第8話 俺は炎の格闘者?!
俺は炎と格闘している。
重い鉄器を振るい続ける。
一瞬も気を抜けない。
これは戦いだ。
いまだ、このタイミングだ!
「おりゃっ!」
すばらしくパラパラに焼きあがった焼き飯を皿に盛った。
「焼き飯一丁あがり! 配膳お願いします!」
俺はレストランの厨房でバイトをしている。
数時間後、やっと本日の営業が終わった。
「がっはっは。今日も忙しかったなあ。おつかれさま」
「リョータさん。おつかれさま」
「リョータ。また来週ね!」
「リョータ君。おつかれさま」
「はい。おつかれさまです。ではまた来週!」
ハンバール夫妻と娘のペミナ19才と従業員のポクンテールさんに挨拶してから、俺は食事処「マッハ軒」を後にする。
朝は主に訓練。
一週間のうち月曜日・炎曜日・水曜日の3日間はマッハ軒でアルバイト。
樹曜日は休息や魔法の勉強や道具類のメンテナンスにあてる。
金曜日と地曜日は素材採集。
陽曜日は樹曜日と同じ。
これがここ3ヶ月間の俺のスケジュールだ。
ギルドのE・Fランクの依頼は引越しの手伝いや飲食店のアルバイト紹介もあった。
俺がなぜこのバイトを選んだかというと賄いで米が食べられるからだ。
マッハ亭は米食がメニューにある店なのだ。といっても米を使ったメニューは水分の少ない長粒種でリゾットだったけど。味は今一物足りないが米が食べられるのは嬉しいかった。
そして厨房を手伝ううちに焼飯とオムライスを作ることに成功。
ハンバールさんが店のメニューにしたら繁盛して日給が上がった。
俺の現在の収入は素材収集を2日して1万~2万エルドくらい。
途中で出くわした「俺の宿敵ホーンラビット」や「俺的には強敵ミドルスパイダー」を倒すと3000エルドをプラスくらい。
俺の活動範囲ではほとんど魔物には遭遇しないけどね。
マッハ軒の給料は週に3日だけどなんと5万エルドも貰っている。
焼飯とオムライスが大ヒットで特別に昇給したのだ。
もうずっとマッハ軒で働いた方が儲かるのでは。
素材採集は採れなかったり天候に左右もされるのでこの収入は大きい。
忙しいけれど給料を貰いすぎじゃないかって思ったら、ハンバールさん曰く「材料費の関係で1皿2000エルドと高いのに大人気だ。客が増えたし一緒に料理や飲物の注文がある。店は大繁盛だ。何よりいいメニューを教えてもらったんだから当然だ」って。
それから「リョータこそ、料理人としてこんな秘伝料理を簡単に教えてもらっていいのか?」って言われた。
俺、料理人じゃないんですけどっ。
そりゃあこの世界の材料と調味料で作るのは苦労した。
製法を秘密にしたら大儲けできるかなとか考えたけど、本職の料理人なら作り方なんてわかっちゃうと思うんだ。
それに俺の味付けはやはり日本人向けなのである。この世界の人達の舌に合わすにはやはり本職の技量が必要だった。
完成までにはハンバールさん達に手伝ってもらったし、今では彼らが作った味の方がお客の評判もいい。
何よりどちらも俺が考えだした料理じゃない。
「これは俺の故郷の料理なんです。俺としては米料理が流行ることによって米食が見直されて、もっと工夫されれば俺も皆も美味しいご飯が食べられて嬉しいかな」というようなことを言ったら、ハンバールさんは「偉い料理人だ!」と感心してくれた。
ちがうんですけど……
しかし、おかげで暮らしはまさかの大安定。
料理と素材集めで食べて行けそうだ。
異世界チョロイね!
宿代は新人値段が終わって一週間で28000エルドになった。
もちろん必要品を買ったりするので他にも支出はあるけど、ギルドの口座にちょっと貯金も始めた。
武器や防具を修理したり買い換えたりするのにお金もかかる。安くてもいいのでポーションも持っておかなくては。
この世界には医療保険は無い。万が一の為に貯めておけってキノさんにも言われた。
マテウスさんから貰ったお金は移動市で防具を揃えたりして、ギルドに登録した後でも20万エルドも残っていた。あの時は良くわかってなかったけど、俺が倒した魔物の代金にしては多すぎる。餞別にたくさん渡してくれたのだろう。感謝しつつ今はギルドの口座に入れてある。
お金が溜まったらグリアスさんに頼んで、出立の時に貰った分を届けてもらおうかな。でも、マテウスさんはそういうの嫌がりそう。どうしたもんか。
そんなことを考えながら俺はぶらぶらと宵の通りを歩いていた。
ところどころにぼんやりとした魔法の街灯が通りを照らしている。
俺はある露店の前で足を止めた。
「よう、あんちゃん! 今帰りかい?」
「うん。こんばんは。おっちゃん。いい匂いだね。今日は何の串焼き?」
「おう。今日はロコロ肉だ!」
ここは串焼き屋さんだ。
俺は小説を読んで思ったことがある。
異世界には串焼きが良く出てくると。
俺の中では異世界といえば串焼き、串焼きといえば異世界だ。
何の肉だがよくわからないけどめちゃくちゃ美味い。
それが串焼き。
もちろん俺はロコロがどんなものかまったくわからないが、この美味しそうな匂いはたまらない。
「とりあえず、1本ください!」
「あいよぅ、まいどあり!」
かぶりつく。
「あふっ、うめえっ。この口に広がる熱々の肉の柔らかさ、じゅわっとあふれる脂は、まるで美味しさの洪水だー。タレの甘辛さに、ピリッとした香辛料がにくい演出してるぜ! めちゃくちゃ美味いよこれ! 持って帰るから後2本頂戴!」
などとグルメレポーターっぽく言ってみた。
こんな美味いものが1本銅貨1枚、100エルドだなんてすごい。
「おいおい。そんだけ褒めてくれると嬉しいったらないぜ。いつもありがとよ! ほら1本おまけだ」
そういって3本渡してくれた。
「おっちゃんありがとう!」
週に一度。夕飯後にこいつを肴にビールを飲むのがたまらんのだ。
俺は包んでもらって『通称。輝け! 楽しき憩い亭』へ帰った。
宵の町にはたくさんの人達が歩いている。
ファンタジー世界ってもっと雑で汚いところかと思ったけど、魔法があるから清潔だし、統一感も無く看板だらけの日本の街よりもよっぽど綺麗かもしれない。異国情緒あふれ過ぎだけどね。
小さいけど宿にはお風呂だってある。
町には大きな公衆浴場だってある。
風呂上りにビールが美味い。
ロコロ肉も最高だ。
夕飯後に部屋でくろぎながら、ロコロ肉で一杯飲んでいた。
さめてもいけるけど、やっぱり焼きたてだよななんて思いながらちょっとファイアであぶるのがいい。
そんな風に一杯やりながら、ぼけっと窓の外を眺めている。
通りはライトの魔法がかかった魔石水晶が街灯になっていて、ぼんやりと明るい。
最初は白い光で0コクから2コクくらいまでが緑色になるから深夜でもだいたいの時間がわかるようになってる。
こないだ夕暮れ時に外を眺めていたら、ローブ姿のおじいさんが通りを歩いてきた。
ゆったりとした動作で街灯の魔石水晶へ杖を振ると魔法の明かりが灯る。
ライトの魔法をかけたのだ。
きっと彼は週の何日かその仕事をしているのだろう。
白くぼんやりとした明かりがともると、子供が数人たったったとかけてきた。
おじいさんは次のライトの魔法をかけていく。
ついていく子どもたち。
夕暮れの中に子供たちはおじいさんの背についていく。
その風景に。ぜんぜん違う町なのに俺はなぜか懐かしさを感じた。
今日もきっとあのおじいさんが外灯をつけてまわったのだろう。
その後を子供がついて歩いて。
冒険者を引退した魔法使いさんはああやって暮らすのかな。
町は綺麗だしクリーンで清掃とかもあるかも。俺もあんなふうにのんびり暮らす日々がくるのかな。
そう考えて気がつく。
俺はずっとこの世界に暮らさなければならないのか。
そもそも、そんな日々を迎えられるほど生きられるのか。
もうすぐ異世界に来て1年たつ。
俺は新しく買った安いハンカチで顔をぬぐう。
やっぱりドアは欲しいと思った。




