるかなと探していく。
そんな都合のいい依頼ないよなと思ったら、手の中にあった。
なんと、張ろうとしていた依頼票の中に「走竜でシィーニの町まで届け物をする」というのがあったんだ。
依頼達成自体は急ぎではないのだが、扱うのが特殊な鍛冶に使う薬品で、生成すると時間とともに劣化する物だった。それで、届ける時はなるべく早く行く必要がある。
魔法ギルドで作られるその薬品は頑丈な透明金属容器に入れられていて、衝撃でも割れることは無い。
ちょっと無茶かなと思ったけど走竜に乗れる!
東への大街道を行き、途中の町で一泊してから北東への街道を駆ければ2日で着く。
単独行になるが元々走竜は尻尾の攻撃で低ランク魔物を一撃で倒せるくらい強い。走竜は尻尾で攻撃する。俺はとにかく走らせることが目標だったので、走竜で攻撃までは習ってないけどね。
Cランクの依頼だけど護衛依頼ではないのでDランクでも依頼は受けられるし、走竜に乗れるのが条件だから丁度いい。
往復4日。
ここのところCランク試験に落ちまくってたし、ホームシックで落ち込む日々だった。そしてレイナとのこと。
よし、この四日間のうちに決めよう。
俺は決心してその依頼を受けたいと言った。
「ルナちゃん。俺、走竜に乗れるから、この依頼受けさせてください」
そう言うとルナちゃんが、「にゃっ。リョータさんって走竜に乗れるんですかっ。なら登録書に記録しておいたほうがいいですにゃ!」って助言してくれた。
この依頼も申し出る人が居なければ指名依頼扱いにするそうだ。そうなると料金が上がるから、まず掲示板にというわけだ。
そういえば走竜に乗れる人は多くないんだっけ。
俺はなんとか乗れるレベルだけど、それでもいいのかな。
目立ちたくないから登録時には書かなかったんだけど、書いておいたら「にゃ?!」って驚いてくれたのかな。
うん。まあ今「にゃっ?!」が聞けたからいいか。
シィーニへは荒野と草原の街道を経て山々へ向かう。
防寒着と防風ゴーグルを着けて風を切って走る。
走竜に乗って駆けるスピードとスリルは最高だった。
で、何事も無くシィーニについた。
俺の尻の痛みや転げ落ちて出来た打身以外は。
試験に落ちて走竜からも落ちる日々か。
よし。帰りは気合を入れるぞ。
「じゃあまた依頼があったらよろしくな!」
依頼された鍛冶工房のドワーフの親方に見送られて俺は店を出た。
工房ではお弟子さんたちが届けた薬品を使う準備をしている。
「はい! こちらこそありがとうございました」
包んでもらった品物を手に俺は頭を下げる。
親方が特別にサービスしてくれたので、そのお礼だ。
依頼終了後に、俺はこの店で買物をしていた。
「いいってことよ。がんばれや」
にやりと笑うドワーフの親方に、俺は顔を赤くした。
鍛冶工房を後にする。
シィーニは鉱石や宝石が産出されるので、こういった工房が多い。
アクセサリーを売ってる店もある。
山の中腹にあって坂道の多い町だ。
アンファング以外の街をじっくり見るのは初めてだ。
少し観光して宿屋に一泊する。
もう手馴れたもんだぜ。
……えっ。チップがいるんですか?
なんかよく解らないシステムだなあ。
あのすいません!
部屋の外に出たら、ドアが勝手に閉まってあかなくなったんですけど!
えっ、外に出ると鍵が閉まる?
なにその魔法的オートロック。
次の日もよく晴れていた。
宿を出て、さあアンファングへ帰るかと思ったらブーツの部品が外れかかっているのに気がついた。膝のところのパーツの継ぎ目に隙間が開いてぐらぐらしている。
「あちゃー。まいったな」
こないだ転んで打ったところで、金具に罅が入っていたので自分で交換した。その時の取り付け方が間違っていたのか。点検はしたつもりだったが、ちゃんとできていなかったようだ。
実は俺の装備品の中で現在一番高いのがこのブーツだ。
冒険者ブーツとかコンポジットブーツって呼ばれるこれは、各部分に様々な素材を使っていて、脛宛や膝のガードもついている。鎧の一部みたいなものだ。
価格はなんと20万エルド。ちなみにこれでもまだまだ安い方だって言われた。ゾラさんのは100万エルドするらしい。
ブーツに何十万なんてどんだけレアな靴だよマニアかよ、といわれそうだけど、ゾラさんから「靴は大事な装備だ。金をかけろ」って言われた。移動市でグリアスさんにも言われた。
なぜかと言うと。
冒険中の足場って整地されてるところなどまず皆無だ。
遺跡の石床だって瓦礫が転がってたり、水に濡れてたりと色々だ。足場が悪いと踏ん張れない。何より怪我をすることもある。
かなわない魔物から逃げ出す時に足を痛めたらどうなるか。
そう、終わりだ。
この世界じゃ危機に動けなければそこで終わり。
だからブーツは大事な装備だ。
それにだ。軽くて丈夫な現代靴に慣れていた俺には、良い物じゃないと長時間歩くだけでもたいへんだ。頑丈で軽くて長時間歩けて戦える。そういう物を選ぶと高くなる。
ちなみにドライ魔法が付与されてるともっと高くなるそうだ。
冒険者にとって靴は大事な装備。
その大事な靴が一部分壊れかけていた。
どこか防具店で直してもらうか、でも草竜に乗るからアンファングに戻ってからにしようかな。どうせ途中には我が宿敵ツノウサギやコボルトくらいしかいないし、でも油断はよくない……
まずはブーツの具合を見てみようと座るところを探すと、すぐそこの商店の横道が階段になっている。そこに腰掛けてブーツにクリーンとドライをかけたときだった。
「えっ」
あれっ、店の横の陰に誰かいた。
「……何だおまえ」
マント姿でフードを被っているので顔は半分しか見えないし鎧もどんなのかわからないけど、見えているブーツは手入れが行き届いて程度の良さそうな物だった。
「あ、あの。すいません。ちょっとブーツの部品が外れかかってて。具合を見ようかと」
俺は片足を上げてブーツを外した。
「……冒険者か?」
「ええ、まだまだ新米ですけど」
男の人は俺から顔を隠すようにそっぽをむいた。
「……靴は大事だろうが」
まるでゾラさんみたいなことを言うなあと、びっくりしたけど俺は答える。
「ええ、冒険者にとってブーツは大事な装備ですよね!」
ゾラさんの受け売りですけどね。
「……おまえ」
フードで見えないけど、なんだか睨まれた気がした。
ど、どうしよう。
「おい。それをかせ」
「え? ブーツをですか?」
この人も冒険者なのかな。冒険者ブーツにも詳しいんだろうか。
「あの。すいません。修理してくれるんでしょうか。でも修理代も聞いてないし……」
失礼かもしれないけど、直していきなり「はーい。修理費は100万エルドでーす」なんて言われたら困るし、簡単に人の手に渡すことはできなかった。
「警戒してんのか。いい心がけだが。俺は連れを待って暇してるとこだ。報酬は……直してやるからさっさとどっか行け」
「ええ?」
ここの階段って縄張りとかあるんですか???
「いいから貸せ」
迷っていると、結局ブーツを取られてしまった。
「ここを……こうして……」
その人はブーツを調べると手際よくあちこちを叩いたりしていた。
「よし、これでいい。ちゃんとメンテしとけよ」
男の人がブーツを返してくれる。
さっそくはいてみる。
良かったちゃんと直してくれた。
「ありがとうございます! 気をつけます!」
もしかしてこの人ってさすらいの靴職人、なわけないか。
ブーツを買った時にメンテナンス方法を聞いたけど不十分だったんだ。
これからはちゃんと手入れをしよう。
「ほら。とっとと行け」
「はい。ありがとうございました!」
俺は礼を言って立ち去る。
ちらりと後ろを振り返ると待ち人が店から出てきたようだ。なんだかがらの悪そうな人だった。
冒険者というより傭兵みたいな感じ。
外見だけで判断しちゃいけないんだろうけど。
俺はそう思いながら預けていた走竜を受取りに行く。
走竜の厩舎に拠って走竜を受取り、シィーニの町を出る。
「さあ。帰るぞ。相棒!」
きゅるるっと走竜が鳴く。
おお、なんかとってもファンタジーっぽくてかっこいい!
そして俺達は走り出した。
「いててて……」
で、すぐ俺は鞍から転げた。
俺は服についた土埃を払うとすぐに走竜に跨る。
「気を取り直していくぜ!」
走竜の騎手としても冒険者としてもいろいろ情けない腕前の俺だけど、アンファングに帰ったらどうするかは決めていた。




