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第17話 レイナと

「ただいまー!」

夕食の時間に『通称。輝け! 楽しき憩い亭』に帰ってきた。

「おかえりリョータ。今日も頑張ったね」

カラハさんは今日もいい笑顔だ。

なんか安心するなあ。

「荷物置いてさっと風呂入ってきますね。後で夕食をお願いします!」

そうです外食など言語道断です!

節約しなくちゃ。食事代も払ってるんだし!

でもおやつは別だっ。


「あいよ。夕食は特別なのを用意しておくわね」

「え? 特別ってなんでですか?」

「いいからいいから、ほら早くいっといで」

カラハさんは面白がっているような笑みを浮かべながら俺をうながした。

「は、はあ。まあとりあえず、汗流してきます」


いったいなんだろうと思いながら、一風呂浴びて食堂に来るとレイナがテーブルに座っていた。

風呂上りなのかゆったりとした服で、髪も下ろしているレイナはすごく綺麗だ。

だってさあ。瞳が紫色の宝石みたいなんだよ?


「おかえり。リョータさん。講習を本当にありがとう。その……よければだが夕食を私持ちで。わ、私とご一緒してくれないだろうか」

立ち上がって丁寧に言う。とても緊張しているようだ。

「えっ。食事?」

特別な夕食ってこれのことかな。いやそれよりも、もしかして食事に誘われているのか?! 誰が? 俺が?!

どうしてだ。この2週間。昼食は一緒に食べていたが、それは外で素材採取中だったからで、あくまで依頼中のことだ。朝夕食は一緒のテーブルにつくことはなかった。

というのは、その前の約三ヶ月間は顔を合わせても辛うじて挨拶するくらいの関係で、たとえ食事時に食堂で会っても席を同じくするなどなかった。そのため、講習中じゃない食事はこれまでどおりという雰囲気になってしまったんだ。


「わ、私と一緒に夕食などつまらないと思う。嫌ならはっきり言ってくれていいんだ」

えええ、なんでそんなに下手なんですか、自信なさげなんですか。

俺が驚きのあまり言葉を失っていると、それを拒否と取ったのかレイナが言った。

「そうだな。やっぱり私と夕食などとりたくないよな」

俺は慌てた。

「ま、まってまって。そうじゃないから」

本当は一緒に食べたかった。彼女が美人ってのもあるけど、レイナと一緒にいると楽しいからだ。

食事に誘ってみたい。でも俺は勇気が出なかった。というかそんな勇気あったらもっとリア充になっていただろう。もし、間違って勇気が出てしまってそれを講習中じゃないからと断られたら、と思うと躊躇していた。

レイナの方から講習のお礼としてではあるが食事をと言ってくれたんだ。

よ、よし。ここは今からでも全力を尽すべきだ。


「こ、ここ、こんな可愛い人と夕食なんて光栄に決まってるだろ! よ、喜んでご一緒させていただきますおねがいしまひゅ!」

あれ?

いまなんてった?

最後噛んだのは置いておいて。

可愛い人って言った。誰が? 俺がか!

正確にはここここんな可愛い人だが。

やばーい。がんばりすぎた。というかてんぱりすぎたっ。

「かわいい? わたしが?」

おお、それですレイナ。

戸惑って頬を少し染めている。

その様子がすごく可愛かった。結果的に大成功だ。


「素材採取講習が終わったんでしょ。レイナちゃんはね、あなたと打ち上げがしたいそうよ」

カラハさんの言葉にレイナの顔がますます赤くなった。大成功すぎる。

「うん。それはいい案だ。打ち上げしよう! そうだ、カラハさんその節は厨房をありがとうございます」

俺は初日に『通称。輝け! 楽しき憩い亭』の厨房を借りたことの礼を改めて言った。

「カラハ、わたしからも。ありがとう」

レイナはまだ少し顔が赤かったがさっきよりはましになっている。

「いいのいいの。またいつでも使っていいわよ」

「ほんとうか。ちょっと料理の練習もしてみたいんだ」

「あらら、あのレイナちゃんがねえ」

「リョータさんにせっかく教わったのだ。もっと上手に野菜を切りたいのだ」

「あららぁ。なるほどねえ」

いえいえ、ナイフの使い方含めて諸々あなたの方が上ですやーんと内心つっこみつつ、俺は講習初日のことを思い出していた。あのレイナが料理かあ。

初日と今では大違いだ。講習で「先生またはさん付けで呼ぶこと」を条件につけたことにより、無事に上手くいった後はずっとリョータさんと呼ばれることになるのだ。

なんという思慮遠謀。

ってことにしておこう。最初は生意気だからそうしようって思い立っただけだったけど。無事に終わってよかった。


「あ、そうそうリョータ。あははっ、近日中にドアが付くからね。レイナちゃんから修理代を預かりましたので。ドアが付いたら、存分に楽しきっ憩いの時間をどうぞっ。あっはっは」

うぐっ。まさかここで俺の古傷がぁぁぁ。

ドアは嬉しいけれども。

そういえば三人で話すのってあの日以来か。そうだよこのテーブルだよ。

うわわわぁん。

思い出すと恥ずかしさが沸いてくるよぉぉ。

「そ、そうだった。リョータさん。先に言うのを忘れていた。ド、ドアのこと本当にすまなかった。長く待たせてしまってもうしわけなかった。すぐに直してくれるそうなので……これで、あのその……」

ひいいい。レイナがナニがあったか思い出しているぅぅぅ。

顔がさっきよりもまっかっかだ。

きっと俺もだけど。


ええい。講習中はいわば先生と生徒だった。終わったといえども先生となった俺には、ナニをされたか思い出して羞恥に染まった顔であっても1ミリたりとももう興奮などそういうシチュエーションもすごくいいですよねやばいです。

「と、とにかく。乾杯しよう!」

俺は慌てて叫んだ。

「そ、そうしよう!」

俺とレイナは強く頷きあった。


「はいはい。それじゃまずは乾杯ね~」

カラハさんがビールジョッキを運んでくる。三つ。

三つ?!

「ほらほらリョータ。乾杯の音頭をどうぞ」

音頭かあ。音頭っていうとまずは挨拶だよな。

「えー。ただいまご紹介に預かりましたリョータでございます。お招きまことにありがとうございます。本日はお日柄もよく、無事にレイナ殿の素材採取講習もお開きとなりました。レイナ殿はご精進されましてまことに優秀な成績で――」

「おつかれさまレイナちゃん、リョータ。おめでとう。かんぱーい!」

「俺が乾杯の音頭じゃ無いじゃんレイナお疲れ様かんぱい!」

「ははっ。カラハ、リョータさんありがとう。かんぱい!」

ぐびぐびっ。ぷはぁー。

「うまい!」

「うん。美味しい」

「はーおいしいわねえ」

なんでカラハさんも飲んでいるんだ。

まあ楽しいからいいっか。


俺とレイナは楽しく夕食を食べ、飲んだ後で一緒に2階へあがった。

はじめはけっこう緊張したけど、今日は他にお客さんも居なかったのでカラハさんが給仕がてらに適度に話題を振ってくれたり盛り上げてくれたので助かった。そのうちにレイナとちゃんと話せるようになった。2週間の間のこととかを話してとても楽しかった。


俺の部屋の前に来てしまった。

現在の宿泊者は俺とレイナだけだ。

他の人達は旅立ったり、遠征に出ていたり。

さっきのレイナは打ち解けてくれた感じだった。

初めて会った頃の方と比べたら……初対面はすごすぎたもんな。

そうだ。あの恥ずかしさを乗り越えた俺なら言えるのではないか。

さっきはレイナから誘ってくれたんだ。今度は俺が。

俺に内在する未知の勇気物質よ燃え上がれ!

「レ、レイナ。今日はごちそうさま。あのさ。よかったら、俺の部屋で少しお茶でも飲まない? おやつもあるよ」

全身全霊でさらっと何気なく聞こえるように言ってみたよ。

生まれて初めて女性を誘いました。

いやらしい意味なんてないからね!

俺の顔が赤いのはさっき飲んだからだからね!


「えっ、あの……」

いいんだ。お断りされたが、俺は自分を褒めてあげたい。

俺は勇気を持って誘ったのだから。

「そうだよな。ドアが無いから密室ってわけじゃないけど。誘われても困るよな。ごめんな」

今夜はその勇気に祝杯である。一人で。

「あっ。ドアは本当にすまなかった。長い間ごめんなさい」

うわあ。失敗したぁ。

かえって恐縮させてしまったではないか。

「ごめん! そういう意味じゃなかったんだ。俺ってばなんて馬鹿なんだろう。気楽によってくれたら嬉しいと思っただけなんだ」

「嬉しい? 私といて嬉しいのか」

「もちろんだよ」

「そんなことは無いだろう。私のようなつまらない女と」

なんでレイナはこんなに自分を卑下するんだろう。

「俺はこの2週間楽しかったよ。さっきだって楽しかった。レイナはつまらなかった?」

「そんなことはない! 私だって楽しかった!」

「なら、よかった」

「……うん」

こ、この後はどうすればいいんだ。

さりげなくおやすみと言って去ればいいのか。

と思っていると階下から声がした。


「ちょっとー! 廊下ではお静かにー! 他の宿泊客のご迷惑でしょ~。睡眠か話すのかどっちかにしなさいよ~。話すならどっちの部屋でもいいけど、部屋の中でしてね。私は聞耳なんてせずにもう寝るからね! それじゃ二人ともおやすみ!」

バタンと扉のしまる音。

俺とレイナはお互いに目を見合せて笑った。

今は他の宿泊者はいない。何なら俺もドアのある部屋に移れるんだ。

カラハさんありがとう。


「怒られちゃったね」

「はは、そうだな」

いい感じに会話も出来たわけだし。

さあ、一人でちょっと飲んでから寝るかと思っていた俺を驚かせる言葉が。

「カ、カラハに怒られてしまうから、ちゃんとドアのある私の部屋で話そうっ」

レイナは顔を赤くしてなんだか怒ったように言った。

おおなんということだろう。

俺は女性の部屋に誘われたのだ。

「は、はいっ」

俺は慌てて返事した。

自分の部屋に誘うイベントがこう展開するとは!

宿屋でよかった。隣室だからこそ起こった奇跡か。

「わ、私が自室に男性を誘うなど有り得ないが、カラハの睡眠のためだ。も、もちろんお話するだけだぞっ」

「ありがとう、喜んで参上するよっ」

俺がもし獣人で尻尾があったなら、すっげえぱたぱた振っているに違いない。

勇気を出してみてよかった。


そしてレイナと俺は……



第2章 アンファング ~冒険者の街~ 終わり

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