第9話 レイナ
「いつになったらドア付けてくれるんだろう……」
隣人による「突入急襲事件」から3ヶ月だ。
なんで俺はフラッシュバンだとか突入だとかに合うんだろう。
あれ、急襲は俺がしたわけか。思い出しても恥ずかしいいい。
2階の部屋は奥にはレイナさんの部屋だけだから、通る人は他にいないんだけど。
カラハさんにもう早くドア直してくださいよと言おうとして俺は気がついた。
あのカラハさんだ。
ドアを直して何するのかしら、ナニするのかしらーそうよねー、ドアがないと困るわよねーぷくくっと笑われるに違いないと。
なんということだ。
ドアを直してくれと催促することが俺への羞恥プレイになるとは!
異世界恐るべし。
だが。
「ファイア」
俺は火魔法でちょっと肉をあぶる。
うーん。このファイアであぶりなおした串焼きの美味いこと美味いこと。
やはり異世界は串焼きだと思う俺だった。
そんな風に晩酌をしていると。
廊下で物音がした。
レイナさんだった。
鎧に長剣の装備だ。どうしても音はする。
ドアの前を通るのをたまに見るんだけど、なんかこそこそと歩いている。
まるで俺に見つかるのを避けるようにって感じだけど、ドアが無いから丸わかりだ。
「こんばんは。レイナさん」
「あ、ああ。こんばんは」
目を合わせようともしない。元気が無い。
「どこか具合でも悪いんですか?」
「いや。そんなことはないが……すまない。ドアはもうちょっと待ってくれ」
ちょっとやつれているような感じなんだ。
「あ、別にいいですよ」
良くは無いけどそういってしまうのは日本人の性なのか、いや俺が気が弱いからもあるか。
「失礼する」
「あ、はい。おやすみなさい」
おかしいな。
30万エルドが払えないんだろうか。
レイナさんはDランクだけど、元騎士なら腕も立つだろう。
Fランクの俺よりよっぽど稼いでいるはずなのに。
翌日の夕方。
「ふんふんふーん、稀少薬草ゲットだぜ~」
なんて歌いながら俺は通りを歩いていた。
レアな薬草を見つけて上機嫌な俺が通りますよっと。
そしてアンファング冒険者ギルドの建物に入る。
「なんでこれだけにしかならないんだ! もっと高いはずだ!」
「ですから、この薬草の状態では買取額は5000エルドが精一杯ですにゃ!」
カウンターでレイナさんとルナちゃんが言い合っていた。
どいうこと?
俺が戸惑っているとゾラさんがいた。
「こんにちは。ゾラさん」
「おう。リョータ」
「どうしたんですか?」
「ああ、買取額でもめててな。リョータも素材の持込だろ?」
「はい。薬草です……」
なんか持ち込みにくいなあ。
早く換金してもらいたいんだけど。
やっぱり鮮度がいい方が喜んでもらえるし。
「なら、早く済ませてしまえ」
「でも……」
「こいよ」
ゾラさんは苦笑して俺を買取カウンターへ引っ張っていった。
講習が終わった後もゾラさんは何かと世話になっている。ゾラさんはけっこう人気がある。面倒見がいいというか、みんなの兄貴分って感じだ。
今日の素材買取担当はベテラン職員のマールさんだった。
いつもは気のいいお爺さんなんだけど、二人の言い合いを見ながら苦い顔をしている。
「こんにちはマールさん」
「おう。リョータくん。こんにちは」
「何があったんですか」
「ああ、それがな……」
マールさんによると、レイナさんが採取した薬草を持ち込んだけれど状態が悪くて買取額で揉めたそうだ。素材買取はギルドにとって大事なのでルナちゃんが引き継いで話をしているらしい。
「あの元騎士のおじょうちゃんが強情でのう」
「そうなんですか……」
レイナさんは声高に文句を言っているが、ルナちゃんも引かない。彼女は新人だけど責任あるギルド職員として丁寧に説明を繰り返している。
ぴんとたったネコミミがりりしいぜ。
「えっと。その薬草はよほど状態が?」
俺は気になって言った。
「これだよ、あのおじょうちゃんが持ち込んだ薬草」
マールさんが見せてくれる。
「あちゃあ。これは……」
ポーションの材料になる薬草だ。かなりいい値段がつく。
俺が持ち込んだ時は2万エルドになった。
もちろん状態が良ければ、だけど。
ナイフも使わずに千切っただけのようだし葉もしおれている。
「せっかくの薬草がこんなじゃぞ。わしゃ悲しいわい」
マールさんも残念そうな顔をしていたが、ふうと息をついてから言った。
「さあ。あっちのことはほうっておこう。今日はなんだ。見せておくれ」
「あ、はい。これです」
俺は背嚢から木箱を取り出して渡す。
マールさんは箱を開け、包みをそっと開いた。
じっくりと調べる。
「うん。これはいい仕事だ。銀貨3枚!」
ぱっと笑顔になった。
3万エルドだ。やったね。
「ありがとうございます!」
俺とマールさんはハイタッチをする。
よかった。やっぱり素材買取はこうじゃないとね。
すると絶叫にも等しい声が響いた。
「何故だっ。なぜおまえの薬草が3万エルドなのだ。おかしいだろう!」
声の主はレイナさんでした。
「うわわ」
見られていたのか。
「おい!」
まさか、ギルドに入って数ヶ月たって絡まれるとは!
おのれ、ドアの恩義を忘れたか。
俺ははっきり言ってやった。
心の中で「またぶっかけちゃうぞ」と。
実際には。
「こ、幸運にも。とてもレアな薬草を見つけたからですよ」
と言っておいた俺は紳士。
「私が見つけてきたのもレアな薬草なはずだ。どうして安く買い叩く。納得がいかないっ」
うーん。レア度が違うし、採り方も保存方法も違うんだけど。
そもそもレイナさんは薬草採取が良くわかってない。
どう説明しようかと思っていると。
「にっゃ! リョータさんに絡まないでください! レイナさん。ギルドは商人ではありませんから、安く買い叩くことはありません。冒険者と依頼主の相互利益が前提です。薬草にも希少性によってランクがあるんです。それから採り方もあるんです。採取の講習もしていますから、一度受けてみてくださいにゃっ」
ルナちゃんは一歩も引かない。
ありがとうルナちゃん。
見かけはかわいらしいしまだ新人だけど、ルナちゃんにはギルド職員としての誇りがあるんだ。かっこいいぞ、ルナちゃん!
「……ええいっ、もういい!」
レイナさんは怒ってギルドを飛び出していった。
「ルナちゃん。ありがとうね」
「いいえ、当然のことにゃのですっ」
そういって業務に戻る。
猫獣人は言葉に「にー」や「にゃ」をつけたりするそうで、大人になるにつれ無くなるんだけれど、若いうちは出てしまうそうだ。
ずっと若いままでいてくれないかにゃあ。
俺がそんなアホなことを考えていると、いつの間にかどこかへ消えていたゾラさんがまた現れて俺に言った。
「おい、リョータ。おまえに指名依頼が来るぞ」
そう言ってニヤリと笑った。
「俺に? まさかあ」
Fランクですよ俺。
「ルナを見ててみな」
俺がカウンターの奥を見るとルナがキノさんから渡された依頼票を見て叫んだ。
「にゃっ。リョータさんに指名依頼にゃ?!」
ああぁ。かわいいー。
「やった! 2にゃを頂きました!」
「リョータ。そこじゃないだろ」
「えっ。あっ。そうだっ。なんでゾラさんは指名依頼があるってわかったんですか! もしかして魔法ですか?!」
するとゾラさんは呆れた顔で言った。
「おまえはよほどズレてるのか大物なのか……まずは自分に指名依頼が来たことを驚けよ」
「おおっ」
どどどどどうしよう。指名依頼って魔物や魔獣とバトルなんだよな。
よし、今日は薬草買い取ってもらったから早く帰って寝よう!
するとルナちゃんがぱたぱたっとかけてきた。
「すごいですよ。リョータさん。指名依頼です。しかもギルド支部長直々の依頼ですにゃっ」
すごく嬉しそうだったので帰れませんでした。