第4話 それは魔法なのかスキルなのかは分からない。しかし重大な事実が判明した
異世界に来て最初の朝。
太陽が昇ると、やっぱりそこは森の中だった。
体はあちこち傷だらけで喉も渇いた。腰も痛い。
食欲はあんまりないけど、ここにいても仕方ない。
「小説だと召喚した美少女が居て、どうか我が世界をお助けくださいとか言うのだけど。誰もいないし、迎えもないし」
太陽が東から昇ると仮定して北を目指した。
特に意味は無かったが、南には高い山々の連なりが見えていたので、北の方に平野があったらいいなーと思っただけである。
人の居る所を探して助けを求めるべく、俺は歩いた。
木々が生い茂る森の中を苦労して歩いていく。
ネクタイは外してダウンジャケットは脱いで背にかけてある。
「なんか出てきたらやだな……」
もしかしたら猛獣とかモンスターが出てくるかも。
びくびくしながら俺は歩いた。
「川だ!」
しばらくすると幸運にも小さな川があった。
水は澄んでいて綺麗だ。
手をひたしてみると冷たく心地よい。
生水はまずいかと思ったがそうも言っていられないので、思い切って飲んでみる。
「美味いっ」
川の水は美味かった。
喉の渇きもあったのだろうが、やっと人心地ついた気分だった。
自分用ハンカチで乾いてこびりついていた血や汗をぬぐい綺麗にする。
とりあえず、この川沿いを下ることにした。
もしかしたら人の居る場所に出られるかもしれない。
川沿いを歩いて2日ほどたった。
50cmくらいの硬くて重さもある木の棒を拾ったので、棍棒として持っている。何か獣が出てきたらこんなのでどうなるかわからないが、無いよりはマシだろう。
「やばいな……」
かなり厳しい状況だ。
突然の異世界。
歩くのも疲れた。体中が痛い。
したことのない野宿が怖くて良く眠れない。
トイレも外だ。
いくら食欲がないといってもさすがに腹が減ってきた。
魚がいないかと探したが、川には魚影すらなかった。
森に入って食べられそうな木の実や野草が無いかと探すのだが、何が食べられるのかまったくわからない。
もとより体調も優れなかった俺は休憩に腰を下ろしたら立てなくなってしまった。
「3日前にオレを異世界から召喚したヤツちょっとこい」
言ってみたがなんのレスもない。
「神様出て来いや、お願いします」
疲労困憊した俺は藁にもすがる思いで言ってみた。
異世界転生だと神様が転生させてくれるので、神様がいるかもしれないと思ったのだ。
もちろん、答えは無かった。
「GMでてこぉーい! 運営でてこぃ。おーい……課金するから、ね、お願いします」
ゲームマスターと呼ばれる運営を呼んでみようとしたが、当然ゲームの中ではないし、ゲームなんかしてなかったのだから応えは無い。
「……くぅ。未練だぞ……でも最後にこれだけ……ステータスウィンドウ」
諦めつつ呟く。
何も起こらないかと思った瞬間。
「おおおおおっなんか出たあ」
願いが通じたのか、手の平くらいのこげ茶色の小汚い板が現れた!
「やった。あったんだ。俺にもなんか能力がっ」
ステータスが見られるというのは異世界物でよくある能力だ。
ゲームのようにステータスウィンドウが現れ、自分のHPや装備やスキル、様々な状態が見えるのだ。
小説だと相手のレベルなども見える「鑑定」があったり、相手の隠しているスキルなども見えたりする。
もっとも凶悪なのはステータス操作だ。
経験値やポイントを能力地やスキルに割り振って強くなれる。
ついに最強への道が開かれるのだ!
そう思いながら自分のステータスを確認しようとした俺は戸惑った。
「なんじゃこれは……」
とても見にくいステータスだった。
さいだい体力50 現在約70% 人間 視りょく弱 窓変更 ちから12 彩◎度 きようさ14 ま力5 虚<<>>実 せいめいりょく10 すばやい度1o 状態:疾患 打身。すり傷 27才
こげ茶色に小さな黒文字でごちゃごちゃと読みにくい。
漢字と平仮名が混ざっていて、表示スタイルも統一性がなくぐちゃぐちゃだ。
装備とかスキルとかもないし、RPGによくある賢さとか幸運度なんかも無い。
ステータスウィンドウとは、もっと整然と詳しく表示されているものだと思ってた。
お、魔力がある!
……5だけど。
ということは魔法がある世界なのだろうか。
さいだい体力の約70%ってわかりずれーな。
14ってのは器用なほうなんだろうか。
精神力とか賢さはないんだな。
「なんか微妙だな……」
何よりも残念なのは表示されている内容だ。
平均がどのくらいか不明だが数字的にあんまり強そうではない。
「だがな! この数字をいじれれば!」
伸ばした指先は何も触れなかった。
すっと向こう側へ抜けてしまう。
「……し、知ってたし~触れないの知ってたし~」
悔しいのでそう呟く。
内心かなりのダメージでちょっと泣きそうだったが、指を文字の上に置くと、その箇所が拡大されることに気が付いた。
詳しく見ようとして、その表示にぎょっとなった。
『状態:疾患』
「疾患ってなんだよ……」
もしかして階段を落ちた時に頭を打って、内出血しているとか。
俺は恐る恐るその小さな文字をつつく。
拡大された表示に俺は凍りついた。
胃に悪性腫瘍 腰痛 リンパ節・骨・肝臓に転移
あ……
目の前が真っ暗になった。
力が抜けていく。
うそだ……
悪性腫瘍って……
知ってる。
この表示の意味はわかる。
俺の年齢で転移もあるなら状況は絶望的だ。
しばらくは呆然としてた。
それからいろいろな感情がわいてきた。
胃腸の調子が悪いとかはこれか。
体が痛かったのはこれか。
なんでもっと早く病院に行かなかったんだろう。
俺、死んじゃうのか。
そんな考えがぐるぐると頭の中を回る。
だれか助けてくれ。
「くそッ!」
ウィンドウを殴りつけるが素通りしてしまう。
異世界に来て病で死ぬってなんなんだよ。
俺はへたり込んだまま動けなくなった。
きゃぁぁっ
どのくらいそうしていたのだろう。
俺の意識は外界のことをしばらく感知していなかった。
思考が停止していた。
だが、それを打ち破るように森の奥から響いた声。
女性の悲鳴だった。
モンスターに襲われている女性を助けるのは読んだ小説によく出てくる展開だ。
主人公は強くてあっという間に倒すのだが。
病死確定の俺にいったいどういう……
「とにかく、行ってみる」
消えろと思いながらウィンドウを手で払うと表示は消えた。
俺は声のした方へふらふらと歩いた。